対話
「先生、ちょっといいスか?」
昼休み、例によって俺は職員室、宿木先生のもとを訪ねていた。
これまではただのフランクで残念美人な若い先生、だったけど、今となってはその認識ではいられない。
もっと深いところで付き合っていかなくてはいけないはずの人だ。
「早蕨か。何か用かね?」
「あの、昨日はちょっと頭が働かなくて……。それに皆がいるとゴチャゴチャして話しにくいので。放課後、サシで話、いいですか?」
「わかった。生徒会室だな?」
「はい。よろしくお願いします」
一礼して職員室を出る。
今日の先生の昼ご飯はカツ丼らしい。
あの先生は、まだ俺に何か隠し事をしている。
いや、隠し事というのは語弊があるかもしれないな。
だが、昨日言ってないことがまだあるはずだ。
それに俺は、円卓の騎士についたもっと知りたい。
放課後、俺は先生を待っていた。
開け放たれた窓からは、微かな風とともに野球部のものと思われる声が聞こえてくる。
よくもまぁ、あんなにデカい声出すなぁ。俺に体育会系のテンションは合わない。
加えて吹奏楽部の楽器の音も聞こえてくる。
が、さてさて、それが上手いのか下手なのか、俺にはさっぱりわからない。
悲しいかな、俺には芸術方面の知識なんかが大きく欠如している。
有名な画家の絵を見ても「絵、上手っ!」くらいの感想しか出てこない。
俺は運動部も文化部も向いてないんだなぁ……。
机の上に置いた、ペットボトルのお茶を飲む。
喉は潤うが、朝から持ってきていたのだ。あと一飲みで全部なくなる。
それを見越して、缶コーヒーを自分と先生の分、ここに来る前に自販機で買った。
職員室でたまに見る先生の飲み物はブラックコーヒーだったから、俺のと合わせてブラックにした。
缶コーヒーだから美味しくはなくても、不味くはないだろう。
予想していたより早く、先生がやってきた。
会議があったはずなのに。
職員会議の後、急いできてくれたのだろう。
「先生、お疲れ様です。コーヒーどうぞ」
「ああ、ありがとう。お、ブラックか」
カシュッとプルトップを開ける音が広い部屋に残響となる。
ああ無情。
「で、話って?」
椅子には座らず、開いた窓の枠に軽く腰かけて、聞いてくる。
軽く吹く風が、先生の髪を後ろから翻させる。
トモがいないから落ちても助けられませんよ。
『ケイ』の能力を使えば、能力者である俺の思考すら読み取れるはずなのに。
それを使ってないのか、はたまた使った上で俺の口から言わせようとしているのか。
真意はわからないが、おそらく前者だ。
先生の目の色に変化はなかった。
「改めて、一から円卓の騎士の話を聞かせてください」
「いいぞ。ただ、喋りだすとキリがないから、そっちから質問してくれ」
「じゃあ……。先生はいつから『ケイ』なんですか?」
「私は……そうだな、10歳前後だったかな」
「覚えてないんですか?」
先生はゆるりとかぶりを振った。
「大事なことほど『知識』として客観的にしか覚えてないんだよ。だから曖昧で心を縛る。『経験』として記憶に刻まれるのは、どうでもいいことの方が多いな。私の場合、そっちの方が鮮明に思い出せる」
「自分以外の能力者にあったことは?」
「もちろんあるぞ。君ではないランスロットにも会ったことがある」
「本当ですか! じゃあ、『ケイ』から見た『円卓の騎士』の能力を教えてください!」
「おお、どうしたんだ。急にがっつくな。ちゃんと教えるから、落ち着け」
若干引いた様子でそう言う先生。確かに落ち着きがなかったわ。反省。
「特殊な脳波? みたいなのを出して、まず自分と支配の対象者を繋ぐ。これに一秒から範囲と数に応じて最大五秒くらいかかるな。次に、脳波に乗せて命令を伝える。言葉を必要としないから、声が届くかを気にしないでいいのがメリットだな。命令にも強度があって、『ランスロット』の出力で変えられる。強いほど相手は実行中の記憶がなくなる。弱ければ『なんか逆らえないお願い』くらいの認識で命令をこなす。……こんなところか?」
いっきに言い終わってから、先生は確認を求めてきた。
言葉は発さず、肯首で答える。
「これは、私の代のランスロットだ。君のものとは違う可能性も考えたが、特に違いはないか?」
「ええ、そうです。……先生の言ったことが、俺はできます」
「私は『ケイ』でリアルタイムの観察はできたが、過去のことは覗けないからな。受け売りの情報に、自分で見聞きしたことを補完したにすぎない」
「はぁ。……それがどうしたんです?」
「『円卓の騎士』は陳腐極まりない言い方をすると『超能力』だからな」
先生は、吐き捨てるようにそう言った。
いや、本人はそのつもりはない、あるいはそうは見せてないつもりなんだろう。
……でも、俺にはわかる。
傲慢ではなく、事実として。
この人は、自分の異能にどの程度かはわからないが誇りを持っている。
が、そんなことは俺にはどうでもいいことだ。
この人と会話する際、その方面を刺激しないように気を遣えばいいだけのこと。
「まぁ、そうですね。超能力。違いないです」
「『円卓』は、どんな理屈で生じるものなのかはわからん。わかっていたら、最重要事項として能力者全員が知っててもいいはずだ。……だが、私は知らない。『ケイ』で覗いても、同世代で知るものはいなかった」
「そりゃ、俺もわかりませんよ。俺もトモも、どう考えても普通じゃないんですから。それを説明するのは事実上不可能です」
経験則だけでは本質には迫れない。
それは目の前のケイの発言から間接的にわかったことだ。
それっぽい施設に行けば、脳波や身体を隅々までしらみつぶしに検査されるだろう。 それで異能のことがわかるならまぁいい。
問題はその後だ。
前にも言ったが、俺たちのような生物的に貴重な存在はモルモットにされて一生を終える可能性が極めて高い。
君子危うきに近寄らず。
だから外部は頼れない。
よって、事実上は俺たちのことを理屈で説明するのは無理、というわけだ。
「理屈は不明だが、実際に起きている超常だ。これらの能力を身体機能の一部と考えた場合、これらの能力は進化していく余地がある。……だから君に聞いたんだ」
「これまで進化、もしくは退化の前例はあるんですか?」
「……さぁ。あっても知らない」
いや知らんのかい。
「……前に言ってた、『引かれ合う』ってなんです?」
「あぁ、スタンド使いは引かれ合うだろう? それと同じだよ」
ここに来てジョジョネタ。
思わぬところに同志がいたもんだ。
ここは一発、『ギャング・スターにあこがれるようになったのだ!』のジョジョ立ちでもしてこの歓喜の気持ちを表してみようか。
「……ただ、それだけじゃない。『アーサー』は特別だ。『円卓』同士は引かれ合うが、それ以上に『アーサー』の元へ寄っていく。女王蜂みたいな感じか?」
「女王蜂かはわかりませんけど……。……なるほど」
「生徒会は不動だ。それに属する君と須磨も。けれども引かれるなら、藤袴が君たちに……生徒会に寄っていくと思ったんだ。事実、そうなったしな。最後は土下座までして頼み込んでいたが。あれはさすがに予想外だったよ」
そう言って先生はカラカラと笑った。
いや別に笑わなくてもよくね?
後になって考えると、よくもまぁ後先考えずに土下座なんてしたもんだ。
「いや、それはその……先生のお膳立てのおかげ、と言いますか……。恐縮です」
軽く頭を下げる。
すると先生は、笑うのをやめた。
え、何? 気に障るようなことした?
「生徒会の人員確保は成功したわけだしな。結果オーライってやつだ。……ただ、簡単に土下座なんてするものじゃない。男が廃るぞ、早蕨」
……えーっと、これはあれか?
俺、今説教されてるのか?
先生の気持ちがわからない。
「……はぁ。気をつけます」
とりあえずさしあたりのないことを言っておく。
別に土下座くらいどうってことないんだが……。
「他にも『円卓』はいるんですよね?」
「ああ、いるぞ」
「その能力と持ち主を教えてください」
「……えーっと、だな……。まぁ、その、なんだ。……それはできない」
「は?」
あまりにも予想外の答えに素で応えてしまった。
先生は気にした風ではなかったので、そこは気にしない。
……ただ、これまですんなりと俺の質問に答えてくれていたから。
『そもそも答えられない』という先生の返答を流せなかった。
それだけだ。
それでも、疑問は明確に、しこりとなって残る。
「できないって、どういうことですか?」
そう言った俺の声には、無意識のうちに怒気が滲んでいた。
どうやら俺は、この状況に腹を立てていたようだ。
こんな時、どうしようもなく消えてしまいたくたる。
自分の都合を押し付けて、相手がそれにそぐわなければイライラする。
なんて傲慢なんだろう。
救いようがないな、俺は。
「私は……『ケイ』ではなくなった」
今、なんて言った?
先生が、目の前の人が言った言葉を頭の中で反芻する。
「……は、え? 力が消えたんですか?」
「いや、わからない……。わからないんだ。今言えることは、『ケイ』を使えないってことだ」
「使えない……?」
「使おうとするのに、使えないんだ。別に普段から使うわけじゃいんだがな……人の内面を覗き見るなんて、気持ちのいいものじゃないしな」
先生は、言葉を選ぶように、紡ぐようにいった。
そして一旦クイっと缶を傾ける。
俺もコーヒーを啜る。
「それが使えないってことなんじゃ……?」
「そうかもな。なんせ初めてだからな……本当にわからないんだ」
そう言った先生は、ひどく弱々しく見えた。
俺の中での、いつもの自信に満ちたイメージが揺らぐ。
この人の中で『ケイ』は大きな意味をなしていたのであろう。
「悪いな、力になれなくて」
「ただの好奇心ですから。気にしなくていいですよ」
「いや、君は……君たちは、他の『円卓』を知らないといけない。君の質問はある意味必然だ」
この人は、よくこういう言い回しをする。
本質に迫らず、外側の、回りくどい言い方を。
おかげで理解ために頭のリソースを回すのが……浪費とか言っちゃダメか。
「何でです? 俺はこれまで通り、目立たず普通に過ごしたいだけなんです。他の能力者のことは知る必要ないと思うんですが」
そう言う俺の中で、何かが警鐘を鳴らす。
……これはただの勘だ。
何のロジックもない俺の直感。
これまでの短い、十年ちょっとの人生からの経験則。
なんとも頼りない、形のないそれが、俺に踏み止まれと叫んでいる。
ダメだ。
これは。
これ以上、この人の言葉を聞いちゃいけない。
後戻りができなくなるぞ。
取り消せるのは今のうちだ。
「やっぱりなんでもないです。」それを言うだけでいい。
早く! さぁ言え、早蕨裕真!
うるさいくらいに主張する俺の直感。
それでも。
先生は待ってくれなかった。
無慈悲な言葉が、俺の直感をこれでもかと言うほど正しかったと証明する。
「過去の『円卓』は、ずっとお互いに闘争を繰り返してきた。……次は君たちの番だ」
自室の見慣れた天井を眺めながら、俺は学校での先生との会話を思い出していた。
部屋の電気は灯けず、窓からの月明かりと肌寒い風が夜を知らせる。
ーー次は君たちの番だ。
先生の言葉が、頭から離れない。
「納得いかねぇぇぇッ……!」
夕食後の膨れた腹に、このリラックス状態も相待って眠りの世界へと誘われそうになる。
が、それに必死に抗う俺☆!
……つまり先生の話を俺的にまとめると、こんなかんじだ。
『円卓の騎士』たちは、それぞれが特殊な能力を持っている。
が、あくまでそれは人間の機能をそのままメーターぶっちぎりにしたようなもので、明らかにおかしい(重力を操る、ものを爆弾に変えるetc)ものはないらしい。
例えば、『ランスロット』は人の持つ『カリスマ性』の延長らしい。
だがまぁそれでも常軌を逸しているのに変わりはないんだが……。
俺たちはいつかのタイミングで覚醒して、能力を授かっているが、『アーサー』のキャンセル能力は生まれ持っての標準装備であり、未覚醒とのことだ。
覚醒前の『アーサー』は文字通り無限の可能性を秘めていて、覚醒した『アーサー』のみ、さっき言ったような物理法則などを完全に無視した能力を得ることも可能らしい。
ここで問題なのが、『アーサー』の覚醒は周囲の影響を強く受けることだ。
何が覚醒を促すか、条件になるのかがわからない。
強い負の感情を持った状態で覚醒すれば、この世界の黙示録に繋がる能力を目覚めさせることもあるそうだ。
「可能性の話だが」と先生が付け足したことも忘れてはいけない。
それでも、月光蝶みたいな能力に目覚められると、笑うしかない。
はっきり言って終わってる。
ハハッ! っと二足歩行のネズミの化け物みたいな笑い声をあげて、皆さん仲良く砂に帰す運命だ。
もし本当にそうなると、手がつけられなくなる。
ただ、覚醒後の『アーサー』からキャンセル能力は失われていて、俺たちの能力は効くようになるらしい。
理論上はそれで止めることもできるが……ヤバい能力に覚醒した後だと、焼け石に水な気しかしない。
そもそも、『理論上可能』なものは『事実上不可能』であることが多い。
この件も例外にもれずそうなるだろう。
なかなか面倒な話だが、本命はこれから先だ。
ここまでは、本命へのフリでしかない。
過去の『円卓』は、自分に利益のある異能にアーサーを覚醒させようと、つまりはアーサーを所有および拉致軟禁しようとしてきたらしい。
やり方はアレだが、まぁ目的はわからんでもない。
うまく取り入って覚醒させれば、世界を統べることすらできる。
可能性の話だが。
藤袴には悪いが、言い方を変えれば『アーサー』は願望器で、藤袴はその入れ物だ。
中身のアーサーを狙って手を出そうとした過去の円卓能力者の思考もわからんでもない。
そして、その思考はいつの時代も同じで、宿木先生の代でもあったらしい。
ただ、全員がアーサーを狙っていたわけではなく、アーサーを守ろうとする人たちもいた。拉致チームと保護チームでやりあっていたこともらしい。
もっとも、先生の代はそもそもの『円卓』の集まりが悪く、二、三人のチームだったらしい。
ちなみに先生は我関せず精神の持ち主で、関わり合いにならなかったらしいが。
そのトンデモ異能力戦に巻き込まれる恐れが俺たちにはある。
……冗談じゃねぇ。
たかがそんなもののために命張って戦うなんてまっぴらごめんだ。
それでも、相手さんは待ってくれないだろう。
本当に危機が迫っているのなら、最低限自衛だけはする必要がある。
当面は、「生徒会メンバーでなるべく藤袴と一緒にいて、何かあったら守るように」との先生のありがた〜いお言葉を守るほかなさそうだ。
トモにも直接会って伝えないとな。