7:滝行をしよう!
始まりの町に戻ってペールと別れた俺は、広場に腰かける。
サービス開始からまだそんなに経ってないからか、とても人が多い。
俺は広場の噴水に腰かけ、雑踏に耳を傾ける。
聞こえてくるのは、「あの敵が手ごわかった」とか、「この敵を倒すにはこうすればいいぞ」とか、「腹減った」や、「疲れたー」などの、他愛のない会話だ。
(みんな、楽しそうだな……)
そう思いながら、さらに雑踏に耳を傾ける。
と、とある会話が耳に入ってきた。
「なあ、『始まりの草原』から少し行った先に、『山の修練場』ってダンジョンがあるだろ?」
「ああ、βテストのときに武闘家みたいなボスがいたところだろ?」
「そうだ。そこに行ってきたっていう連中から聞いたんだが……『山の修練場』に滝が合ったんだよ」
――ん? 滝?
よく話を聞いてみよう。
「滝? βテストの時に滝なんてあったか?」
「俺の記憶だと、なかったはずだ」
「正式サービスの時に実装されたのか?」
「そうみたいだ。俺はよく知らないけど」
「なあ、『山の修練場』に行った奴って、一体誰なんだ?」
「話によると、忍者みたいな装備の女だったらしいぞ」
「忍者? なんて?」
「忍者だよ。忍者みたいな女が山の修練場に行ってたんだよ――」
気づくと俺の身体は、滝の話がどうでもよくなるくらい震えていた。
寒いわけではない。歓喜に打ち震えているのだ。
筋トレをたしなむ身としては、滝行は履修しておきたかったのだ。
だが、リアルで住んでいる場所には近くに滝がなくて、滝行が出来なかったんだ。
本当なら今すぐにでも『山の修練場』に行きたいが、あいにく今は夕方だ。
そろそろログアウトしなければならない。
「仕方ないか――」
『山の修練場』に行くのは明日にしよう。
俺はため息をつくと、メニュー画面を操作し、ゲームからログアウトしたのだった。
その翌日、連休であることに感謝しながら『セイバーワールド・オンライン』にログインした俺は、早速『山の修練場』に向かったのだった。
道中で何匹かモンスターに襲われたが、昨日覚えたスキルを駆使して蹴散らした。
今はモンスターに構っている場合ではないのだ。
狩場へと続く街道の周りに、ざあざあという音が響いている。
辺りにモンスターの気配はない。
さわやかなで涼しい空気が、鼻腔を通って肺に満たされる。
俺の目の前には、崖から勢いよく流れ落ちる水の塊があった。
『山の修練場』と呼ばれるフィールドの一角にあるスポット。
すなわち、滝だ。
滝つぼにはこれ見よがしに岩の台座が設置されている。
岸辺の立て札には、こう書かれていた。
『修練の滝』
1分打たれるごとにダメージを受けます。
滝に打たれた時間によって、様々なスキルを得ることができます。
なるほど。1分ごとにダメージを受けるけど、長く打たれていればいるほどスキルを習得できるのか。
知るか馬鹿! そんなことより滝行だ!
リアルで近場になかなか滝がなくて滝行が出来なかったんだ!
銭湯の打たせ湯だとなんか物足りなくて不満だったんだ!
「行くぞ……」
俺は意を決してシャツを脱ぎ、上半身裸になる。
『脱ぐ』と言っても、メニューから上半身の装備を解除するだけだ。
下半身は……そのままでいいか。
ちなみに、服を脱ぐ必要はないようだが、気分づくりは大事なので脱いだ。
沢に足を入れる。
――すごく冷たい! 思わず足を引っ込めてしまいそうだ!
だがここで引くわけにはいかない。もう片方の足も沢に突っ込み、滝へと向かう。
そうして、滝の目前まで来た。
すごい迫力だ! だが、負けるわけにはいかない! 何に負けるのかはわからないけど!
滝の中に入る。
重い! 天から打ち付けてくる水に押しつぶされそうだ!
冷たい! 体中に打ち付ける水が体温を奪う!
何とか台座の上まで来たが、座ることができない。座る余裕がない!
俺は立ったまま、両手を合わせる。
と、視界に表示されているHPゲージが少し減った。
どうやら、1分過ぎたようだ。
だが、そんなことを気にする余裕がないほど、滝の圧力は強い!
……待てよ?
『リカバリィ』を使えば、滝のダメージを打ち消せるんじゃあないか?
そう思った瞬間、俺の身体はアイデアを実行していた。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
スキル『リカバリィ』を発動する。
特殊な呼吸をすることで、HPを回復するアビリティスキルだ。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。また1分過ぎたようだ。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
『リカバリィ』を継続する。
敵は近くにいない。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
『リカバリィ』を継続する。
身も凍るような冷たさだ。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
『リカバリィ』を継続する。
ダメだ! 動かずにはいられない!
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
『リカバリィ』を継続したまま、正拳突きを繰り出す。
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
『リカバリィ』を継続したまま、正拳突きを繰り出す。
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
『リカバリィ』を継続したまま、正拳突きを繰り出す。
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
『リカバリィ』を継続したまま、正拳突きを繰り出す。
少し減ったHPゲージが元に戻る。
そして、また少し減った。
俺はいつしか目を瞑り、正拳突きと、『リカバリィ』の呼吸に集中していた。
滝の轟音以外は何も聞こえない。
心を無にして、『リカバリィ』の呼吸と、正拳突きに集中し続ける――
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