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副会長の仰せのままに。  作者: ザト伊織
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千里の道を、一歩目からすっ転ぶ。

六時間授業を頬杖をつきながら半目で受けきり、当番の教室掃除をした後、俺は生徒会室へと向かっていた。


自分の教室である一年一組がある北校舎から下駄箱沿いの渡り廊下を経由し、職員室や音楽室、理科室などがある南校舎(通称:特別棟)へと入っていく。


老朽化が進み、所々うっすらとヒビが入っている壁を横目で見ながら、目指すは最上階である四階だ。

東西に長い特別棟のうち、生徒会室は一番東にある。

俺の現在地は一階の西の端なので、遠い。


校舎を斜めに登れたら、といつも思ってしまうのは、仕方がないことだろう。

だって大変なんだから。


四階に着く頃には、足腰に疲れを感じた。基礎体力は平均以上にあるはずの自分の肉体を疑いたくなってしまう。


もう斜めに登るとかじゃなく、エレベーターの設置を検討すべきだろうか?

せっかくの生徒会役員だ。使える権限は惜しみなく使う権利があるはずだ。


……なんて、学校の大規模改修の野望に胸を膨らませながら歩いていると、あっという間に我らが生徒会室の前に到着。


そろそろこれこそ改修……もとい交換の必要があるのでは、と本気で思うほど立て付けの悪い扉を開けようとすると、ギギギ……と、どこぞの戦争漫画で多用される謎の声みたいな音を立てる。


後で油をさしておこう。

気休め程度にはスムーズな開閉ができるはずだ。


部屋の中には誰もいなかったので、贅沢にも各役員分の数用意された割と大きめのロッカーに荷物を入れて、自分の椅子に座る。


すると、急にウトウトと眠くなってきた。


そういえば昨日、夜更かしして授業中に意識がホワイトアウトしそうになったのを必死に堪えてたんだった。


このまま起きていると、この後の活動に支障をきたすかもしれない。


「……寝るか」


俺の一人脳内会議は開始三秒で、満場一致の選択をした。







始まりは、いつも突然だ。


突然、空から美少女が落ちてきたり、食パンくわえた美少女と角でぶつかったり、謎の美少女転校生が自分のクラスに所属、しかも席が自分の隣だったり……エトセトラ。


さっきの例えは、思春期男子の八割が一度は想像したことのある『俺モテ路線』だ。硬派な不良も、ガリ勉の眼鏡ボーイも、寡黙でクールな雰囲気をまとっているやつも、まぁ大抵の男はこのある意味通過儀礼とも呼べる思春期の洗礼を受ける。

はず。


この時の男子は、相手の女の子を揃いも揃って『美少女』にする。これはまぁ、ある意味仕方のないことだろう。

むしろ、生物的に見たオスの本能的欲求が表れているのかもしれない。


それで、その娘といい感じになった主人公は、まぁその……最終的にはエロい道へと進んでいく。

そこには人には言えない趣味が反映されていたりするものだ。


もちろん思春期に突入し、滾る性欲のパトスを持て余していた俺もその妄想を展開した。


けど、そこで世の男の願望という名の汚れた三大欲求の一つを知ってしまった俺は、道行く大人を見て常々思ようになってしまった。


『……この大人たち、この年まで妄想を続けているのか……エア百戦錬磨、それってつまり、もうおそらく何十回も妄想美少女を脳内でヤってきたということだろう……これからは道行く大人を見たら、全員変態だと思うようにしよう!』と。


年を重ねるにつれ、その偏見なくなりつつあり、リビドーのコントロールができてきた今、俺は男として、人として性長、違う。

成長できたのかもしれない。


……なんの話だっけ。……あぁそう、始まりは突然だって話ね。


あれは確か、去年の十月。


校内は体育祭だ、もうじきハロウィンだ……と学年の垣根を超えて体育会系とパリピどもが一緒になってフィーバーし始める。


俺はそんな連中のテンションアゲアゲな態度がムカつくから、極力視界に入れないよう、仮に入れてしまった場合は全力でメンチを切る心意気で学校生活に臨もうとしていた。


少し肌寒くなってきて、そろそろセーターを着てもいいかも、とかも思っていた。


俺がクラスでいるかいないか、ぐらいのまさしく『空気』と呼ぶにふさわしいまでの地味かつおとなしい善良な生徒として高校生活を送っていると、その時クラスの委員長だった田中だったか中田だったか……佐藤だった気もする。

要は地味な名前と顔、性格の奴が終HRで俺に言ってきた。

「サワラビくん、数学の宿題プリント提出できてないよね? 放課後職員室に来いって先生が言ってたよ」と。


マジかよ。

何もクラスみんなの前で言う必要はないだろ。

目立つじゃんかよ。

そういうのは『バカが個性』とか思われているやつの仕事だ。


けれどまぁ、話を広げる気もなかったので、とりあえず「おぉ」とだけ言っておいた。


言われた通りに放課後職員室に行くと、十五分にわたるお説教を受ける羽目になった。

宿題をその場で提出していなかったら、あと二十分は続いていただろう。


しかしまぁ、ビビった。

その数学の先生が、森先生っていう名前なんだけどね、……もう……エグいのよ。


スキンヘッドに服の上からでもわかるほどの鍛え上げた全身の筋肉、アブラギッシュな顔。


そんな、ボディビルダーに匹敵するのでは、ってほどの身体をした教師が『ラブ♡注入♡』ってプリントされたショッキングピンクのこの世の終わりみたいなTシャツを着て「やる気はあるのか!? やるのか? やらんのか?」とか言って迫ってくるんだもの。


途中から「ヤる気はあるのか!? ヤるのか? ヤらんのか?」にしか聞こえなくなってくる始末。


マジでこの世の終わりかと思った。


そんな狂気じみた先生から解放された俺がダラダラと職員室を出ようとすると、担任の宿木先生に止められた。


「おお、早蕨。ちょうどよかった。話があるんだ。


「どうしたんです? 先生」


「早蕨、生徒会に入ってみないか?」


まだ二十代後半〜三十代前半(おそらく)の適当、ヘビースモーカー、大酒飲み(らしい)の「それ教師として大丈夫なの?」な三拍子を総ナメしつつも、教師の道を突き進んで行く彼女は、割と美人だ。


クラスの女子ともまともに話せないほどのエリート童貞の俺はたとえ相手が教師でも真っ直ぐに目を見て話すことができない。


これだと俺が、ただの女性に免疫のないヘタレに聞こえるが、本当に彼女は見てくれは良い。

大人の女性がもつエロティックな落ち着きを持っているのだ。

並みの童貞ならイチコロだろう。

しかしそれを補って余りある性格面での多大なる疑問点があるのだが、それはそのうちまた後ほど。


それと、一応断っておくが俺はヘタレでも女性に免疫がないわけでもない。

ただちょっとシャイなだけ。


……とまぁそれは置いといて。


この時期に、『生徒会に入らないか』ということはつまり、俺たちの代の生徒会ということになる。


品行方正、人畜無害、学力優秀な目立たない生徒でありたい俺が、生徒会に入る、なんて提案を呑むわけがない。


「いや先生、生徒会はちょっと……」


「大丈夫! 最初はみんな分からないことだらけの初心者なんだから」


「いや俺、他にやりたいこととかありますし」


「早蕨、遠慮はするな。先生が全力でお前を支える。というかお前暇だろう? 部活もしていないし」


失礼な。


「あの……ぶっちゃけ、俺やりたくないんですけど、生徒会」


「何事も挑戦だよ、早蕨。お前はもう十月だってのにクラスにあまり馴染めてないだろう? いじめられてるわけでもないんだろうし、これを機に世界が広がる……かもしれないぞ」


クラスに馴染めないのは、俺の高い自意識が壁を作っているせいなんだが。

というか、結構色々見てるな、この先生は。


けどまぁ、どうやら俺は彼女の精神的タフネスと傍若無人っぷりをナメていたようだ。


こっちの発言の斜め上を行く返答をこうも返してくるとは……中学の先生はもう少し物分かりが良かった。

さすがは高校教師ということなのだろうか。


暖簾に腕押しというか、糠に釘というか……とまぁ、早く帰りたい一心で結局、その場しのぎのつもりで頷いてみた。

その気になりゃ、後からどうとでもなる。


この確固たる強い意思を示さなかった当時の俺を、俺は今でも殴りたい。


「じゃあ、生徒会選挙の練習を始めるか!」


『思い立ったら即行動!』がモットーなのかと疑うほどの行動力だ。しかもそれを俺にまで強制してきやがる。


マジでめんどくさいこと、この上ない。






家に帰ると、まっさきに俺はソファーへ飛び込んだ。

今日は疲れた。

ちょっとの間このままダラダラしてよう。


……さて、どうしようかな。

生徒会選挙に出ることになっちまったぜ、マイブラザー。


いやいや、やっぱり面倒くさいな。

何が悲しくて人前に立って色々とやらなければならないんだ。


当選?

ハハッ!


そんなことあってはならない。

どうにかして、当選を回避しなければ。


けど、その方法が見つからない。

もう先生は乗り気だし、そのテンションを壊すのは嫌だ。

けど当選はしたくない。


……なら、俺個人の力でなんとかしないと。


他の人も出馬するから選挙になるんだよな?


それを利用するのが良さそうだ。

舞台上でふざけたスピーチでもすれば、聴衆は俺に票を入れないはずだ。


よし! これでいこう。


さて、先生に見せる表向き用と本番使用のスピーチの両方を考えないとな。






……そんな感じで日が経ち、ついに選挙の日がやってきた。


選挙の練習とは別に、俺には作戦がある。それは名付けて、『ゴミみたいなスピーチをして、他の候補者に生徒会をやってもらうー! 大作戦』だ。

自分の命名センスに感じる疑問は気のせいだということにしておく。


選挙管理委員会とやらに言われた所定の控えの場所で待機してると、体が震えてきた。


緊張はしていない。

ひとえに肌寒さ故だ。

そりゃ体育館の隅だから仕方がない。


何故か他の候補者がいないが、全員トイレとか所用があるのだろう。

そういうことで一人になる、なんて展開はこれまでにも経験があるし。


手をポケットにつっこんで寒さをしのいでいると、宿木先生がフラフラと近づいてきた。


「いよいよだな、早蕨」


「はい、長かったです。でもちょっと不安もありますね」


「大丈夫だ。今日まであれだけスピーチの練習をしてきたじゃないか」


「そうですね。俺がしてきた努力は裏切らないはずです」


「じゃあ、頑張ってこい!と言ってもーー」


周りの声が邪魔で、先生のセリフの最後が聞き取れない。

静かにしろよ、生徒の皆さん。


「先生すみません、最後の方、聞こえなかったのでもう一度お願いします」


「ん? あぁ。『と言っても、立候補はお前だけだし、信任投票でほぼ百%当選確定だけど』」


「へ? 俺だけ!? ……信任投票? ……リアリー!?」


「あぁ、リアリー。リアルガチ」


Oh Yeah……!






『おーい、ユーマ?』


『ユーマ、起きろ』


『五数えて起きなかったらビンタだよ。五四……』


『タイムアップ』






誰かに顔を叩かれた衝撃で目が覚めた。


[誰だよ、俺の顔叩いたの]


[オレだよ、ユーマ]


俺の問いかけへの返事の主は、すぐ横に立っていた。


生徒会副会長(仮)で保育園からの幼馴染で悪友の須磨智亮だ。


スッキリとした短髪に長身で、筋肉質な身体をしている。

粗暴そうな悪人ヅラでガタイのいい不良にしか見えないが、不良ではない。

喧嘩は尋常じゃないレベルで強いけど。


こいつも部活をしてない暇人だったところを、宿木先生の「他の生徒会役員を集めとけよー」という命に従って生徒会へと勧誘したところ、割とすんなりと入ってくれた。


けども俺の狭い交友関係のせいか、まだ二人だけという現状である。


トモは「ま、大丈夫じゃね? じきに誰か入ってくれるって」とか頭の悪いことを言ってたが、そこまで大丈夫じゃない。


なってしまった以上は、たとえ面倒でも仕事は全うするつもりだ。

そのためにも早急に他の人員を確保する必要がある。


けど……


「それができたら苦労しねないんだよねー」


「ユーマ、なんの話?」


「人員確保の話。ってか、今何時?」


「十九時」


かなりの時間、寝ていたようだ。

そろそろ帰らないと、教室の施錠時間になる。


「やること多いし、どうするかなぁ」


そんな話をしていると、ギギギ……と扉が開いて、誰かが部屋に入ってきた。

というか、油さし忘れた。


「邪魔するぞー」


残念美人、宿木先生だった。


「まだ居たのか。どうだ? 調子は」


「課題が山積みですよ」


「例えば?」


そう言われてもな……とりあえず、


「まずは人員の確保ですかね」


「でも、とりあえずは一人は入ったんだろう?


「四月から本格的に活動開始なのに、三月の時点でオレ一人だけですよ」


先生の質問にやれやれといった様子でトモが答えた。


「どうすればいいですか?」


「この話をこの時期にしてる時点でかなりヤバいんだが……やっぱり言っておけばよかったな。で、須磨お前は友達多……くはないよな。いや、すまん」


途中から、先生は気まずそうに明後日の方を向いた。


「先生、オレとユーマにその辺のことは期待しないでください」


「……ゴホン。まず、生徒会に興味を持ってもらうことから始めるのはどうかね」


わざとらしい咳払いをして、先生は話を続けた。


「なるほど」


「で、何をするんです?」


問題はこれだ。


「それは君たちで考えたまえ。何から何まで私が指示していたら、君たちの生徒会じゃなくなるだろう?」


「「……わかりました」」


結局最後は俺たちか。


先生の言ったことは何も間違ってはいない。

無論、正しい。


けど……もうちょっと手助けしてほしいと思ってしまうのは俺の欲張りだろうか。


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