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壁の街のトランスポーター  作者: 祠堂蓮
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プロローグ

挿絵(By みてみん)



何の変哲もない穏やかな午後は鋼鉄の暴れ馬によって完膚なきまでに破壊された。


何故自分がこんな所にいるのかはわからない。とにかく窮屈だ。息を吸おうとすると自分の太股が邪魔になりこれ以上空気が入らない。身体を伸ばそうとするものの少し動かせば壁にぶつかる。どうやら一メートル四方ほどの箱の中に身体を屈ませられて閉じ込められているようだ。


カツン…カツン…


床を硬い靴が叩いている音が自分を閉じ込めている箱の底から聞こえてくる。しかしこのままでは通り過ぎられてしまう。早くこの窮屈な空間から脱出したい…。そうだ、手で壁を叩いて助けを呼ぼう。思いっきり叩こうと力を入れてみたものの、何かに引き戻される違和感があり手が動かない。縛られているようだ。次は声に出して助けを呼ぼう。太股に邪魔されて吸いにくい空気を吸えるだけ吸う。苦しみの限界が来たところで


「あいえうえぇ…」


出してくれとはならない。口の中にも何かが詰められているようで言葉にならない。こうなったら全身全霊を尽くして大暴れしてやろう。流石にキャリーバックがガタガタ言い出したら怖いだろう。辛うじて動く上半身と曲げられた足を使い身体をぐらぐら揺らしてみる。一瞬、ぐらっとなり身体の揺れが自分では制御出来ないような大きさになる。平衡感覚が消失する。


ガシャーン


身体の左半分が壁に叩きつけられた。どうしよう…立てない。小さくなっていく足音に絶望し暫く右往左往していたものの諦めて救助を待つことにした。そもそもなんで自分はこんな所に閉じ込められているのだろうか。スパイ映画で誘拐された人物になったような気分だ。もしや某国の工作員に拉致でもされてしまいこのまま海の向こうへ連れていかれるのだろうか…。これは悪い夢だ。そうに違いない。人間は努力をやめると自動的に頭が少し前の記憶を再生し始める。




穏やかな昼下がり、私は特にこれと言った友人もいないぼっち学生だ。学生食堂へ向かったものの非常に混雑している。決して自分を受け入れない喧騒の中で孤独に食べる昼食は味がしないに決まっている。都内にしては緑の多めなキャンパス。木漏れ日な中、足の向く先は学生食堂から自然と校門へと変わっている。ちょっとした階段を下り、並木道を歩いて校門を出る。右手へ五十メートル程進んだ交差点にコンビニはある。自動ドアが開き、冷蔵庫のようなひんやりとした生臭いにおいが鼻につく。ガラスのショーウィンドウ、本棚に沿って突き当たりの冷蔵庫でお茶を買おうと思い足を進める。ちらりと目に入った雑誌の煽り文句に引き止められて立ち止まる。


「恐怖!某国の真実!核ミサイルに女スパイ……粛清!虐殺!」


普段は気にも止めないコンビニのトンデモ本であるが何故か不謹慎な喜びが身体の中心から湧き上がってきて手に取ってしまう。表紙は独裁者を馬鹿にしたイラストやミサイルの写真、頭の悪そうなゴシック体の煽りでごちゃごちゃとしている。なんとなく背筋に視線を感じて周囲を見渡すがこの通路にいるのは成人向けコーナーで熱心に立ち読みをするおっさんだけだ。1枚の型紙のような表紙とペラペラのチラシのようなページをめくる。広告が多くを占め、内容もネットで見たことのあるような写真や噂話ばかりで無いようなものだ。


一瞬目の前が暗くなる。雲が太陽にかかったのかと思い目を上げると某社の最大シェアを誇るハイブリッドカーの顔が迫ってくる。


「駐車場なんてここには無いよな……?」


時間が一瞬止まる。


「ーーーぇ?」


腹部に強烈な圧力、呼吸が出来なくなる。続いて身体が宙に浮き、今度はリノリウムの床に頭から叩きつけられる。


ガラス片が降り注ぐ中で意識が薄れていく。




気付いたら暗闇の狭い空間。ああ、自分は死んだんだ。ここは墓の中なんだろうなぁ……。いや、違う。足音が聞こえる。


ぐわり


自分が閉じ込められている箱を何者かが立ち上がらせたようだ。


「奴だ!スーツケースを奪い返せ!」


悪役のような男の声が響く。暗闇で何が起きているのかは全く分からないがどうやら自分は重要な存在だ。


パンッ……カンッ


乾いた銃声と弾丸が壁に衝突し破片が飛び散る、続く複数の足音。


ガラガラガラ……ガンガン…


尻から何のクッションもない振動が伝わってくる。キャリーバックのプラスチック製の小さなタイヤはコンクリートの小さな段差を的確に伝えてくる。背中の方からは複数の走る足音。自分を引っ張る人間は彼らから逃げているようだ。何も出来ずに運を天に任せている。一瞬身体が浮き頭が天井に激突する。今度は下から突き上げるような衝撃。運を天に任せるとは別に死んでもいいという意味でない。0.5秒おきに身体を突き抜けるような衝撃が襲い頭がガンガンしてくる。誰だが知らないが階段をかけ降りるのはやめてくれよ……。


「ふん、気やがったか!西の野郎ども。」


自分の持ち主の人間はどうやら女のようだ。しかし今までの扱いからは優しさの欠片も感じられない。しかも洋画のマッチョな主人公みたいな事を言う。


カツンカツンカツン


頭上に小粒の金属片が規則正しく高速で降り注ぐ。小さな段差を乗り越え身体中がガンガンしている中の上からの衝撃。自分を引っ張る女が短機関銃を発砲しているようだ。こちらも撃たれたらすまない。どうする事も出来ないのでとにかくこの場を離れてほしいと願うしかない。


ダンッダンッ


再び階段の衝撃を身体中に受ける。この音が乾いた音に変わっているので外に出たのかもしれない。頭上の板をバラバラと大粒の雨が叩く。


「くそぅ重いなぁ!何が入ってるんだ!」


ふわっと宙に浮きバァンと今度は背中が叩きつけられる。一瞬呼吸が止まる。


ブルルン……


どうやら車に放り込まれたようだ。バタンとドアが閉まりキュルシュルッとタイヤが擦れて斜めになった壁に背中が押し付けられる。ひとまず常識的な振動しか来ないようだから安心だ。圧力もやや弱くなりエンジン音が聞き取れるぐらいにはなった。


ブブブブブブブブブ……


軽くてスピード感のあるもどこか上品さを感じさせるエンジン音が響き渡る。こういう事を言っていられる状況ではないが非常にいい音のする車だ。ずっとこのまま音を聞いていてもいいくらいなのだが次の問題点が明らかになる。吐きそうなのだ。


ガッ…ズズズズッ……


何かがロックされた衝撃で胃液が前に揺れ、続いて前方を軸にして後方が回転する感覚で左右に揺れる。最後に再び芳しい音を響かせて急加速することで遂には胃液が氾濫を起こしそうになる。


早く外を見たい……。


とにかくがむしゃらに足で壁を蹴りまくる。


「うるさいなぁ…。わかったわかった。次の直線で開けるから待ってろ!」


やや低い女の声、イライラとしつつもどことなく余裕がありそうだ。再び先程と同じ揺れ、今度は逆方向に曲がったようだ。


「開けるぞ!なるほど、これはボールペンで開けられるな……!」


脳天に衝撃が走る。小学生が脳天を抑えるとハゲになるとか言ってよくやるあの感覚だ。思わず叫びそうになるが案の定出ない。続いてファスナーが破ける音。ガバぁっと視界が真っ白になる。反射的に立ち上がり車の座席に飛び込む。やっと正常な身体の自由を手に入れた。


「お客さん、どちらへ行かれますか?」


左に目を向けるとツインテールの…自分と同じぐらいの年齢の女の子だ。黒いレザージャケットを羽織り女スパイと言ったような雰囲気だ。


「うーう、あんおうあん…」


「そうかこりゃ喋れないや。お客さん、後ろの若葉ちゃんがちょっと上手くなったからっていきがって煽り運転が酷いもんでねえ!このままだと追突されるから後にしてもらえるかなぁ?」


余裕をぶっこいてるように見えるものの笑ってない目なので無言で頷く。それにしても何か女性にしては大きいような気がする。いや、自分の目線も低い。サイドミラーを覗いてみると十代前半の少年と目が合う。いや、少女か……? 誰だお前は……。

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