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三七日(みなのか)

 次の週末、僕は町外れの大型ショッピングセンターまで足を伸ばした。


 彼女にプレゼントするレアなブーさんグッズを手に入れるべく、キャラクターショップに下調べしに来たのだ。


 きっと彼女は覚えていないだろうけど――去年、僕と彼女はここに来たことがある。


 僕が誕生日プレゼントを貰うよりも前、中学の卒業式があった日の午後に僕らは初デートをした。


 卒業式といっても、高校も持ち上がりだし、何の感慨もないんだけどね。


 ともかく、彼女に何か大事な用があって式の後に待ち伏せしていたら、あれよあれよという間にデートすることになって。

 この街じゃあ一番のデートスポットである、このショッピングセンターに行ったのだ。


 大事な用って何だったっけな……?


 あんまり記憶がないんだけど、ウキウキ感よりも、謎の使命感に駆られていたことは覚えてる。


 あの時は確か、目的もなくぶらぶらと歩いて……映画も見たっけ。


 向こうから誘ったくせに、彼女は全くデートにやる気がないというか、勝手が分かってないみたいで。


 何故か僕が気を遣って“映画でも見る?”と提案したのだった。


 まあ僕もデートなんて初めてだったんだけど、さすがに無言でショッピングセンターをもう一周するのは避けたかったからね。


 けれど、彼女は映画の最中も無表情。


 もちろん、初デート特有のほわほわした雰囲気なんて皆無で。


 唯一彼女の表情が動いたのが、このキャラクターショップの前だった。


 あの時僕は――理由は忘れたけど――映画の後カフェで彼女と険悪な雰囲気になり、彼女がブーさんショップの前でわずかに目を輝かせたのに気づいていながら無視したのだ。


「そんなこともあったなー……」


 なんで忘れてたんだろ。


 たった1年前なのに、遠い昔のことみたいだ。


 僕はもう彼女を心から好きになることはないけど、出来ることならもう一度。


「……あの鉄仮面が崩れるところ、見たいよね」


 僕はペロリと舌舐りし、制服の袖を捲る。


 こんな悪人面でテディベアを品定めしてる人、そうそういないだろうな。


 店員さんに怪しまれながら物色した結果、僕はひなまつり限定発売のぬいぐるみを購入予約し、家に帰った。



 季節は進み、誕生日当日。


 仄かに春めいた土の匂いが漂う中庭で、僕らは再び並んでベンチに腰かける。


「いい天気だね」

「ええ」


 プレゼント片手に青空を見上げる僕とは裏腹に、彼女は空を一瞥もせず真顔で僕を睨んでいる。


 さすがに勿体ぶりすぎたかな……?


「そうだ! 志乃宮さんにプレゼントを持ってきたんだよ」

「要らない」


 明るく言う僕に、彼女は冷たく言い放つ。

 僕はたらりと冷や汗を流す。


「ま、まあ、そう言わずさぁ……きっと喜んでもらえると思うんだけど」


 彼女はガラス玉みたいな生気のない瞳でじっと僕を見てから、不愉快そうに口を開いた。


「受け取ったら、久藤くんが知ってること全部教えてくれるの」

「え? あ、もちろんだよ!」

「わかった」


 彼女は眉ひとつ動かさず小包を受け取った。


 ここまで嬉しくなさそうに誕生日プレゼントを貰う人、初めて見たよ。


 しゅるっ、ガサガサ……。

「!」


 小包のリボンをほどき袋を開いた途端、彼女の瞳に命が宿った。


「……ぬいぐるみブーさん、ひなまつり限定お内裏様バージョン」


 彼女はゆっくりと中身を取り出すと、目を輝かせてくるくると色んな方向から眺めている。


 こんな顔、出来るんだ……。


 ほのかに頬を桃色に染める彼女に、僕は目を奪われた。


 この、喉の奥がじわりと熱くなる感じ。


 やっぱり僕はまだ彼女のことを――。


 いやいやいや、冷静になれ僕!

 彼女を死に導くことが出来なかったら、僕は享年16歳で人生の幕を閉じることになるんだぞ?


 決して情に絆される訳にはいかないんだ。


 僕は邪念を払う為にぶんぶんっと首を振り、心のふんどしをキツく締め直す。


「偶然」


 喜びを隠しきれず、ほころんだ顔で彼女が呟く。


「家に去年のひなまつり限定ぬいぐるみブーさんお雛様バージョンがあるの。並べて飾ったら、きっと素敵ね」


 なるほど。それでそんなに喜んでたのか。


 作戦の一環とはいえ、喜んでもらえると悪い気はしないな。


「そ、そう? なら良かったよ」


 僕は再び緩みかけたふんどしを慌てて締め直し、わざとらしく脚を組み直して大人びた口調で言う。


「それじゃあ僕の知ってること話すよ。予め言っておくけど、信じるかどうかは志乃宮さん次第だからね」


 と前置きして、僕は彼女に大幅に省略した事実を話した――。


 神さまが死後の世界の労働力不足で彼女を死に導いたこと。


 彼女は神使の使命を全うし生き残ったこと。


 その際神さまに纏わる記憶が消されたせいで些末な齟齬が生じていること。


「僕も同じ境遇で、神使の使命を果たしてる最中なんだ」


 ここまで話したところで彼女の表情を窺うと、すっかりいつもの鉄仮面に戻っていた。


 信じているのかいないのか、能面のような顔からは何一つ察することが出来ない。


 僕らはじっと黙りこむ。

 傾き始めた夕陽が僕たちを朱色に染めあげて、互いの顔色もわからない。


「それで」


 永遠かと思うほど長い沈黙を破ったのは彼女だった。


「久藤くんは生き残れそうなの?」


 僕はひどく驚いた。


 まずは彼女がこの突拍子もない話を信じたらしいこと。


 それから――何よりも先に僕の心配をしたことに。


「……僕が嘘ついてるとは思わないの?」

「ええ」


 面食らって尋ねると、彼女はキッパリと言い切った。


「だって久藤くん、嘘つくとき鼻の穴が広がるけど今は広がってなかったもの」


 そうなの! 

 全然知らなかったよ。


 咄嗟に鼻を隠す僕を見たまま、彼女は真顔でこてんと首を傾げる。


「不思議。たいして話したこともないのに、何故かあなたのこと良く知ってるの。これもきっと記憶が消されたせいなのね」


 うーん、それはどうだろう。


 実を言うと、去年もそこまで彼女とたくさん話した訳じゃない。数回の思わせ振りな態度で勝手に僕が好きになっただけなのだ。


「それで、神使の使命って何」


 僕が首を捻っていると、彼女は相変わらず一定の声色で尋ねる。


「私に関係あるんでしょ」

「!」


 直球を食らった僕は、ギクッと彼女から目をそらす。


「だ、誰もそんなこと言ってないだろ……」

「鼻の穴」

「!」


 僕は慌てて手で鼻を覆い隠し、激しく目を泳がせる。


「私にどうして欲しいの?」

「……だから違うってば」


 僕を詰問する彼女の瞳は、今までになく生き生きとした光を帯びてきている。

 

 ……そうだ。


 去年もこの彼女が僕と話すときだけ(ブーさんを見ているときは例外として)に見せる爛々とした瞳に、幾度となく魅了された。


 教室ではいつだって氷のように表情を崩さないくせに、自分の前でだけこんな顔をされたら大抵の男はイチコロだと思う。


「協力してあげてもいいわよ」

「え?」


 唐突な彼女の言葉に、僕は鼻を隠すのもやめて目を丸くした。


「なんで……? 僕に協力したところで、君には何のメリットもないだろ?」

「それもそうね。何故かしら」


 彼女は自分で言っておきながら、ふぅむと考え込むように顎先を指でなぞる。


「何て言うか、あなたに返しきれない程の大きな借りがあるような気がして落ち着かないのよね」


 それは間違いない。だって僕は彼女の身代わりとして一度死んでいるんだもの。

 命を懸けた甚大な借りだ。


「でも何より、私があなたの命を握っていると思うと最高にたまらないわ」

「……?」


 え? 今なんて?


「ぞくぞくしちゃう」


 はぁ、と色っぽいため息を漏らして恍惚とした表情を浮かべる彼女に、僕は思わずごくりと唾を飲み込む。


「ねえ久藤くん私……」


 彼女はうっとりしながら蔑むような、複雑に怪しい光を帯びた目で僕を見て言う。


「あなたのこと、結構気に入ったわ」

「!」


 不敵に微笑んだ彼女の笑顔に僕は釘付けになる。


 鉄仮面が崩れるところが見たかったのは確かだけど、僕が期待してたのはこんな悪意と色気が混じったような悪魔的な笑みではない。


 一体どういうことなんだ……?


 戸惑いを隠しきれない僕に彼女はますます楽しそうに目を細めると、大事そうにぬいぐるみを抱えて立ち上がる。


 そして「またね」とだけ言い残してくるりと翻り、夕闇に消えていった。

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