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1-2 異世界であるのか

 そこは塔のついた建物であった。塔と言ってもそれは崖に沿って作られた煙突で、頂上には櫓のようなものが据えられていた。建物自体も崖と一体になっており、その底部には、俺が現れた洞窟への入り口があった。そのようなこともあり、まるで崖から生えてきたような風体を醸している。


 その内部の一室、6畳ほどはあるだろうか、ベッドやタンス等、一応生活できるようにされた部屋、その中で俺は茫然としたままにベッドに腰かけていた。


 服装はあの時の普段着のままだった。傷はついていない、もちろん血も、あの状況では絶対に血が付くし、実際についていたのに、跡形もなくなっていた。持ち物は⋯⋯無かった。まぁ当然だろう、あの時も何も持ってなかったのだ。


 ここは何処なのだろうか、やはり皆目見当もつかない。俺をここまで案内した少女のほか、ここに居る者は総じて日本人離れした顔をしている。その一方で、俺の話す日本語が通じているのだから余計に混乱する。


 ともかく、意思疎通は出来るというのはよかっただろうか、それでも、幾分かましという程度に過ぎないが。


 そんなことを考えているとすると扉をたたく音とくぐもった声が聞こえてきた。次いでギィと音がして扉があけられる。おずおずと顔を出したのは、あの少女だ。俺は視線をずらさず座りなおした。


 「入ってもよろしいでしょうか?」


 「あぁ、どうぞ」


 やはり違う、栗色の長い髪と澄んだ空のような碧眼、日本人でない、加えて、東洋人でもないともいえるだろう。


 また、服装も現代離れとしか言いようがない。薄青と白色のグラデーションの布を体に巻き付けるように身につけている。腕輪、ネックレスなどの装飾はガラスだろうか、キラキラと光を反射しており、頭には月桂冠のような、何か植物によって作られた王冠を着けている。装飾などはほかの人々は身に着けていなかったが、何か意味があるのだろうか。


 彼女は手に持つ盆を机の上に置き、その上のティーポット⋯⋯恐らくは陶器なのだろうが、分厚く、表面はざらざらとしているようだった⋯⋯を手に取り、同じく盆の上にある2つのカップにそれぞれ液体を注ぐ。


 「これは?」


 「セナンの葉を煎じたものです。御口に合えばよいのですが」


 「⋯⋯ありがとうございます」


 俺は身を乗り出すとカップを手に取る。彼女も手に取り⋯⋯一瞬の間が開く、俺が飲むのを躊躇うのを見て⋯⋯彼女が先に口をつけた。


 俺も一呼吸遅れてカップの中身を飲む⋯⋯苦い⋯⋯いや、それでもはちみつなどが入っているのか、ほのかに甘みを覚える。だがやはり、隠し切れない青臭さが鼻につく。


 俺はそれを顔に出さないようにしながら、大げさにため息をつく。コップを膝に置き、立ったままの彼女に言った。


 「えっと、先程はすいません。失礼を致しました。まぁ、落ち着きました。ありがとうございます」


 「そうですか、それは良かったです。他に何かありませんか?勇者様」


 しかし、勇者、先程から幾度か聞いていたが、どういうことだ?俺の呼び名で使われている。それは確かだろう⋯⋯何か嫌な予感がする⋯⋯俺は彼女から視線をずらし、眉をひそめた。暫くじっと考え込む。

 「では、何かありましたら、私にお願いします。夕食もお運びしますね」


 押し黙っていた彼女だが、コップを盆に戻すと、ティーポットを机に置く。


 「すいません、少し、話を良いですか」


 「は、はい⋯⋯何か」


 突然に声を掛けられて、軽く動揺したように彼女は答える。持ち上げようとした盆を戻すと身構えるように背を伸ばした。


 「えぇ、幾つか質問があるので」


 「はい、何でも、どのようなことでも」


 俺は再びため息、明らかに緊張しているような、深刻な様子に見えただろう。彼女にもそれが伝わっているのか、じっと俺を見つめていた。


 「そうですね。まず、貴女方は?」


 「私達はここ、フェイタンの里で、空神メイサス様を祀る任を担わせて戴いております。私は空神巫女見習いであります。レナー・マルテ・カム・ウィレー・ディ・カルデ(名はレナー、カルデ村のカムとウィレーの娘)です」


 彼女はまるで暗記事項を読み上げるように、すらすらと答えた。すでに知らない語が多すぎる。氏名の規則も違うらしい。しかし、勇者の召喚、俺はそのためにここに居るということのなのだろうか⋯⋯俺の中で疑念と恐怖が、さらに情報を得ることへの恐怖が沸き上がる。


 「⋯⋯成程?えっと、では、1つずつ⋯⋯貴方の名前はレナー、でいいのでしょうか?苗字は⋯⋯」

 「いえ、私は家名という高貴なものは⋯⋯」


 家名、名字が珍しい⋯⋯高貴という認識なのか。


 「ありがとうございます。あぁ、そうだ。俺は、完次郎、秋野・完次郎です」


 「カンジロー・アキノ⋯⋯ですか」


 「はい、宜しく」


 物珍しそうに彼女は俺の名を2,3度繰り返す。俺もうなずきつつ、次へと移る。


 「では、レナーさん、フェイタンの里の周囲には何か?」


 「何が?とは?」


 「ええと、例えば都市や国家、地名でもいい。何でも個々の位置がわかる情報をお願いします。そうですね、じゃあ、ローマ⋯⋯イェルサレム、イスファハーン、ロンディニウム、という都市、或いはヒスパニア、メソポタミア、ガリア、インドとか、聞いたことはないですか?その様な地名は」


 彼女は考えるように俯く。しかし、やがて、肩を竦めて答えた。


 「⋯⋯存じません。御恥ずかしながら無学でありまして⋯⋯ですが、多少でならば伝えられるものもあります。ここはカルァナス、都市カルクグラジトの近郊であります」


 「成程、カルァナスという国家であると、他には?」


 「えっと、周囲にはラバーロイス、エラン・ベルク、ギルド自由都市連合というものがあるとのことです⋯⋯私が知っているのはそれまでです。しかし、筆頭巫女様なら⋯⋯」


 こまった。彼女の容姿からすれば欧州系のような気はするのだが、もしかすると発音が違うということもあるかもしれない。だが、ここが俺の全く知らぬ地である可能性のほうがあるのではないか。あの化け物の言った”落とす“と“あの世界”という表現、気になるものではある。


 彼女はわからないようだし、今は彼女らについて聞くべきだろう。初歩的な疑問を解いておくべきだろう。


 「分かりました。次、何故貴女は私の言っていることがわかるのですか?」


 それを聞くと彼女は存外にもキョトンとした表情を見せた。


 「どういうことですか?それは」


 「ええと、俺が話しているのはかなり珍しい言語だと思うのですが、」


 「いえ、そんな事はありません。むしろきれいな発音です。町の人みたいです」


 そういうと彼女は軽くはにかむ。うすうす気付いていたが、しょうがない。


 「じゃあ、俺の状況について、成程、俺は何故ここに?」


 「⋯⋯御存じでは⋯⋯ないのですか」


 それを聞くと彼女は軽く目を見開く。続けて、落ち込んだようにシュンとしたように体を縮めた。目はゆらゆらと定まらず、不安そうに見える。そんなことをされても解らない。文句ならばあの化け物に言ってほしいものだ。


 「残念ですが、よろしくお願いします。出来れば基本的なことから」


 「⋯⋯はい⋯⋯数か月前になりますが、私は⋯⋯私は空神巫女見習いですが、聖域⋯⋯あの洞窟の事です。祈りを捧げておりました。そこで、お告げが参りました」


 「すいません。御告げ、というのはどのように?」


 「言葉としてです。私も初めての事だったので⋯⋯不思議な感覚でした。突然、ぼんやりとですが⋯⋯ですが、はっきりと言葉が浮かんできたのです。曰く”カルァナスに勇者あり⋯⋯亡国の危機に際し、防国の使徒が来訪するであろう”と」


 「まさか⋯⋯」


 「私は、御告げを授けられた身として、”勇者”召喚の命を賜りました。そして今日、勇者召喚の儀式を行うことになりました」


 「⋯⋯それで俺が召喚されたと」


 「はい⋯⋯」


 俺は啞然とした顔であったに違いない。あぁ、そうか、そうだろうな。信じたくはないが、そうなのだろうな。化け物の言っていた”全くの外れ”とはこういうことだったのか?ともかくもカルァナスな国家滅亡の危機であるということか。


 確かに外れだ。俺にはそのような力はない。凡人だ。そもそも国家など1人、2人で救えるのか?俺の手が震え始める。体の底から恐怖が沸き上がってきた。


 果たして、この事実を伝えるべきだろうか、隠しても仕方ないように思えるが、一方で言うのは危険であるという気もする。だが、彼女の反応を見る限り、彼女も薄々感づいているように思える。ならば⋯⋯俺はガリガリと頭を搔いたのち、意を決して言った。


 「申し訳ありません。俺は⋯⋯たぶん、その様な者ではありません。そんな技量も、器もないのです」


 「そ、そんな事は⋯⋯そんな筈はありません。勇者は私どもにはない力を持っていると⋯⋯召喚されたものであれば、そのような力が⋯⋯」


 彼女は励ますかのように、それでいて俺の顔に何かを見出そうとするかのように見つめる。その目には期待でない、どこかネガティブな感情が映っていた。


 「⋯⋯すいません」


 何とか言葉を絞り出す。彼女の顔が明らかに歪み、居心地が悪そうに彼女は机の上の盆を持ち上げ、そそくさと出て行ってしまった。


ーーー


 勇者のいる部屋から出たレナーは、俯きながらとぼとぼと廊下を歩いていた。彼は選ばれた⋯⋯力を持ったものではない。だとしたら⋯⋯


 「あら、レナー、どうかしましたか?」


 突然に声を掛けられ、彼女はビクリと背筋を伸ばして体を強張らせる。


 「イ、イルクーラ様!い、いえ、なんでもございません。ええと、そうですね⋯⋯儀式で少し疲れているのかもしれません」


 彼女は引きつったように笑うと、この神殿の筆頭巫女へと答える。彼女と同じような服装を身に着け、長い藍色の髪を纏めた筆頭巫女イルクーラは納得したように頷く。しかし、その目はレナーを見据えるように鋭くなった。


 「そうですか⋯⋯大変でしたね⋯⋯しかし、あの召喚された者は⋯⋯果たして本当に勇者でしょうか?」


 静かに、だが、抉る様な声音で疑念を告げる。レナーは震える手を抑え込み言った。


 「そ⋯⋯それはどう言った」


 「えぇ、彼には、特に変わった点があるとは思えません。召喚された後もあれほどの取り乱し様とは、まるで勇者の器であるとは思えません。それにレナー、彼から魔力を感じましたか?その様な者が果たして勇者であるのでしょうか」


 イルクーラは悩まし気に首をかしげた。それを聞いたレナーは激しく首を振り、必死に答える。


 「その様なことはありません!彼には、何か、何か私達にはない力を持っている筈です。かっ、彼は自らの力を解っていないのでしょう。きっと勇者たる力を持っているはずです。」


 イルクーラの眉が動く。


 「⋯⋯成程、貴女は彼にその力があると、彼が勇者であると⋯⋯そう感じたのですね」


 「はっ、はい!そうです!か、彼は勇者です!私は!」


 彼女が声を張り上げる。イルクーラはそれを抑えると、再び彼女の眼を覗き込み、口元を緩めた。


 「貴女の評価を信じましょう。そうですね私が不遜でした。貴女は勇者と最も強く結ばれているのです。召喚者である貴女が感じたことを繋がりの無い私が感じられなくても不思議ではありません。貴女が感じたのです、どうしてそれを疑うことが出来るでしょう」


 「あ、ありがとうございます。イルクーラ様」


 彼女は反射的に答える。イルクーラは彼女にも笑いかけると、彼女のそばを通り抜けようとした。

 「では、私は、勇者様に挨拶してきましょう」


 「い、いえ、それはまた後にしたほうがいいと思います。えっと、勇者様はお疲れのようですから」


 その前に回り込み彼女は言った。イルクーラも軽くうなずく。


 「そうですか、それでは仕方ないですね」


 そう言うとイルクーラは振り返り、廊下をもどっていく。その後姿を見ながら彼女は軽く胸をなでおろす。


 今、彼の口から自分は勇者ではないと言わせてはいけない。そんなことになったら⋯⋯おそらく彼は勇者ではない。だが、そんなこと言えない。彼女は思う。あの、どこか落ち着きのない、何を考えているか分からない彼は、おとぎ話で知る勇者とはかけ離れた存在であった。


 だが、その様な者を彼女は勇者としなくてはならない。もし気付かれたら⋯⋯結末を考え、背筋が凍るような感覚になる。


 しかし、彼女は暫く俯いた後、頬へと流れた涙を拭う。いやまだ解らない。もしかしたら何処かで力を発揮するかもしれない……彼女は彼が勇者であると信じることにした。あくまでも自分の為……理不尽な運命に逆らうため、彼女は顔をあげた。

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