柳生十兵衛地獄旅~再会~
「ここはどこだ?」
一人の男が河原に立っている。男の名は、柳生十兵衛三厳。将軍家兵法指南を務めた柳生但馬守宗矩の嫡男であり、江戸城御書院番を務めている。
十兵衛は鷹狩のため出かけた先の弓淵で立ちくらみをしたので、目を瞑り、しばらくしてから目を開けると身に覚えのない場所に立っていた。
「確か鷹狩りに弓淵に来ていたはずだが……」
十兵衛は辺りをキョロキョロと見渡してみるが、辺りは霧がかかったのように真っ白である。
「いったいどこなんだ? ここは」
右を見ても左を見ても真っ白で、どこにいるのか皆目見当がつかない。ただ分かることは、先ほどまでいた弓淵ではないということぐらいだ。
すると誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。十兵衛は腰に差している三池典太光世の柄に手をかけ、音のする方に顔を向ける。真っ白の空間から人影が徐々に見えてきた。
『鬼が出るか蛇が出るか』そう思っていると、見えたのは鬼でも蛇でもない、懐かしい顔だった。
「……左門か?」
「兄上、お久しぶりでございます」
十兵衛の前に現れたのは、異母弟の柳生刑部少輔友矩。徳川家光の勘気をこうむって致仕した十兵衛に代わって家光に仕え、常に剣術の相手を務め寵愛されたが27歳で早世している。
「確か、お前は病で死んだはずじゃ。それにここはどこだ?」
回国修行中の十兵衛が柳生の庄に戻った時に、宗矩が子飼いにしている忍びの淡雪から、友矩が死んだという話を聞いていた。
「とりあえず歩きましょうか兄上」
そう促すと、くるりと十兵衛に背を向けて友矩は歩き出す。十兵衛は疑問に思いながらも友矩の隣を歩く。
「確かに私は死にました。それに兄上、あなたも死んだのです」
死んだ? 俺が? と十兵衛は眉を顰めた。
「なんで死んだのかは……まあ、それは知らない方が良いでしょう」そう言うと友矩は急に立ち止まった。友矩が立ち止まったと同時に、辺りのまっしろな風景が見えてきた。目の前に川が見える。
「川?」
「兄上、目の前の川は三途の川です」
三途の川という名前を聞いて、十兵衛は「まさか……!?」という顔になった。
「いま立っている場所は、賽の河原です」
そう言いながら友矩は指を差すとそこには船着き場があった。その船着き場にたくさんの人が立っている。死装束を着ていて額には天冠(三角の布)が着いている。
十兵衛が船着き場を見ていると、友矩は懐から小さな巾着を取り出すと十兵衛に手渡した。
「なんだそれは?」
巾着の袋を開けて中身を確認すると、六文銭が入っていた。三途の川の渡し賃である。
六文銭を見て、ふと十兵衛は疑問を思った。
「ところで左門はなぜここにいるんだ?」
「今は私は冥府にいて、閻魔様の裁判の補佐をしているです」
生前は家光に仕えていた友矩は、死後は小野篁と同じように閻魔大王の裁判の補佐をしている。
「実は最近、地獄で亡者が暴れていて、鬼どもの手におえないのです。その亡者を退治するために助太刀が必要だったのです」
鬼の手におえない亡者? という疑問を察したかのように、友矩が補足する。
「今は、あまり詳しいことは言えませんが、ただ言えることは兄上は戦ったことがあります」そして不気味に「一度甦った人物ですが」と付け加えた。
『一度甦った』という部分で、十兵衛は、なるほどという風にニヤッとした。
「それで左門は三途の川のこっち側にいたということか」
「冥府では誰が亡くなるか分かりますからね。閻魔様から渡し賃を頂戴し、兄上を待っていたのです」
すると友矩は異母弟ではなく、閻魔大王の補佐役として十兵衛に深々と頭を下げた。
「柳生十兵衛三厳様に、暴れている亡者、いや、魔人退治の助太刀をお願いしたく存じます」
「助太刀の件、引き受けた」
十兵衛の返事に友矩は顔を上げた。
「兄上なら引き受けてくれると思っておりました」
「死してなおも縁があるとは、因果なもんだな」そう言いながら十兵衛は無精髭の顎を撫でた。
「それじゃ鬼退治ならぬ魔人退治に行くかね」
十兵衛と友矩は三途の川に船着き場に向かって歩いて行った。