第四話 義母と義兄と義姉
俺が生まれて一年がたった。
つまり今日は俺の誕生日になるわけで、父上の第二夫人とその子供たちがわざわざ王都からやってくるらしい。
ちなみに俺がアルバートを父上と呼び出したのは、ついに喋れるようになったので、いざという時ボロが出ないようにするためだ。もちろんエリザベスの方も母上と呼ぶようにしている。まだ喋れない設定だから心の中でだけどな。
そんなことを考えながら家の中をハイハイしている。ついにできるようになったのだ。初めて部屋の外に出たときは家の広さに驚いたものだ。さすが公爵家の屋敷ってところだな。
すると廊下の曲がり角から一人の少女がこちらへ向かってくるのが見える。俺はすかさず身体強化を展開して、天井に張り付く。
「バアル様~!どちらにいらっしゃるんですか~?」
実は、俺が部屋の外へ出るのは、まだ危ないからということで母上により止められている。といってもそれを俺に言っても仕方ないためメイドたちに言明されているのだが、俺は隙をついて脱走しているわけだ。殆どのメイドが気づかないのだが、このイレギュラー、セリアだけが俺の脱走に気づく。しかもそれは別に俺が部屋にいないからというわけではない。ただ、俺がいなさそうだというカンだけで脱走に気づくのだ。
まあ、セリアの恐ろしい子!
俺は所詮ゼロ歳児なので、走り回れるセリアの方にアドバンテージがあるが、俺は身体強化を駆使してこのようにしてやり過ごしている。いくらセリアでも天井にいるとは気づくまい。だが今日はなんだか嫌な予感がする。
あれ?これってフラグ?
するとその瞬間、セリアの首がぐるんとこちらへ向く。
怖いよ。
「バアル様?そんなところで何されてるんですか?」
無表情のまま、淡々と告げるセリアに俺は背筋が震え上がる。こ、これは確かに将来が楽しみだな、はは、ははははは。
「まあいいです。それよりもバアル様、ヴィクトリア様にセドリック様、カレン様がいらっしゃいましたよ」
・・・・・誰?
◆◆◆
「久しぶりね、ヴィクトリア。会いたかったわ」
「やあエリー。久しぶりだね。やっと休暇が取れたからお邪魔しに来たよ」
「そんな、邪魔だなんて思わないわよ」
挨拶もそこそこに母上と抱き合っているのは、赤髪で妙齢の女性。全身に程よい筋肉が付いており、一言で言えばスタイル抜群の女性だ。顔立ちも美女といってよいほど整っているが、ややつり上がった目が印象を闊達に見せている。
そんなヴィクトリアと呼ばれた女性を他所に、朗らかな笑みを浮かべる美少年がこちらへ歩いてきて、俺の小さな手を優しく握る。
「やあ、君が弟のバアルだね。僕はセドリック。ヴィクトリア母上の長男で君の兄だ、と一歳の君に言っても分からないかもしれないけどね」
見た目が五、六歳の割に鞭撻な喋り方をしている。将来は女泣かせの文官かな。
「そしてヴィクトリア母上にしがみついてこっちを見ているのがカレン。人見知りだから暫くはああしていると思うけど、可愛いだろう?ああ・・・・・本当に可愛すぎる。カレンは僕の天使だ。カレンがいてくれるだけで僕はなんでもできる。だから将来カレンを他の誰かが娶ると考えただけで腹が立つ。なんなら今のうちに全世界の男を滅ぼしとくか?それとも・・・・・・・・」
あ、前言撤回するわ。どう見てもストーカー気質のシスコン野郎だったわ。何がお前をそうさせた。
すると、目を離していたときにカレンがヴィクトリアさんの服の裾を引っ張って気を引き、人差し指をこちらの方向へ指して、何かをねだっているように見える。
うん、盗み聞きは駄目だけど気になる。
折れた俺は聴力を身体強化してカレンの発言を盗み聞きする。
「・・・・・ねえねえ、いいでしょ?アレ欲しい!」
んんんん????ちょっと待て。
ひょっとして、ねだってるのって・・・・・俺?
俺、欲しがられちゃってんの?・・・・・あ、やめよう、なんか変な言い方になるから。
「駄目に決まっているじゃないか。それにあの子はアンタの弟だよ」
「むううううう・・・・・」
おいおい、どこが人見知りなんだ?人見知りどころか、思いっきり初対面の幼児欲しがってんじゃねえか。こりゃお兄さん、心開かれてませんぜ、ドンマイ。
「じゃあ、せめて仲良くなりな。そしたらあの子もアンタに懐いてくれるよ」
まあ、普通に仲良くしてくれるならばっちこいだ。
「ほんと!?なら仲良くしてくる!」
たたたたっとこちらへ向かってくるカレン。最初のおどおどした娘、という印象は既になく、勝ち気そうな雰囲気が醸し出されている。
「ねえねえ、私カレン!君の名前は教えて?」
うっ!純粋に仲良くしてくれようとしてくれているけど・・・・・・すまない!今、言葉喋れない設定なんだ!
「あれ?答えてくれないよ?」
「ん?おかしいねえ?豚鬼族の子供が喋れるようになるのは、確か一歳前後くらいだったはずだけど」
え!?まじで!人間の子供は一歳くらいで漸く単語一つくらいだったと思うんだが。
まあ、豚鬼族は魔族だからな。人族とは出来が違うってことだな。
それに喋っていいなら是非そうしたい。喋らないって退屈なんだよ、ほんとに。
それに、今世の俺の力を確認してみたいしな。
ぐふふ。ワン、ツー、スリー、キューーー!
「・・・僕、バアルっていうの。よろしくね、カレンちゃん?」
俺は上目遣いで少し首を傾げて、それに加えてはにかみながらも、満面の笑みで答えてみせる。
ズッキューーーーン!!!というエフェクトをあげそうなほど仰け反るカレン。復活した後も、その右手で胸の辺りを抑えて呆然としている。
落ちたな。これがカレンがチョロインなのか、今世の俺の顔面偏差値が割高なのかは分からないが。
「か・・・・・・かか、か」
お、やっと復活したか。ん?なんだか様子が・・・・・
「可愛いいいいいいい!!!」
突然、顔を真っ赤にしながら俺に向かって抱き着いてくるうえに、頬ずりしてくるカレン。
やば、ちょっとやり過ぎたかも。
ふと前を見てみると、ニヤニヤしながら暖かい目でこちらを見つめる母上とヴィクトリアさん。そして、憤怒の表情でこちらを睨みつけてくるセドリック。
ああ、本当にやりすぎた。
初めてこの世界で反省した俺であった。
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