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プロローグ

 ゆらゆらと煌めく光が、どこからともなく俺の体を照らしていた⋯⋯それはまるで水中から太陽を透かし見た様なぼんやりとした光で⋯⋯様々な、青や緑、赤や黄色、ありとあらゆるすべての色が混ざったような色。今まで見たこともないような⋯⋯違和感、耐え難い違和感を突き付けられる。何で⋯⋯息が?ドクリ、心臓が飛び跳ねるように鼓動する。息が浅くなりそうになり、視線が拡散しかける。俺は思い切り目を瞑り、それらを押し込めた。


 俺はゆっくりと、振り仰ぐように首を動かす。景色は⋯⋯変わらない。続けるように左右に目を向けた。果たして⋯⋯同じ光景がまたしても広がった。これは?振り向いても同じ、同じ、同じ⋯⋯前後左右上下、どこも同じ光景だった。同じように光が煌めき、ゆらゆらと俺の体を照らしている。俺は反射的に手を後ろに⋯⋯支えがないことに、気付いてしまった。


 それは、先程から失いかけていた方向感覚と平衡感覚を吹き飛ばすのには十分だった。芯が冷えるような感覚、溺れるような感覚、抑え込んだパニックが爆発し、心臓が跳ねる。小刻みに息を吐き、手足を振り乱しながら何かに、あったならば藁でさえも強くつかんだだろう。


 「どうした?全く落ち着きのない」


 どこからともなく、くぐもったような声が空間全体に響き渡った。咄嗟に俺は首を振り、その声の主をその声の主を探した。すると目の端に「何か」が見える。それは煙のように背後の光を遮っていたが、そこに視線を集中させようとした途端、いつの間にか目の前にその「何か」が現れる。


 それが手を振る⋯⋯正確にはその一部が揺らいだように見え、俺の体に映る影が揺らいだだけだが⋯⋯俺の動機が治まる。体が落ち着き、息が深くなる。だがそれでも俺は、ただ呆けたように「何か」を見つめることしかできない。


「言葉は通じるはずだが⋯⋯言葉が話せないわけではあるまい⋯⋯あぁ、成程」


 すると「何か」が一点に集まるかのように凝縮し、形を変える。球体に⋯⋯次々に凹凸が⋯⋯やがて人の形をとる。透けるように白い⋯⋯いや実際に透け、後方から光が指しているのが見える⋯⋯肌、同じように色のない髪、ひとつながりとなった貫頭衣に包まれた少女だった。声も透き通るような声に変わる。


 「これで、少しは話しやすくなったか?」


 彼女(?)は薄く目を開き、その黒目も白眼かも判別できない目で俺を見た。

 夢か?夢だ。やっと落ち着いた俺は、深く呼吸しながら自分を納得させる。地球上でありえない現象、ありえない空間、それでいて俺は確かに意識が存在しており、霧消していない。夢と言わずして何と言おうか、とするならば俺は⋯⋯。


 「まさか、本当に口がきけないのか?」


 微かに眉を動かし、彼女は再び沈黙を破る様に口を開く。


 「必要ない、わざわざ話すこともない」


 「ほう⋯⋯この状況で何も聞かぬとな?おかしなものだ」


 「夢だ。夢に決まってる⋯⋯」


 それを聞き、彼女は軽く目を開くが、続けて何か面白いものでも見る可能ように、だが全く目の色を変えずに口角を引き上げる。


 「ほう⋯⋯成程?成程、そう解するか!残念だがそれは間違いだ。貴様がどうしてここにいるか考えてみるがいい」


 「⋯⋯どうして?どうしてなんて知るかよ⋯⋯そんなことする意味なんてないだろ」


 そうだ⋯⋯そんな議論など無意味だ。俺はただの人間だ。只の取るに足らない学生だ。只の⋯⋯普通だ。凡人だ。こんな人ならざる者になど会う筈がない。ならば夢だ。


 「証拠見せろよ」


 「この光景が証拠とならんか?我の存在は?これまで貴様はこのような想像をしたことがあるか?ないであろう、ここは貴様らが認知できん”所”だ。出来るはずがないのだ。貴様らにはな」


 嘲るような口調で彼女は言い、クスクスと笑う。何て、精神を逆なでするような声だろうか、俺は、ガリガリと頭を搔くと彼女を睨みつけた。


「確かに!俺がこんな光景を想像”出来た”ことは信じられない、あんたのような化け物を想像したことも!だが、これは少なくとも現実じゃないんだ。なら夢に決まってる!俺が人間である以上、認識できるのは夢か現実しかないからだ!!」


 「⋯⋯全く、全く持って傲慢な⋯⋯我を化け物だと?貴様が”想像”出来る存在であると?⋯⋯あぁ、全く、どの世界でもそのようなものはいたな⋯⋯貴様らの根本的な病理か?⋯⋯自惚れるのもいい加減に⋯⋯」


 「俺は冷静だ。自惚れる?そんなことあるもんか⋯⋯知っているよ。俺は凡人だ。他と何にも誰とも同じ、馬鹿にするな!!凡人がこんな体験するかよ。じゃあどこだよ。言ってみろよ!」


 彼女の言葉を遮り、俺はまくし立てるように続ける。答えられないなら夢で確定だ。まあ、夢が夢であることは立証できないし、現実もまたしかりであるのだが⋯⋯だが少なくとも現実世界で起こり得ない現象、光景が見えている。それだけで夢と断じれる。


 だが、俺がいうのにも関わらず、彼女はあきれたように息をついた。軽蔑するような視線を向け、宥めるかのような⋯⋯明らかに馬鹿にしている⋯⋯口調で言った。


 「⋯⋯とんでもない外れだ。全く、何処までも貴様の常識が好きなようだな、良いか?ここは貴様らの世界の外側だ。いや、1つ“上”の世界とも言おうか、夢などという陳腐なものと一緒にするな、言ってみればもう1つの現実とも言えるだろうか⋯⋯だから、現実でないから夢でないという貴様の理論は通用しない」


 「そもそも、あんたは俺がここを認識できないと言った。もうそこでおかしいだろ、何で俺は見えてる」


 「我が見させているからだ。我が貴様にこの世界を見させてやっているのだ。貴様が存在できるようにしてやっている。全く、貴様は下らんことしか考えていないようだが、あぁ、本来であれば感謝すべきだ。貴様は。何故ここにいるのか、よく考えてもみろ。記憶はあるはずだ」


 なんで?全く、見当も⋯⋯いや、1つ、たった1つだけ心当たりがある。そのアイデアが思い立った途端、俺はどこか納得⋯⋯いや、むしろ絶望感⋯⋯違う、腹の底からどす黒い怒りがせりあがってくるのを感じた。


 それを感じ取ったのか、彼女は目を細め、俺の怒りを助長するかのようにクスリと笑った。


 「あぁ、そうだとも⋯⋯死んだのだ」


 「ふざけるな!馬鹿にするな、聞いてない⋯⋯こんなこと聞いてない、何の冗談だ!あぁ、悪い冗談だ。夢だ夢だ。あんなのの先がこんな場所だって⁉⋯⋯」


 ガリガリと頭を、同時に腕を搔きむしり、唸る。連続し、飽和する思考が頭を埋め尽くす。再びどくどくと鼓動が加速して抑え込めない。次いで俺は腕を膝にたたきつけた。


 「⋯⋯この⋯⋯理解できるかこんな事!」


 「喧しい」


 一瞬驚いたように目を開いた奴だったが、鼻を鳴らすと、ため息をつくように呟く。途端に先程のように気持ちが抑え込まれた。これも、俺の前に立つ化け物の仕業か⋯⋯馬鹿な⋯⋯


 「⋯⋯!⋯⋯」


 俺はそれでも怒鳴ろうとするが⋯⋯声が出ない。かすれたような声さえ出ず、俺はパクパクと口を開け閉めするのみだった。


 先程の仕返しと言うように、奴は俺を蔑みつつ、有無を言わせぬ様子で口を開ける。


「先も言ったが、貴様は我に感謝すべきだ。あそこで貴様は死んでいた。それをわざわざ、我が救ってやったのだ。この我がだ。本来なら取るに足らん、兵士にもなれん貴様を⋯⋯それに加えて、これから貴様を”落とし”新たな人生を与えてやる」


 自身を睨みつけた俺に薄ら笑いを浮かべつつ、奴はどこまでも尊大な態度で続けた。


 「全く、貴様はどこまでも自惚れだな。生き返りだ。貴様ら下衆が何千年生きようとも、到達しえない神秘。全くとんだ外れだ。ならば貴様その身で感じるがいい」


 最早、俺とは話す価値がないと言うように奴は肩を竦め、首を振った。パチン、と奴が指を鳴らすと、空間が歪む。途端に俺は浮遊感を、次いでそれは急速な落下感に変わった。視界も掠れ、消しゴムをかけたように掻き消える。やつもそれに飲まれ、消え失せた。


 「⋯⋯待て、待てよ!」


 俺は落下感に堪え切れず目を閉じ、叫ぶ。誰に届くでもなく、その声は虚空へと飲み込まれていった。

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