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二十九 黒狼パワーを借りたいと思いまして

あれから1時間、そこそこの時間が経っていたが、黒狼はその場変わらずで力無く項垂れていた。

まだ暴れる可能性もあるため、20m位の距離は取っておく。

多分無意味だけど…。


今回もなんか猪原任せな気がするけど、俺も案を出したし働いたことになるでしょう。

[じゃあ、言った通りによろしく]

[任せてください]


黒狼に伝えることを猪原に指示すると、猪原は1人で黒狼の近くへと歩き始める。

やっぱりあいつやべー、猪原の動きに迷いがねぇのが怖いけど、今は成功することを信じるしかない。


すぐ側までやってくると、黒狼が猪原に気づいて少しピクリと動く。

だ、大丈夫だよな?食われない?

猪原は一切動じずに、大きい黒狼の顔の元で語りかける。



[ねぇ、いつまでそこで寝てる気なの?]


黒狼は猪原の声に反応せず、動かない。

猪原は少し間を置いて続ける。


[…まだあなたは償いをする気はある?]

その言葉を聞いて、ようやく黒狼はゆっくりと首を上げて猪原をギョロリと見る。

[償い…]


黒狼の猛々しい姿はもうどこにもなく、残っているのは目に浮かぶ後悔と縮こまった雰囲気だけだ。

…あの感じ、もう敵意なんてものは無さそうだよな。

なんで最初はあんなに殺戮していたのに、今になって後悔しているんだ?


[そう、まだチャンスはあるのよ]

[チャンス?]

[あなたが傷つけた人間…みんなを運ぶだけでいいの]

猪原はそう言って、今も倒れている勇者達の方を見る。

黒狼はその人々を見て驚いたようだが、直ぐに暗い顔をする。


いや、やったのは黒狼じゃなくて実際には兵士だし、なんなら神島達は黒狼が来てなかったら死んでたけどな?


[でも…私は]

[あなたには今、その力があるでしょ?あなたの速度ならみんなを安全な所へ移動するのも簡単なはず]

黒狼はふと目を見開く、まるで自分の持っている力を今まで知らなかったように。

[償いはまだできるのよ]


猪原の怒気の籠った声と共に、風が止まって静かになる。

黒狼は少し考えているように見える。

詳しくは分かりはしないが、黒狼は今回で2回目の罪を犯した感じだ。

その罪は人を殺すこと?食べること?ともかく人を傷つけること自体がアウトなのかね。


黒狼にとって二度目の罪を犯したのに、また許して貰えるなんて、夢にも思わない話に違いない。だから黒狼は絶対に承諾する。






はずだったのに…

[私はやらない]

[え?]

[は?]


黒狼の思わぬ否定に猪原と俺は意味が分からないと言わんばかりに驚いてしまう。

[どうして?もう一度許して貰えると言うのに]

猪原が否定する理由を聞く。


[もう…償いなんて何も必要無いじゃない…!]

[…]

黒狼が目を閉じ、少しづつその巨体を起き上がらせ始める。猪原を睨むその目には怒りがこもっていた。

猪原は相手の返答に黙ってしまう。

黒狼は続けて猪原に言い放っていく。


[あなたは昔から何度も何度も、私がやらないようにと忠告をしてきた!正直イライラした、でもあなたは私のことを心配してくれていると思ったから我慢していた。

私が犯したあの罪の時から8年、もうあなたも分かってたんじゃないの?改心したと]


え、じゃあなんでまた人殺したん?

[どうしてあなたはまたここでやったの?まさか全て幻覚とでも言わないよね?]

俺の疑問を猪原が聞く。


[私はこの姿になってから、もうめちゃくちゃだったのよ…!怖かった、別の物に私が塗り替えられていくのが…人を殺したのは私ではない別の物なのよ。

生き物を見ると野生の本能に支配される。それから生物がいなくなるまで殺して、貪る。食べる時の感触は私の家族とみんな変わらなかったわ、あはは…]


黒狼が最後に自分の後悔を引き出すように言い落とす。

…や、やべぇぞこいつ。思ったよりエグい奴だった。

つまり、こいつは前は黒狼の姿ではなかったが、黒狼になってからはやりたくないのに本能に逆らえず、生き物を殺し続けたと…。


あ、もしや森の生物がほとんどいなかったのはコイツのせい?エグすぎるだろ。

まぁ、仕方ないと言えば仕方ないよな。

俺があいつの立場だったとしてもおおよそ同じ結末を辿りそうだ。本能から気合いで逃れるのは多分ムリ。


まぁでも元人間みたいだし、人を殺すことを後悔するんだから何もせず見捨てるなんてなさそうだよな。

とりあえず、黒狼に自分の声が聞こえるくらい近づく。


ここで言わないと、ダメな気がするよな。


[…そうやって下げるような言い方するなら、せめて償いの形じゃなくて、思いやりという名目でやってくれるのはどうだ?お前だって、周りの人が死ぬのを見届けるのは嫌だろ?]


[……]

黒狼は少し考える。やっぱり、良心的な心はまだ持っていそうだ。


[やらない]

黒狼は首を横に振ってしまった。

[私がここにい続けると、また理性を失ってしまうかもしれないから…]


うっわ、そっちだったかー!

ちょっと選択ミスしたかもしれない。


黒狼は少し息を着いて、俺達から背を向けてしまう。

[ごめんね…由奈]

そうポツリと呟くと黒狼は瞬く間に姿を消し、再び騒ぎ始める風だけが残った。


[行って、しまったね〜]

ずっと静かにしていたアルゲンが後ろから悲しそうに言う。

[あ、あぁ…]

黒狼は行ってしまった。


つまり、俺の黒狼に運んでもらう作戦が失敗に終わってしまった。

これからどうすべきだろうか。

そう思っていると、神島と高濱がこちらへ走って来る音が聞こえた。


「リエルとヤコ…と、アルゲン?!」

先に着いた神島が驚いた声をだす。


[…今更俺達がその場離れてたの気ずいたんかい]

いや、いくら墓をみるとはいえ、いつまで眺めとんねん!

高濱が後からやってきて俺達に言う。


「勇者のみんなの状態がおかしいんだ!なにか知らないか?」

そう言って高濱が勇者のいるところへ指をさす。

いや、そうは言われましてもですね、今解決しようとして完全に失敗したところなんですよ。


[てか、俺に聞かれても何も聞こえないからわからんだろ…]

俺は首を横に振る。

「マジかよ…」

「アルゲン…」


高濱が絶望したように頭を下げるが、神島はなんだか考えている様子。

無理無理、俺は最善を尽くしたよ?案を1つ出して。

惜しい所までいけたけど、ここからは流石に何も出来ない。

そうだ、俺が話さなければまだいてくれてチャンスがあったかもしれない。


[猪原、さっきはごめんな]

とりあえず、気まずいが黒狼が去っていた方向を見続けている猪原に謝っておく。


[いえ、大丈夫です]

猪原はそう言って、俺達の所へ戻ってくる。

結構辛そうだな…。


さて、どうしたものかねぇ、もう諦める?

とりあえずなにか出たかと神島に顔を向ける。


「いや行ける」

神島がそう言うと確信したように話す。


「まだみんなが助かる方法があった」

[ほ、ほんと〜!?]


どうやら万策尽きたわけではなさそうだな!

でも、まだあったか…?

神島が続ける。


「アルゲンの力を貸して欲しいんだ!」

[お、俺〜?]

アルゲンが困惑する。


「とりあえず急いで僕たちが乗ってた馬車に行こう、高濱君はみんなを馬車まで運んで!」

「あ、そうじゃん!了解!」


神島の言葉に高濱が何をしようとしたか理解し、颯爽と走り去っていく。

…なんか神島がやろうとしていることがなんかわかった気がする。

みんなは急ぎ足で最初の地点へと戻っていく。

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