8:うそやん……
『セイバーワールド・オンライン』を初めて3日。ようやく、このゲームにも慣れてきたぜ。
無難に『剣士』を選択し、ステータスポイントをバランスよく振って、ちまちまと『始まりの草原』のモンスターを買っていた俺だが、『始まりの草原』がぬるくなってきたから『山の修練場』に来たわけだ。
「テーマパークに来たみたいだぜぇ! テンション上がるなぁ~」
そう呟きながら、『山の修練場』を探索していると――
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
何かの音がする。
なんだ? この音は? 新手のモンスターか?
背中の剣に手をかけ、いつでも抜刀できるようにしつつ、音のする方向へとゆっくりと向かう。
音からして滝のようだが―― 何がいるんだ?
と、滝の前に着た瞬間――
俺は、異常なものを見た。
~~~
これは、『始まりの町』に息を切らせながら帰ってきたプレイヤーの証言である。
――ああ、とてもやばい光景だった。まるでここがゲームの世界だってことを忘れるくらいにはな。
それくらい、理解を超えていたんだ。
あ……ありのまま、今、見たことを話すぜ!
『 『山の修練場』の滝で顔だけ女の子みたいにかわいいムキムキマッチョが正拳突きを繰り返していた』
な、何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何を見たのかわからなかった……
頭がどうにかなりそうだった……
思い返してみれば、あの滝は時間経過でダメージを受けるギミックだ。近くの看板にそう書いてあった。
俺のHPだと、滝に打たれて30分くらいでHPが0になる。
だけど、あのムキムキマッチョは俺が観察している間も正拳突きを繰り返していた。
30分経っても、1時間たってもだ。
こっちには気づいていないみたいだったから放っておいたが……気づかれたらやばい。そう思わせる程の迫力があった。
きっと今も滝で正拳突きを繰り返しているはずだ。
『HPが高い』とか、『ダメージ無効化』とか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……
~~~
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
『リカバリィ』を継続したまま、正拳突きを繰り出す。
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
『リカバリィ』を継続したまま、正拳突きを繰り出す。
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
どれくらいの時間が経ったのだろうか……
耳に入るのは、滝の轟音と、正拳突きが空を切る音。そして、『リカバリィ』の呼吸音だけだ。
時折、人の話し声らしきものが聞こえてくる気がするが、きっと気のせいだろう。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
『リカバリィ』を継続したまま、正拳突きを繰り出す。
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
ふと気づいたことがある。
リアルだと、寒いとトイレが近くなる。
そのうえ、人は水に浸かっているだけで尿意を引き起こしやすくなる。
つまり、滝行は尿意との戦いなのだ。たぶん。
だが、ここはVRゲームの世界。
滝に打たれていると言っても、現実ではない。
何が言いたいのかと言うと、さっきから不思議と尿意を感じないのだ。
滝に打たれていて、とても寒いのにだ。
きっと、開発さんが配慮してくれたのだろう。
開発さんに感謝しなきゃだな。
そう思いながら、俺は正拳突きを繰り返した。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
『リカバリィ』を継続したまま、正拳突きを繰り出す。
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
『リカバリィ』を継続したまま、正拳突きを繰り出す。
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
それからまた時間が経過した。
滝の轟音と、『リカバリィ』の呼吸音、正拳突きが空を切る音に、人の話し声らしき空耳が響く。
身体を打ち付ける水の衝撃も、身も凍るような寒さにも、ようやく慣れてきた。
不思議と、疲れは感じない。
集中しているからだろうか? それとも『リカバリィ』の効果だろうか。
そう考えるが、その考えは正拳突きとともに消えていった。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
『リカバリィ』を継続したまま、正拳突きを繰り出す。
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
……そろそろ終わりにしようかな?
そう思って、ずっと瞑っていた瞼を開く。
そして、異変に気付いた。
まず、この滝からは南側に位置する『始まりの町』がよく見える。
滝に打たれていた最初の間は、太陽が空高くに上っていた。
だが、今は違う。
太陽が、東の低い位置で輝いていたのだ。
「うそやん……」
俺は滝に打たれていることなど忘れて、そう呟く。
このゲームは現実と同じ時間が流れている。
その事実が、俺の心を揺さぶる。
時計を見る。午前7時くらいと表示されていた。
ということは――
俺は、信じたくない事実を、口にする。
「うそやん……もう朝やんけ……」
どうやら滝に打たれているうちに、朝になってしまったようだ。
しかも、ずっと正拳突きと、『リカバリィ』も発動していたらしい。
流石にここでやめといたほうがいいな。
俺は滝から出て、岸に上がる。
条件『 『リカバリィ』を連続で30分以上使う』を達成しました。
スキル 『オートリカバリィ』を習得しました。
『オートリカバリィ』 パッシブスキル 効果:常時『リカバリィ』が発動する。
条件 『上半身になにも装備せずに100ダメージを受ける』を達成しました。
スキル 『裸の闘志』を習得しました。
『裸の闘志』 パッシブスキル 効果:上半身になにも装備していない時、攻撃力アップ。
条件 『修練の滝に30分以上打たれ続ける』を達成しました。
スキル 『心頭滅却』を習得しました。
『心頭滅却』 パッシブスキル 効果:属性ダメージを軽減する。
条件 『修練の滝に1時間以上打たれ続ける』を達成しました。
スキル 『心頭滅却』が『超・心頭滅却』に進化しました。
『超・心頭滅却』 パッシブスキル 効果:属性ダメージを大きく軽減する。
岸に上がったとたん、スキルを3つ覚えた。
見事にどれもパッシブスキルだ。
正拳突きを繰り返していたが、アーツスキルは覚えなかった。
流石『剛力闘士』。ここまで来ると清々しい。
と、少し足元がふらついた。
ゲームの中とはいえ、一晩中正拳突きしていたのでかなり体力を使っていたようだ。
早くログアウトし、体を休めなければ。
俺は上半身裸のまま、重い足で『始まりの町』へと向かうのであった。
『面白い!』と思っていただけた方は、感想欄にコメントしたり、ブックマークや評価ポイントを入れてください。作者のモチベーションが上がります。