表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

初七日(しょなのか)

 ベタ過ぎて笑えるけど、僕が彼女に告白されたのはバレンタインデーだった。


 つまり僕の命日(仮)は2月14日で、今日は15日ということになる。


 何でだろう……。

 寝て起きたばっかりなのに、とんでもない疲労感だ。

 やっぱり、一度死んで生き返るというのは体に相当な負担がかかるのかな?


 僕は目を覚ますために洗面所でバシャッと顔面に冷水をかける。


「よしっ」


 ともかく、やることはただ一つ。


 彼女を僕にメロメロにして、喉から手が出るほど僕のことが欲しくてたまらなくする。


 そして僕は望み通り彼女のものになり、死ぬほど幸せな思いをさせる。


 これでお陀仏だ!


 僕は気合い十分に家を出た。

 

 教室のドアを開けると、彼女はすでに着席していた。


 涼やかな顔をして中央一番前の席に座り、いつも通り豊かな長髪を真後ろで編んで黒いサテンのリボンで束ねていた。


「おはよう志乃宮しのみやさん」


「おはよう久藤くどうくん」


 彼女――志乃宮月子(つきこ)は、からくり人形みたいに何の感情もない声で返事をした。


 そうだった。


 志乃宮は顔こそ少し血色悪めのフランス人形みたいに美しいけど、性格は冷酷無比。


 こんな愛想のカケラもない人間、どうやって好きになったんだっけ?


 僕は授業を全て聞き流し、彼女の後ろ姿を睨みながら思いを巡らせる。

 

 彼女のことが気になり始めたのはちょうど1年前頃――すごく印象的な出来事があったからだった。


 関東平野では珍しく、足首が埋まるほどの雪が降った日。

 

 マフラーをキツく巻いて下校しようとした僕は、道端で彼女に呼び止められた。


 うちは小規模な中高一貫校だから、さすがに中3の冬ともなれば学年全員の顔と名前は一致していて、


「どうしたの、志乃宮さん?」


 と尋ねたら、


「久藤くんに、これ、渡したくて」


 彼女は無表情で小綺麗な小箱を差し出した。


 結論から言えば、何故かバレンタインから一週間も過ぎて、チョコレートを渡されたのだ。


  小箱は水色の包装紙に白いリボンがかけられており、明らかにホワイトデーの色合いだった。

 

 バレンタイン後に買った感満載だ。


 今考えると、一つもチョコがもらえなかった僕への嫌味とも受け取れる。

 

 けれど、そのときの僕は、純粋に女の子からチョコを貰えたことに有頂天だった。


 それまで彼女のことは、美人だけど近寄りがたそうだなぁとしか思ってなかったのに……。


 その一件以降、僕は “彼女は僕に気があるのかもしれない” という色眼鏡を掛けてしまっていたのだ。


 家に帰り引き出しの中を確認すると、昨日彼女に告白されながら渡されたチョコレートが確かにあった。


 どうやら、記憶は消されても物理的証拠は消えないみたいだ。


「これは使えるぞ……」


 しめしめ、と僕は悪代官の顔になる。


 まずは彼女に僕を印象づけることからだ。


 手始めに、彼女が僕にしたのと同じことをしてやろう。


 僕は財布をポケットに突っ込んでから自転車に跨がると、デパートに向かって颯爽とペダルを漕ぎ出した。


 案の定、デパ地下のスイーツコーナーはホワイトデー仕様に一新されていた。


「これください」


 僕は中身も見ずに手頃な値段のお菓子を一つ購入し、鼻歌まじりで来た道を引き返した。


 翌日。


 お菓子片手に鼻息荒く教室に乗り込んだ僕は、肩すかしを食らう。


 彼女がインフルエンザで欠席していたのだ。


 出席停止期間を考えると……今週中に渡すのは難しそうだ。


 僕は今さらだけど、昨日買ったお菓子を良く見てみる。


 テディベア型の可愛らしい缶に水色のリボンがかけられており、裏返すと商品説明欄に『チョコレート菓子』と書いてあった。

 幸い、賞味期限には余裕がありそうだ。


 それにしても、良く見てなかったとはいえ……。


「随分かわいいの買っちゃったなぁ」


 テディベアなんて、彼女にはおよそ似合わなそうだよ。


 結局、彼女が登校してきたのは翌週で。


 偶然にも、バレンタインデー兼僕の命日(仮)のちょうど一週間後だった。


 雪こそ降っていないけど、吐く息まで凍りそうな厳しい寒さで、嫌でも去年のことを思い出す。


「志乃宮さん」


 満を持して、僕は下校途中の彼女に声をかけた。


 彼女はぴたりと足を止め、振り向く。


「何」


 凍てつくような感情のない声に一瞬心が折れそうになるが、僕はめげずにお菓子を差し出した。


「これ、バレンタインのお返し」

「……あげた覚えがないけど」


 えぇ!


 そっか、記憶は神さまに改竄されてるんだった……。


 僕は慌てて考える。

 こうなったら、もう言い張るしかない。


「いや、くれたよ! ハート型の赤い箱に入ったチョコレート。何なら証拠に明日持ってこようか?」


 彼女は不審者を見るような冷たい目で僕を見る。冷や汗がたらりと背中を伝った。


「とにかく、お礼しないと僕の気がすまないから何も言わずに受け取ってくれ!」


 僕は半ば強引にお菓子を手渡し、逃げるようにきびすを返す。


 ちょっと想定と違ったけど……。


 良くも悪くも、かなり強い印象は残せたんじゃないかな。


 明日からの彼女の態度が楽しみだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ