アサルトファングone 襲撃
青銅色の皮膚をして山羊の角の生えた男。そいつが骨格に黒い皮膜を張った、コウモリのそれのような翼を大きく広げ羽ばたいていた。
「ヴァルム」
あまりにおもいもかけぬ光景に、マユラは恐れよりも唖然としてその一言をつぶやいた。
ヴァルム、魔界ヴァルムヘルの住人、つまりは魔人である。マユラの好きなヒーローものの小説に出てくる怪物は、この世界では架空の存在ではない。魔界ヴァルムヘルの者どもは常に人類の脅威であった。
ヴァルムは窓いっぱいに迫り、ガラスが割れて窓枠がはじけとび、奇怪な飛び出す絵本のように、悪夢の姿が日常の平穏を破って襲いかかる。
「うわっ」
魔人の鉤爪につかまれそうになったマユラだったが、アッシュの剣がこれを退けた。アッシュは全身から陽炎のような波動を沸きたたせていた。これがブレイヴである。人間を圧倒する力を備えたヴァルムに対抗するために、神が人間に与えた力。アッシュに腕を切られたヴァルムは悲鳴をあげて退いた。あまりの驚きに呆然としていただけのマユラに対し、アッシュは即座にブレイヴ体となってヴァルムの襲撃に対応したのだ。日ごろから訓練されているにせよ、実戦経験のない少年剣士には、非凡なまでの迅速の対応であった。
「マユ、逃げろ」
ブレイヴをまとったアッシュはショートソードを構え、一人でヴァルムに立ち向かう覚悟だ。
「でも」
マユラは壊れた窓の外、ヴァルムへと目をやった。有翼の魔人はアッシュの剣を受けていったん退いたものの、さほどのダメージもない様子で、翼を羽ばたかせホバーリングしている。ヴァルムは回復力が高く、少々の傷は数時間で痕もなく回復する。アッシュに切られた腕の血はもう止まり、赤い目が獲物を狙う猛禽のようにこちらを見ていた。
「いっしょに逃げよう」
「二人揃って背中をみせたら、あの鉤爪に引き裂かれるぜ」
「あんな化け物に勝てるの」
「勝てるさ。そのために鍛錬してきたのだからね。アイツを仕留めるところを見せてやりたいけど、キミは急いで家に帰ったほうがいい。どうやら町中が大変なようだから」
危急を告げる鐘が鳴りまくっていた。間延びした学校の鐘とは違うせわしない乱打は、町そのものの金切り声のようだった。
「わかったよ」
ヴァルムとの戦いに、自分がどれほどの戦力となれる。むしろ足手まといになるだけだ。そう考えたマユラは、自分の非力がなんとも悔しかった。
「そんな奴、さっさと片付けろよ」
「アイツの鉤爪を切り取って、プレゼントするよ」
アッシュは余裕の笑みをみせた。それが本心か、それとも心配させまいとする強がりかわからなかったが、マユラにできるのは一つだけだ。
「じゃあな」
いつもの別れのように背中を向け、足手まといにならぬよう立ち去るだけだ。階段を駆け降りながら、死ぬなよと、心の中で叫ばずにはいられなかった。
一人になってヴァルムと向かい合ったアッシュは、
「さあ、お楽しみをはじめようぜ」
さきほどマユラにみせた笑みもまんざら強がりではないようで、ヴァルムに向かって凶暴の気を吐いた。
のんびり草を食べていた牛が突然狼に襲いかかられたかのように、町は少し前までの平凡な日常をかなぐり捨てて狂奔していた。家に駆け込む女子供、武器を手に飛び出す男たち。戦いの号令、ぞっとする咆哮、破壊の物音。火の手があがり、煎られる豆のように逃げまどいはね転ぶ人々。日常にうんざりして冒険を夢見ていたマユラだったが、日常を破って現れたのは、ヒーロー小説の世界ではなく地獄だった。
身の丈四メートルはありそうな巨人が暴れていた。これもヴァルムである。ヴァルムとはヴァルムヘルに生れし魔人の総称だが、魔人は種族によって大きく姿を変える。倉庫でマユラとアッシュを襲った有翼のヴァルムはガーゴイル。巨人はトロールである。だが、町を襲った賊どもの中にヴァルムは数えるせほどしかいない。敵の多数を占め、町を襲う主体となっているのは同じ人間たちだ。いや、一つだけ違う、ブレイヴ体となったその者らの顔には奇妙な紋様が表れていた。ヴァルカン、人間でありながら人食いの儀式によって、ヴァルムヘルの神に帰依した邪教徒。神がヴァルムに立ち向かうために与えたブレイヴの能力を、ヴァルムのために使役する者たちだ。ヴァルカンは見た目は普通の人間と変わらないが、ブレイヴ体になったときのみ、邪神に帰依した証として、顔に独特の紋様がタトゥーの如く表れる。これを邪紋という。
ヴァルカンたちは逃げまどう人々を襲い、マユラも何人かがその刃に沈むところを目撃した。
「くそっ」
悔しいが、いまはとにかく家へ、両親のもとに帰るのだ。
敵の目にとまらないよう、建物の影にかくれるようにして進んだマユラだったが、ヴァルカンにみつかってしまった。
「小僧、コソコソしたって地獄の口から逃げられはしないぜ」
顔に邪紋を表した男が、ニヤニヤしながら近づいてくる。
マユラは仲間内ではすばしっこいほうだったが、ブレイヴ体となった相手からはとても逃げおおせられるものではない。アッシュがブレイヴ体になれば駿馬をも追い越す。コイツもアッシほどではないにしても、それなりのスピードはあるはずだ。
「畜生のヴァルカン野郎が。神罰くらって地獄に落ちやがれ」
マユラは罵声を浴びせた。
「ヴァルムヘルの神の偉大さも理解せぬエウレカの豚め。切り刻んでやるぜ」
ヴァルカンは鉈のような形の蛮刀を振りかざして襲いかかった。ブレイヴ体になると、ブレイヴの波動は足元でエアと呼ばれる揚力の層を形成する。このエアこそがブレイヴ能力者の機動力の源だ。エアが形成された状態をエアを履くというのだが、エアを履けば一歩で数メートルを跳ねることができる。ヴァルカンは走り、逃げる間もなく、蛮刀を振りかざしてマユラの頭上に躍った。
ーーダメだっーー
目を閉じた瞬間、甲高い金属音が響いた。
死を覚悟したマユラだったが、何事もなく数秒が過ぎ、恐る恐る目をあけると、そばに壮年の剣士が立っていた。
「あなたは!」
自警団の隊長を務めるアッシュの父、ジム・ハードロックだった。透明な炎のようなブレイヴをまとい、抜き身を片手にヴァルカンを睨みつける。彼はマユラが斬られる寸前に飛び込んで、ヴァルカンの刃をはじいたのだ。
「てめぇは」
ヴァルカンは十数メートル跳び退いて、突如現れた敵に警戒した。
「地獄に落ちよ」
ハードロックは言い放つや、エアを効かせた俊足で飛び出す。ヴァルカンの男もあわてて剣を合わせた。さっきまで弱者をなぶり殺す残忍な余裕をひけらかしていた男が、一転、顔をひきつらせる。刃が噛み合い二三度火花を散らすも腕の差は歴然だ。ハードロックの剣はヴァルカンの肩口から胸深くまで切り下げた。ヴァルカンは己の血潮の中に倒れ、既にブレイヴは消えうせていたが、顔の紋様、邪紋はくっきりと残っていた。邪紋はブレイヴ体のとき以外では、死んだ時に表れる。ゆえにこれを魂の受領印ともいう。邪神が魂を受け取った証に残すものといわれているのだ。
「町を出よ」
ハードロックはマユラを振り返っていった。顔は人を殺した直後の興奮にこわばり、返り血も浴びていた。
「アッシュは一人でヴァルムと闘っています。表通りのボロ倉庫で」
小さな町のこと、それだけいえば場所はわかる。
「そうか」
「助けにいってください」
「あれには戦い方を教えてある。自分の身は自分で守るさ」
「でも、」
「わが子にかまけていられる状況ではない。キミもすぐに町を離れなさい。町の守りを請け負っていながらこんなことしか言えないのは、われながら情けないが」
ハードロックはそう言うと、他の助けねばならぬ人々のもとへと、エアを履いた足で風のように走り去った。
命拾いしたマユラは、再び家へと向かった。建物と建物の間から小麦の畑が見える。数百ヘクタールあるまだ青い麦の穂の海だ。ここは広大なナブロン平原。隣の町まで数十キロあり、一帯を管轄する軍の砦はもっと離れてる。いまこのときに、救援の軍勢が駆けつけてくれることなど、奇跡でも起こらぬ限り望めない。
混乱のるつぼと化した街をゆくマユラだったが、まるで天上から舞い降りたもののように、血生臭いただなかに超然とたたずむ者の姿に、視線は釘づけとなって足を止めた。
それは姿秀麗なる一個の純白。アーマーも白ならその人の肌も白く、額には銀のティアラ、そしてしなやかに肩までくだる髪も真っ白だった。細くすらりとした体に純白のアーマーをまとった美貌は、マユラには男女の区別もつきかねた。人々を助けるために天上より遣わされた光の戦士。マユラの好きなヒーロー小説の挿絵にあるような一場面で、奇跡をまのあたりにしたかとも思った。だが全身雪のように白い中にあって、唇だけが血のように赤く、マユラの胸をざわつかせたのだった。
「天使様、おたすけください」
ヴァルカンに追われた女が助けを求めて走り寄る。
純白の剣士は柔和な笑みをたたえ、次の瞬間銀色の光が閃き、赤い飛沫がとんだ。純白の剣士が抜く手も見せず鞘走らせた長剣は、女を頭からズバリ、真一文字に切り下げた。女は自分の身になにが起きたのかも理解せぬまま絶命して倒れ、ヴァルカンどもから歓声があがった。
「我らが頭領はヴァルムヘルの魔神さえも一目置く、堕天使のヴィシュヌ様だぞ。恐れおののけ、エウレカの豚ども」
ヴァルカンどもが得意げに言い放つ。エウレカの豚とは、英知と人倫の神エウレカの信者たちを侮蔑する、ヴァルカンどもの言葉である。
ヴィシュヌは剣の血を払って鞘に収めたる。挙措によどみなく、ヴァルカンをはじめ、リザードマンや身の丈四メートルもあるトロールなど、ヴァルムどもも恐れはばかる様子であった。
ーーヴィシュヌーー
マユラは涼しげにたたずむ姿を目に焼きつけながら、その名を胸に刻んだ。
「おのれがヴィシュヌか」
風をきって駆けてきたのはアッシュの父、ジム・ハードロックだった。陽炎のようなブレイヴの波動を全身より沸きたたせてヴィシュヌと向かい合う。ヴァルカンどもがいろめきたったが、ヴィシュヌは片手をあげて制した。
「堕天使などと吹聴しているようだが、正体はダークエルフかオウガあたりであろう」
「人になんと思われようと気にしない。そう思いたければ、どうぞご随意に」
ヴィシュヌは眉ひとつ動かさず、不快な表情の片鱗もない。
「一対一の勝負を申し込む。私が勝ったら手下どもを引き揚げさせるのだ」
「そんな申し出を受ける理由もないが、いいでしょう、その勇気に免じて受けてあげよう。もっとも、私とあなたで勝負になるのか、そこは大いに疑問だが」
「自信過剰は命取りだぞ」
「いえいえ、これでも至って謙虚のつもりですが」
「ジム・ハードロック」
ハードロックは決闘に臨む武者の作法として名乗りをあげた。
「さて、あなた程度の腕で、私の記憶に名を刻むのは無理かと思うが」
ヴィシュヌは不遜の言葉を返す。
「ぬかせ」
ハードロックはエアを蹴って跳ぶとともに、迅速の抜き打ちを浴びせた。十メートル余の間合いを跳んで胴めがけて横薙ぎを送るまで、0,5~7秒ほどの、まさに電光石火の斬撃であった。しかしヴィシュヌは剣をも抜かず、跳び退くような慌ただしい動きもみせず、わずかに身をひねっただでハードロックの剣をかわした。ハードロックは迅速な反転切り返しを放ち、さらに畳みかけるように猛烈な斬撃をヴィシュヌに浴びせる。しかし剣をも抜かず跳び退くでもなく、ハードロックの斬撃の間合いにたたずんでいるだけのヴィシュヌに、なぜか刃が届かないのだ。ヴィシュヌはブレイヴ体になっていない。ブレイヴはヴァルカンも含めたこの世界の人間にだけ備わった能力で、この世界の生態系外の存在であるヴァルムなどには現すことが出来ない。ハードロックはヴィシュヌをダークエルフとかいっていたが、人間亜種のエルフなら、ダークでもブレイヴは使えるはずだ。ブレイヴ体にならなくても、もしくはなれなくても、エアを履いて跳ぶハードロックの目もくらむような連撃に、微塵の遅れもなく対応しているところをみると、堕天使という触れ込みが真実かどうかはともかく、ヴィシュヌはこの世界に生を受けたものではないかもしれない。
マユラの目には、ハードロックが圧倒しているように映った。ハードロックの剣の前に、ヴィシュヌは腰の剣を抜く暇もなく、よけている一方にみえたからだ。だが、実際に肝を焙られるような焦りを感じていたのはハードロックだった。彼とて以前はある大貴族の軍にあって、剣士長として一部隊を預かっていたほどの者なのだ。その彼が技の限りを尽くして放つ連続の斬撃が完璧に見切られているのだ。目まぐるしく襲うハードロックの剣はわずか数センチ、ヴィシュヌに届かず、その数センチが、数キロにも等しい詰めることのできない絶対の懸隔としてあった。一目みたときから強敵だとは感じていたが、しかしハードロックも、大貴族の家臣であった頃は、数百人の軍の中でも剣の上手として名が通っていたのだ。その自負もあり、なんとか戦えるつもりでいたが、これほどの実力の差を思い知らされるとは。ハードロックは剣を振るいながら、ヴィシュヌが指を折るほどにも容易く、自分の命を取れることを悟っていた。だが、彼の闘志は最後まで折れなかった。
「そこまでだ」
ヴィシュヌの顔が目の前にあり、エアで跳んでいたハードロックは動きを止め、二人は挨拶を交わすもののように向かい合い、たたずんでいた。
「たいくつだったよ。だが、あなたの剣士としての勇気に免じて、少し長くつきあってあげました」
美形には悪意のかけらもなく、ちょっと気の毒そうな表情すらみせる。いつの間に抜いたのか、その剣はハードロックの胸を貫き、背骨を割って切っ先が背中に突き抜けていた。
「ぐふっ」
ハードロックはなにかいおうとしたが、こみ上げる血に言葉にならない。
ーーたやすく、まるでゆで卵に串を通すみたいに、たやすく仕留められてしまったーー
痙攣の中、脳裏にそんなつぶやきがよぎり、薄れゆく意識に、アッシュの顔が浮かんだ。アッシュ・・、息子の名を呼びつつ、一切の意識は冥府の闇に呑まれて消えた。
「そんな、アッシュの親父さんがやられるだなんて・・・・・」
この町しか知らないマユラにとって、自警団の隊長であるアッシュの父親は最強の人物だった。いや、マユラだけでなく、町のみんなが頼りにしていたその人が倒されたとなると、もう、町を守ってくれる人はいない。自警団の隊員が残っていたとしても頼りにできない。アッシュのことを考えると気の毒だったが、いまは急いで町から逃げ出すしかなかった。アッシュの無事を祈りつつマユラは家へと走った。
息せききって走ったマユラの足が、家の建つ通りに出て止まった。道の向こう、粗末な家の何軒も並ぶ通りの、ちょうどマユラの家の前あたりで、一人の男がクワを振り回して戦っていた。父だった。頑丈そうな体の太い手足は、これまでずっと大地を相手に戦ってきたものだ。その父がいま、剣や槍を持つヴァルカンども相手に戦っている。がむしゃらにクワを振り回す姿は、アッシュの父親のように格好のよいものではなかったが、マユラの胸に熱いものがこみ上げてきた。両親に対するうっとおしさは消え、ボクはこの人の息子で、これからずっといっしょに畑を耕し作物を育て、父に負けない一人前の農夫になるのだ。胸が張り裂けるほどにそう思った。
「父さん」
マユラの声に父は顔を向けた。
「来るな、逃げろ」
クワを振り回しながら叫び返す。その背後をヴァルカンの剣が襲った。血しぶきがあがって頑強な体がよろめく。
「父さん」
「マユラー」
声をしぼって息子の名を叫ぶ。その横っ腹に槍が突き入れられ、大地と戦ってきた男は血にまみれて倒れたのであった。
「チキショウ」
怒り狂ったマユラは、そばに落ちていた棒きれを拾った。五六十センチほどの棒は、剣や槍に対しては武器とも呼べぬ代物だが、怒りに我を失ったマユラはそんなことお構いなしだ。父を手に掛けたヴァルカンどもを殴り殺すことしか頭にない。棒を手に走り出すマユラの前を大きな影が遮った。見上げれば山のごとき巨人であった。身の丈は四メートルにちかく、牛を丸呑みできそうなぐらいに大きな胴に、手足は一抱えもの太さがあった。こいつはヴァルムの巨人種でトロール。異界ヴァルムヘル生まれの化け物だ。青銅色の皮膚は堅そうで、白砂利のような歯の並ぶ口は、馬の首だって噛みちぎれそうだ。トロールは柱よりも太い、大きな棍棒を手に持っていて、人間ならば運ぶのも数人がかりとなるそれを、軽々と構え、マユラを見てにやりと笑った。さすがにマユラは、息をのみ立ちすくんでしまった。次の瞬間、トロールは棍棒をフルスイングした。巨大な棍棒は風を唸らせ、家をも木端微塵にしてしまいそうな一撃がマユラを打った。全身の破裂するような衝撃にマユラの意識はかき消え、小さな体はジャストミートされたボールのように、十数メートルも離れた民家の窓を破って飛び込んだ。
「一発でミンチだぜ」
異界の巨人はヴァルカンどもを見下ろし、自慢そうにいった。
「マユ、うまく逃げてくれてるといいけど」
アッシュは剣の血を払って鞘に収めながら、友の無事を祈った。その足元には有翼のヴァルムの死体が転がっていた。激しい戦いとなったが、なんとか仕留めることができた。相手を少年と見くびって、翼を活かせない屋内に入り込んだガーゴイルの油断もあったが、一人前の剣士でも難敵となるヴァルムを、初めての戦闘で打ち取るアッシュの才能は、やはり尋常ならざるものと言えよう。
外に出ると平和な日常は踏みにじられ、無辜の人々の倒れ、凶悪の賊徒の跳梁するありさまで、アッシュは憤った。だが、非常のときほど冷静でなくてはならないと父に教えられている。怒りを抑え、まずは父に会わねばと思った。自警団の隊長である父の指示のもと、一人でも多くの町の人々を救うために、最善を尽くさねばならない。
敵を警戒しながら町を行くアッシュは、ブレイヴ体にはなっていない。ブレイヴは無制限になっていられるものではなく、その時間はキャパシティによって決まる。ブレイヴの能力者は重さも形もない燃料タンクを装備していると思えばいい。この燃料タンクは鍛錬や実戦経験などによって容量を大きくする。アッシュは才能はあるが、少年で実戦もさっきガーゴイルと戦ったのが初めてで、経験値もあまりなくキャパシティはそんなに大きくない。連続してブレイヴ体になっていられるのは一時間半ぐらい。それもガーゴイルとの戦いでかなり減っているから、ブレイヴの無駄な発現、ブレイヴエナジーの不要な消費は控えねばならない。しかし、即時のブレイヴの発現、即応力には自信のあるアッシュだった。
歩いていると、建物の影で泣いている女の子をみつけた。
「ローラ、こんなところにいたら危ないぞ」
こんな小さな町だ。子供は全員顔見知りだ。
「アッシュお兄ちゃん」
女の子は闇夜に明かりをみつけたように、アッシュの声に泣き顔をあげた。
「家族はどうしたの。お父さんやお母さんは」
「わからない」
ローラは六歳、デニムのオーバーオールにはチューリップのアップリケ。ボロクズのような人形を抱いて、涙にぬれた顔がなんともいたいけだ。
「そうか。とにかくここは危険だ。安全なところに連れて行ってあげる」
「うん」
ローラはアッシュの差し出す手を握った。アッシュは町の子供たちのリーダーで、みんなから頼られる存在だったが、いまのローラには殊に頼もしく見えた。
「心配ないからな」
アッシュはローラを後ろにして、剣の柄に手をかけたまま慎重に進む。その姿はかよわき者の守護者たらん気概に満ちて堂々としていた。あたりには死体も転がっていて、幼い女の子には足がすくむほどに怖いだろうに、ローラは泣きもせず、立ち止まることもなくついてくる。その健気さを思うと、アッシュはなんとしてもこの子だけは救わねばならないと胸に誓うのだった。
それにしても、想像以上の町の惨状に、ここはいったん町を離れたほうがよいのではないかと、アッシュは考えた。父に会いたくはあったが、幼い子を連れてこの状況を行くのは危険過ぎた。いったんローラを安全な場所まで連れて行って、それから父と合流しよう。そんなことを考えながら歩いていたアッシュだったが、突然目の前に現れた純白の麗姿に、一瞬、この非常のときも忘れ、魅入られたように唖然とした。
すらりとした体は雪のように白く、その身にまとうアーマーも肩まで流れる髪も真っ白だった。その容貌は絵の中から表れたような抜群の美形で、この血なまぐさい状況のなかで、神々しさすらまとうもののようであった。
「やあ」
親しみを感じさせる笑みで、きさくに声をかけられ、
「こんにちは」
アッシュは戦いの緊張も忘れて応えた。美しさに見とれながら、何者なのだろうかと考えていると、腕にしがみつかれて振り返った。ローラはアッシュの左腕に抱きつきながら、純白の麗人を見上げる幼い瞳は、もののけでもみるようにひどくおびえていた。