2:冒険を始めよう!
――光が収まると、目の前には木組みの建物と石畳が立ち並ぶ街並みが広がっていた。
空は現実で見るよりも青く、現実よりも白い雲がぽつぽつと浮かんでいる。
鼻腔をくすぐるのは、さわやかな風と、美味しそうな食べ物の匂い。
辺りの雑踏からは、たくさんの話声、人が歩く音が響く。
様々な武器。軽装、重装の防具を纏った人々が、通りを行きかう。
ここはワンダーワールド。たった今サービスが開始された、『セイバーワールド・オンライン』の、出発点の様だ。
「すごいクオリティだな……」
と、辺りを見渡していると、声が響いた。
「お~い! そこのムキムキマッチョ!」
なんだ? ムキムキマッチョって、誰の事だ?
多分俺の事ではないはずだ。現実の俺はやっとお腹周りが細くなってきたところで、ムキムキマッチョになるくらいには鍛えていない。
と、不意に肩をつかまれた。
振り向くとそこには、赤色の長髪をたなびかせ、腰に忍者刀を携えた、紺色のニンジャ装束の女性がいた。
「忍者……なんて?」
「なんてって、狩りに行かないかって誘ってるんだよ。ムキムキマッチョ!」
と、忍者の女性は顔をしかめる。
……ん? ムキムキマッチョって、俺のことを言っているのか?
「ねえ、ムキムキマッチョって俺の事?」
「ああ、ここらへんでムキムキマッチョって言ったらお前しかいねーぞ?」
どういうことだ?
そう思って、近くのガラス戸をのぞき込む。
ガラス戸には童顔の、見ようによっては女の子に見える綺麗な顔立ちの美少年が映っていた。
……のだが、首から下は、海外のボディビルダーのような筋肉モリモリマッチョマンだった。
初期装備らしい白い半袖のシャツと、深緑色の長ズボンこそ身に纏っているが、腕は筋肉でゴリゴリと盛り上がっていた。
ポーズを取れば、本職のボディビルダーにも引けを取らなそうだ。
「おい、大丈夫か?」
忍者の女性からそう声を掛けられていることに気づくまで、俺はガラス戸とにらめっこしていた。
「なるほどねぇ。ランダムエディットでこの外見になっちゃったってことかー。強そうなのに惜しいねえ」
広場にある噴水の縁に腰かけながら、忍者の女性はそう言った。
「惜しいって、どういうことですか?」
「いや、惜しいっていうのは、あんたの職業とスキルの事さ。『剛力闘士』って言ったら、不遇職業って有名なんだよ? まあ、これはβテストの時に遊んでた知り合いに聞いた話なんだけどね」
「……そんなに不遇なんですか?」
俺がそう尋ねると、忍者の女性は親切に話してくれた。
「ああ、まず、『筋力極振り』っていうのは、ピーキーすぎてあんたみたいな初心者は普通やらないんだよ。いいかい? 『筋力』っていうのは、武器や防具の装備限界や、モンスターに与えるダメージを決めるパラメーターなんだよ。『筋力』が高いと、強力な武器を装備できたり、モンスターに大きなダメージを与えることが出来るんだ。けど、『筋力極振り』には問題があってね……」
と、一呼吸おいて、忍者の女性は話す。
「確かに『筋力』が高ければ、ダメージは上がるし、強力な装備を使うこともできるだろうさ。けど、『器用』が高くないと攻撃が当たらない。『敏捷』がないと攻撃を避けれない。『生命』がないと攻撃を耐えれない……」
「……つまり、『攻撃が当たらないうえに脆い』ということですか?」
「ああ、そうさ。スキルで補うこともできるだろうけど、それだったら他のパラメーターを上げてるしねぇ」
俺は思わずため息をつく。
そんな俺に追い打ちをかけるように、忍者の女性は『剛力闘士』について説明してくれた。
「そして、悪いけど『剛力闘士』は不遇職って、β時代は有名だったんだよ。確かに『全ての近接武器を装備できる』 『筋力に大幅なボーナスが得られる』っていうメリットはあるけど、魔法や搦め手に無茶苦茶弱いんだよ」
なるほど、アニメによくありがちな『筋肉キャラは搦め手に弱い』というのはこのゲームにも適用されるようだ。
「それに、『剛力闘士』は『アーツスキル』を覚えないんだよ。いいかい? スキルには、習得するだけで効果が発動する『パッシブスキル』、補助的な効果を発揮する『アビリティスキル』、そして、技として使う『アーツスキル』の3種類があってね。例えば、『剣士』なら強力な攻撃をする『バッシュ』、『魔術師』なら炎の魔法『ファイアボルト』っていうアーツスキルを使えるんだけどね。『剛力闘士』はそれらを覚えないし、使えないんだよ。まあ、その分ステータスが普通の職業より高くて、アーツスキル以外が充実してるんだけどね」
つまり、『アーツスキル』という必殺技を使えない代わりに、ステータスが高いのが剛力闘士の特徴らしい。
……あれ? 『剛力闘士』、アニメの筋肉キャラより弱くないか? アニメの筋肉キャラだって必殺技使えるんだぞ!?
「マジかぁ……どうしようこれ……」
俺は再びため息をつく。
「まあ、どうしてもだめだったら、キャラを作り直せばいいんだよ。まあ、この童顔ムキムキマッチョなアバターを消すのはもったいないだろうけどね」
慰めなのか、忍者の女性はそう言葉をかける。
……ちょっとやる気が出てきた。
「色々教えてくれてありがとう」
不思議と、お礼の言葉が出てきていた。
「どういたしまして。とりあえず、これからどうするんだ?」
そう尋ねる忍者の女性に、俺は目を閉じ、深呼吸をして、宣言する。
「……フィールドで腕試ししたいと思います。『筋力極振り』の『剛力闘士』がどれだけ戦いにくいか、試したいんです」
「そうか。がんばれよ! ムキムキマッチョ!」
そう言って、忍者の女性は去っていった。
……そう言えば、名前を聞いていなかったな。
まあ、いつかまた会えるだろう。そう信じたい。
忍者の女性との再会を祈りながら、俺は街の外へと向かうのであった。
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