第5輪・愛する人となったあの日
私は永久に忘れない。
あの日の彼の優しさを。
初めての優しさを。
あれは、遠い遠い冬の日の事だった…
年越しを終えて、少し浮き足立った雰囲気も抜けてきた、1月中旬の頃…
その日はまだ寒く、雪がしんしんと降り積もろうとして居た。
『イヴェット?
イヴェット?』
『あら、御免なさい
ぼーっとしていたわ』
『あら、そうなのね』
そう、苦しそうに微笑むのは、病弱なお母様。
私の世界で唯一の味方。
社交界で黒百合姫だのなんだのと、美しさを称えると共に、恐怖を抱かれていようとも、私の信じる唯一無二の存在。
『あ、そう言えば今日は少し外に用事があるの
お留守番お願いするわね』
そういうお母様は、いつもの苦しそうな、病弱な…何かしらの病気に体を蝕まれていそうな表情ではなく、少し嬉しそうな顔をして居た。
『はい、お母様
行ってらっしゃいませ』
私は少しお母様の表情を見て嬉しくなり、満面の笑みでそう言ったのだった…
でも、それはこの日を最後に、唯一無二ですら無くなった。
要するに私の味方なんて集合は、“∅”となったのだ。
原因は不明だったが、おそらく病死だろうと判断された。
しかし、それからと言うものの、味方の居ない世界に、私は途方にくれた。
そして彼が声をかけてくれた日こそ、1月中旬の遠い遠い冬の日の事だった。
『今日は君の婚約者となる方を紹介しよう
Noah・Grayson・Blackwelだ
あ、こちらが私の娘の…』
『Yvette・Alice・blackLilyで御座います
宜しくお願い致しますわ』
私は令嬢らしい礼をなんとかする。
すると…
『では、今日は顔見せだけにする
イヴェット・アリス・ブラックリリィ
次会うまでに直せ
以上だ』
その言葉には、きっと、優しさが詰め込まれていたと思った。
そう、私の顔色が悪いことを、一瞬で見抜いたのだ。
実は、私はお母様の訃報に悲しんでいたから顔色が悪かったわけではなかった。
厳密に言うとそれが50%の理由だ。
もう半分は…風邪を引いていたのだ。
でも、この家…ブラックリリィ家にとってとても大事なイベントである、食事会と言う名の婚約者との顔合わせは、この地方ではよくあることだった。
男が女の家へ出向き、女の家があれこれをする。
それは一種の風習であった。
そして、この風習を乗り越えた場合、今までは婚約者と言えど、いつでも気軽に身分の高い方が、一方的に破棄できるものだったのが、破棄できなくなる位の重要さを持つのだ。
男が女の家の視察をするといったところか。
なので、私の父親は早く済ませたがったのだが…というか、そうなると思い、風邪であることを黙っていたのだ。
そんな私の渾身の演技を見破られたと言うのに、悲しさや悔しさよりも、嬉しさが募った。
(お母様…の次の味方…!)
幼少期であった私は、心なしか嬉しそうに、
『有難う御座います』
と、言ったのだった…