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1-4 醜態

 あれから三日が立ち、俺が召喚され、留め置かれていたフェイタンの里に王都からの使者がやってきていた。どうやら俺が現れてから直ぐに報告のための早馬が出されていたらしかった。俺を王都へと移送するために用意された四輪馬車二台と、十騎以上の騎兵に護衛された一隊が門から入ってくる様は威圧感があり、俺の決意が削がれるようだった。


 集落中央の広場で馬から降りると、全身を包む甲冑に身を包んだ兵士と、武器を下げた馬車の御者はビシリと整列する。


 一方で、集落の人々は既に集まっており、人だかりを形成している。だがそれも秩序だったもので、門から真っ直ぐ神殿へ続く道には、誰一人としておらず、ポッカリとした空間が開いていた。


 俺はその空間の中で二列に並んで門へと行進している一団の最後尾で、レナーと、彼女が筆頭巫女と呼んでいた⋯⋯イルクーラという女性に両脇を固められるようにしながら、流されるようについていく。


 そしてその一団は、鳥が翼を広げるようにしながら兵士の横列に沿って並んだ。


 「この地において、空神メイサスに祈り、語らい、我らに安寧と繫栄を与えたる空神巫女様方に⋯⋯敬礼!」


 兜に鳥の尾羽のような飾りをつけた⋯⋯一番位の高そうな兵士が叫ぶのを合図に、一斉にガチッと金属音を響かせながら腰に下げた剣を抜刀、再度、整った音が響き、踵で地面を打ちながら、胸の前で剣を掲げる。


 「近くはエグデールの山脈、遠くハングゾルダの砂漠にて、身を挺して地を守り、武を尽くして敵を打つ。精強たる民の守人、カルァナス王直軍⋯⋯メイサス神の加護有らんことを」


 筆頭巫女による合図に合わせ、巫女達は一斉に跪き、右手を額に添え、座礼を捧げる。俺もなんとかそれらしき姿勢をとった。


 「私はフェイタンの里、空神巫女筆頭イルクーラ、此方が召喚者レナー、そして、勇者様であります」


 イルクーラは立ち上がると俺とレナーを伴い、一歩前へと進み出る。


 「私はカルァナス王直軍、ヘルグクラジト近衛隊バレロアン・ガルノ、王都ヘルグクラジト近衛隊の名誉にかけ、勇者様移動の護衛を担当させていただきます」


 すると、あの兜に装飾を施した兵士が進み出た。


 「では、勇者様、レナー様はこちらの馬車へ、イルクーラ様はこちらへ⋯⋯よし、出立の用意を」


 『了解‼』


 バレロアンはそれぞれの馬車を示し、他の兵士へと声を掛ける。再び、キビキビとした動作で、彼らは馬へと乗り、御者は馬車の扉を開ける。


 「御二方、どうぞ」


 誘導され、馬車へと乗り込んだ。それは車輪の上に小屋が乗っているような風貌であった。内部は狭い、だが、椅子には柔らかなクッションがあり、座れないというわけでもない。次いで乗り込んだレナーと向かい合わせで座ると一層の窮屈さを感じた。


 やがて扉が閉められ、ギイと言う軋みが響き、馬車が動き出したことがわかる。


 さて、これで、もう後戻りはできなくなったわけだ⋯⋯もとから戻る道などなかったか?⋯⋯ともかくも俺はどうにかして、魔王を殺さなくてはならないのだ。それは俺の⋯⋯いや、あいつの為にやらなくてはならないことなのだ。


 ならば、この勇者という立場を逃すわけにはいかない。だから俺は、俺が勇者であると特別な能力を持っていると誤解させなくてはならないのだ。


 全く、なんと恐ろしいことか、俺は腕を搔きむしりながら、口を歪める。引き笑いが漏れた。


 「あぁ、怖い⋯⋯ハハ」


 「どっ、どうしました?」


 「ぅあ、すいません」


 恐れるようなレナーの視線に気付き、俺は咄嗟に顔を改めた。彼女は不審そうにこちらを見てくる。俺は気まずくなり外へと視線を移した。


 「⋯⋯あのっ」


 だが、レナーは視線を俺に向けたまま言った。俺は何とか誤魔化そうと口を開く。


 「すいません。いえ、おかしなことを考えていたわけでは⋯⋯そんな事はなくて。ええと、しかし、わざわざ王都の近衛隊がやってくるとは、やはり勇者とはそこまで重要な⋯⋯すいません、話を遮ってしまって」


 「えっと、すいません」


 やってしまった。話の腰を追ってしまったのか、彼女も黙ってしまい。俺たちの間に重い雰囲気が圧し掛かる。俺は再び腕を掻きながら遠くの景色に集中しようと視線を向けた。


ーーー

ーー


 その後、一隊は地方都市であるカルクグラジトで夜を明かした。そこからは都市を経由することなく王都ヘルグクラジトへとむかうのだそうだ。


 ところで、この地域はどうも地形の起伏が激しい。フェイタンの里は山脈を背にしていたため、それは予想できたことではあるのだが⋯⋯


 「痛って、」


 森林の中を走る馬車にガタンと振動が走り、跳ねる。窮屈な姿勢で座る俺は、こつんと天井に頭をぶつけてしまう。道は度重なる馬車の往来や整備によって、ある程度平坦にはなっているのだが、時々整備の行き届いていない陥没や木の根があり、それに差し掛かる度に馬車は予想以上に揺れていた。


 「そもそもサスペンションなんてついてないもんな」


 それに加えて、絶え間ない小さな振動があり、乗っているだけでも大分疲れる。俺は体を押し付け、揺れを抑えながら呟いた。


 「な、何か?」


 それを聞き付けたのか、レナーが揺られながら尋ねてくる。


 「いえ、何でも」


 「そ、そうですか」


 そう言うと、レナーは不思議そうに首を傾ける。だが、突然、何かを感じ取ったように、ビクリと肩を強張らせ、うずくまる様にして俺の肩を引き下げながら叫んだ。


 「伏せて!」


 「え?」


 扉に空いた窓に閃光のようなものが光り、ドカンと横向きに強烈な衝撃が走った。俺の体は馬車の壁へと叩きつけられる。


 「ガハッ⋯⋯」


 胃がつぶされるような感覚、馬の嘶きが聞こえ、左側へと馬車ごと傾く。俺は咄嗟に頭を腕で覆う。今度は反対側の壁に叩きつけられ、馬車が横倒しになったことを伝えた。


 「何が⋯⋯」


 痛む腹部を抑えながら、身体を捻り扉を持ち上げる。近くで金属音、罵声らしきものが聞こえていた。通常ではない。俺は飛び出ようと扉の縁へと手をかける。だが目に入ったのは、こちらに剣を振りかぶる男だった。


 「ぁ⋯⋯」


 体が動かない。恐怖と衝撃により、振り下ろされる剣に対して俺は有効な手を打てない。辛うじて目を瞑り、片手を顔の前にあてがうのみだった。


 「“インパクト”‼」


 だが、俺の背後にいるレナーが片手を掲げて叫んだ。次の瞬間、男は勢いよく吹き飛び、下生えのある斜面を転がった。俺は啞然と口を開けるが、周囲から響く激しい金属音によって現実へと引き戻される。


 「レナーさん、手を」


 馬車から飛び出ると、馬車の中へと手を伸ばした。レナーがそれを掴むと俺はそのまま彼女を引き上げ、外に出す。


 外では道に沿って戦闘がおこっていた。後方の馬車、イルクーラの乗るものは、丁度稜線に隠され見えないが、そちらの方角からも剣と剣のぶつかる音が響いていた。


 起き上がり、無言で再び襲い掛かってくる男の前にレナーが立ち塞がり、手を掲げると⋯⋯叫ぶ。


 「“インパクト”」


 だが、後方から別の男が躍り出て、俺に向かい剣を振った。


 俺は間一髪で仰け反り、それは俺の前を掠める。しかし、体勢を崩した俺は、尻餅をつき⋯⋯後ずさろうとするが、横倒しになった馬車に阻まれる⋯⋯二撃目は避けられなかった。


 「痛っだぁ!⋯⋯」


 剣は俺の左腕を服ごと切り裂き、そこから鮮血が飛び散る。俺はパニックになり、足を蹴り上げ我武者羅に動かした。運よく、男の手から剣が飛ぶ。


 だが、男は直ぐ様短剣を取り出し、俺に向かい突き出す。


 「止め⋯⋯っ」


 またも間一髪、俺は右腕と左手で、挟み込む。剣の刃を握った左手が切れ、血が滲む。


 仕方ないが、明らかに男の方が力が強い。それに左手は血で滑り、俺達はギリギリと押し合いをしながらも、俺は確実に押し込まれていた。


 「ああっ‼」


 俺は左手で短剣の軌道をずらし、男の横腹に思い切りタックルを食らわせる⋯⋯動かない。俺はつんのめる様に体勢を崩し、俺は更に押し込まれる。


 「“インパクト”!」


 だが、その声とともに、俺を突き飛ばされたような感覚が襲う。次の瞬間には俺達は二人とも揃って地面へと叩きつけられた。受け身など知らない俺は、その衝撃をもろに受ける。


 体内の空気が全て吐き出されるような感覚、馬車の横転よりも数段強い衝撃。


 「ゲハッ⋯⋯」


 「カンジロー⋯⋯様」


 涙で滲む視界で、レナーが駆け寄ってくるのが見える。しかし、俺よりも先に男が立ち上がる。動けない、強烈な衝撃と斬撃の傷から来るジンジンとした痛みで動けず、ただ男を凝視する。終われない。終わっていいものか!だが、俺は動けない。


 しかし、男はあらぬ方向を、遠くへと視線を外すと、レナーに向かうことなく⋯⋯俺に刃を突き立てることもなく、俺達に背を向けた。レナーが相手していた男も同じ、襲撃者達は一斉に馬車から離れていた。


 「痛⋯⋯あぁ、血が⋯⋯」


 「大丈夫ですか⋯⋯えっと」


 レナーがどうしようかとオロオロとしている。俺は、痛みを我慢しながら、何とか声を出した。


 「すみ⋯⋯ません。手を」


 「はっ、はい」


 俺か彼女に手伝ってもらいながら起き上がると、馬車の近くの木に寄りかかる様に座る。


 「あぁ⋯⋯汚れてしまった」


 「⋯⋯大丈夫ですか」


 「御者の人に包帯か何かないか聞いてきてくれませんか?」


 それにレナーが答え、馬を宥めている御者へと声をかけているのを見ながら、俺はシャツの裾で傷についた泥を拭き取る。まずいな、しっかりと消毒出来ないと危険だ。


 「勇者様!御無事ですか」


 意外にも稜線の影から後続の馬車と騎兵が何事もなかったかのように現れる。それを先導するバレロアンは、馬から降りながら言った。


 「え、えぇ、一応は」


 「カンジロー様、ありました」


 レナーが包帯を持ってくる。俺は激痛を我慢しながら手を伸ばした。


 「じゃあ、止血を」


 「私にお任せを」


 俺が包帯を手に取る前に、バレロアンが包帯を手に取る。彼はキビキビとした動作で俺の腕を縛り、血を止める。


 「これは、随分と⋯⋯痛みますが、我慢を」


 彼は馬に積んであっただろう瓶を取り出すと、俺の腕にかける。強烈な激痛とツンとした匂いが伝わる。何だろうか?酢のような臭いである⋯⋯だが、それが消毒用に使われるものであろうことは解る。


 バレロアンは他の兵士達が俺達の乗っていた馬車を立て、動作を確認している間、手際よく治療を進めた。程なくして俺の腕は包帯で巻かれ、痛みもそうでもなくなった。


 「ありがとうございました」


 「いえ、勇者様を守るのが我らの使命ですから、しかし、その点において我々は失態を犯しました。勇者様の御身に傷を着けるなど⋯⋯」


 「先程の彼らは?」


 「あぁ、野盗ですね。たまにいるんです。この様な不届き者が」


 バレロアンは困ったように言う。成程、確かにそのようなこともあるか。


 「そうですか。ところで、そちらの怪我人などは」


 「御気遣い感謝いたします。こちらは誰も⋯⋯死傷者ともに無しです」


 バレロアンは辺りを見渡して言う。だが、それは取り敢えず、首を振ったような不自然な動作で⋯⋯どこかわざとらしい。続いて、俺を詮索するかのようにジッと見る。


 「それは良かったです」


 居心地悪くなり、俺は立ち上がると、泥を払いながら馬車の方へと向かう。馬車の復旧をしていた者達に一通り礼を言ってから、俺はレナーと共に馬車へと乗り込んだ。


 「怪我の方は」


 「あぁ、大丈夫です。治療していただいたので、まぁ、血が滲んでいますが⋯⋯しかし、よりによって、野盗というのは多いものなのですか?一応、ここら辺はカルァナスの中枢に近いのですよね?」


 俺は一息つくように彼女へと言う。考えてみるとこの襲撃はとんでもなく不自然だ。王都に近いなら、往来も多く、警備もしっかりしている筈だし、貧乏くじという可能性はあるが、それでも騎兵に護衛された馬車を襲うという危険を犯す理由がわからない。


 「そうですね。辺境ならまだしも、王都の近くは治安がいいと聞いておりますから⋯⋯」


 レナーも不思議そうに首を傾げる。そうだろう⋯⋯これが偶然だとしたら、カルァナスはとんでもない国家ということになってしまう⋯⋯そうではないとしたら、わざわざ狙って襲った⋯⋯勇者を目的にしたのか?カルァナスと敵対しているという、ラバーロイスなどの仕業になるのだろうか。


 召喚された理由について、レナーからは概要は聞いていた。詳しいことは知らないそうなのだが⋯⋯現在、カルァナスは二つの大きな脅威にさらされているのだという。まず、人類全体の脅威である魔王、そして地域大国として力を伸ばすラバーロイス⋯⋯特にラバーロイスとの関係は悪いものでいつ戦争になってもおかしくないとの事。


 「だとしたら、ラバーロイスの工作員が侵入しているのか⋯⋯」


 俺はため息をつき、呟く。国境警備が間に合ってはいない。あるいは国内にスパイがいる。どちらにしろ嬉しい状況ではない。


 「⋯⋯」


 するとレナーが何か言いたげに口を開く。だが、諦めたように口をつぐんだ。彼女は度々そのような態度をとる。そうなると俺も気まずいので、俺は違う話題を切り出した。


 「しかし、あれが魔法ですか⋯⋯助かりました。あれがなかったら、俺は危なかったですよ」


 俺ははにかみながら言う。彼女が不思議な力で男を吹き飛ばさなくては俺は死んでいただろう。話には聞いていたが、身をもってこの世界が俺のいた世界と決定的に異なる世界と理解できた。あんな力があるとは。


「ありがとうございます⋯⋯はい、私はそこまでの力は持たないのですが⋯⋯イルクーラ様ならばさらに強力な魔法を使うことが出来ます」


 レナーは、動き始めた馬車の揺れに耐えながら答える。先に聞いた話では、魔法は少数の者のみが使える特殊技能なのだそうだ。


 「魔法とはどの様にして発現するのですか?」


 「ええと、なんでしょう。形容はしがたいのですが⋯⋯身の内の魔力をですね⋯⋯動かして、それを掌に集めて、外に出すんです」


 「成程⋯⋯?それで物を押し飛ばす。それは魔力をぶつけるような感じなのですか?」


 「ぶつける⋯⋯というよりも、私の魔力は“空”の属性なので、外に出した途端に⋯⋯何と言いますか⋯⋯見えない腕が生えた様な感じに成って、それを動かすのです⋯⋯すいません。私もよくは解りません」


 彼女はすまなそうに肩を竦める。それならば仕方ない。つまりはそのようなものとして理解するしかないのだろう。


 だが、考えてみればこれは、俺が当然としてやっていることのやり方を聞くのに等しい。字を書くのだって、頭に文字を浮かべることなく書くことが出来るわけだし、そのメカニズムを説明しろと言われても困難だ。


 「ところで、属性⋯⋯というものは?あなたのが“空”ならば他にはどのようなものがあるのでしょう」


 「えっと、はい、そうですね。私の“空”ならば空間に作用します。他に“火”なら火を操ります。“光”なら光を⋯⋯」


 「成程、成程」

 しかし、魔法はとんでもないものだ。先程の様にレナーという少女が屈強な男を圧倒できるのである。それはつまりは、レナーと成人男性数人が釣り合うということだ。


 これを戦場で利用できたのなら⋯⋯何でもいい。どのような用途であれ、有効な軍事技術として利用できるだろう。その方面に多少知識のあるものとしては、興味深いものだ。


 「魔法か⋯⋯射程がどれほどあるかはわからない⋯⋯だけど強力な火力だな、矢とか必要ないし、軽装で馬を使えば機動力のある砲撃部隊か⋯⋯」


 俺はぶつぶつと呟き、ほくそ笑む。どの様に使われているのか、バレロアンに聞いてみようか、全く、メモ用紙がないことが悔やまれる。すでに俺にはあの襲撃について頭から追い出されていた。

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