09 辺境領主さまに会った
辺境伯ご令嬢のアイラに連れられて、俺は都に向かっている。
ここで言う都というのは王都、首都のことではなく、辺境伯領の中心である「州都」と呼ばれる街だ。
ややこしくてすまんが、この地方で一番デカい街、くらいに思ってくれ。
「馬車が揺れますわね。居心地が悪くありませんこと?」
「まったく問題ありません」
アイラお嬢さまが気を使って下さった。
俺は冒険者稼業が長かったので馬車が多少揺れるくらいでいちいち精神的に参ったりはしない。
それ以上の問題が、俺たちの身に降りかかっていた。
「お嬢さま、魔物の群れに囲まれています」
馬車を御する武官が緊張した声色でそう言ったのだ。
「ここの領地って田舎のくせにやけに魔物が多いよな?」
「そそそそんなことを言っている場合ではありませんわ! 力を合わせて魔物を討伐いたしますわよ!」
なんとかその場は魔物を撃退した俺たちだが、州都に着くまでの間にさらに2回、魔物の群れに囲まれて辟易した。
ともあれなんとかこうにか生きて州都に到着し、俺たちは伯爵、アイラの父君に謁見する。
「おお、きみがレンどのか。娘からうわさは聞いているよ。近頃、娘から出る話題はきみのことばかりでねえ」
「お、お父さま! よよよ余計なことはおっしゃらずに、お仕事の話をするための大事な会合でしてよ!」
お嬢さまが混乱して興奮しているので、さっさと俺たちは話の本題に入った。
「と言っても、俺の魔法は俺が自分で見て回れる範囲でしか効果を発揮しにくいんで、あまり領地経営の役に立つとは思えないんですがね」
「レンどのが得意としている時魔法については、そうだね。なにしろわからない部分も多い、失われた古代の秘法のようなものだ。領地経営に組み込む技術としては、難しいかもしれないな」
ならどうして俺はわざわざここに呼ばれたんだ……。
「ですけれど、レンには冒険者として培った技術と知識がありますわ」
「我らの領地は魔物の出現も多い。レンどのが中心となって討伐組織の再編成を行えば、領内の治安は格段に向上すると思うのだが」
親子は俺に、領内の魔物討伐組織の立て直しをして欲しいようだ。
辺境伯領の正規兵は人間同士の戦争や治安維持活動が本業なので、魔物の討伐や警戒をそれほど得意としているわけではない。
元冒険者の俺が中心となって、魔物から領民を守る組織の体勢を一から作り直してほしいということだろう。
「そんなに責任の重い仕事を上手くできる自信が、ないです」
俺は正直に申し出てこの話を断ろうとしたが。
「ははは、奥ゆかしいのだなレンどのは。実るほどに首を垂れる、まさに紳士の鑑だ」
勝手にいいように解釈されてしまった。
「そうと決まれば、レンの村に建てた学院の規模を拡張して、魔物討伐組織の施設を併設いたしましょう? 領内から有望な人材を集めて、包括的に教育、訓練を行えるように」
勝手にどんどん俺のあずかり知らぬところで話が決まって進んでしまうようだった。
「うむ、この機会にレン殿には一代限りだが、男爵位を与えよう。討伐隊の組織づくりの予算も用意するので、ぜひともいっそう励んでもらいたい」
「はあ……」
流されるままに、なにやら貴族の末席に加えられて、俸給を貰う身分になってしまった。
おかしい、俺の本業は農家のはずなんだが……。
「わたくしも、別宅をレンの村に構えますわ。一年の半分はそこで過ごすことにします。お父さま、よろしいですわよね?」
「ははは、アイラは昔から言い出したら聞かないからな。思うようにやってみなさい。もちろん、仕事もきっちりこなすんだぞ」
「ええ、任せてくださいまし!」
こうして俺は、農民であり、学院の臨時講師であり、辺境伯領の魔物討伐隊の特別顧問であるという、なんだかわからない一代男爵になったのであった。
あまり素直に他人の言うことをはいはい聞いて流されて生きて行くのも、考え物だなと思った。
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