決死の谷
二か月ぶりの投稿です。今回は大好きなバトルシーンも盛り込んで、本当はまだまだ書き足りないけど、展開上押さえてありますが、スピード感のある、熱いものに仕上がっていると自負しています。なにとぞご一読あって、辛辣、熱烈なる評価いただければ幸いです。
泥酔に浸っていたグレッグは、名前を呼ばれたような気がして、突っ伏していたテーブルから顔をあげた。手には飲みかけのグラスを握り、テーブルや床に空のボトルが転がっている。酔いの淵からぽっかり浮かびあがるように顔をあげたグレッグを、赤く光る目が見下ろしていた。
「行きましょう、準備が整いました」
赤く光る目に青黒い皮膚は鱗が生えたよう、ときおりシュルルと、唇の間から先の割れた長い舌を覗かせる、ゾッとするような変貌ぶりの司祭の顔を見ても、グレッグはさほど驚かず、思考はアルコールに浸かって、あらゆる感情が緩慢になっている。
「準備とは」
「あなたが生まれ変わる準備ですよ」
爬虫類と混ざり合ったような顔の司祭は告げた。
「生まれ変わるか・・・・」
グラスに残っていた酒を飲み、転がっていたボトルを逆さにしてみたが滴も落ちない。
「今はこのへんにしておかれよ。じきに祝杯をあげることとなる。全身を満たす大いなる力に歓喜して飲む酒は、無上の美味ですぞ」
「アンタのような化け物に生まれ変わるのか」
酔眼でぼんやり司祭を眺める。彼のまとうロープの下には、なにかうねうねと蠢くもののあるようだった。
「これはまた、ずいぶんな言われようですな」
司祭は、しかし気分を害するでもなかった。
「私は特別でしてね。初心者程度ではこの域には到達できません。心配なさらずとも、あなたの男前にコブ一つつけやしませんよ」
「たとえ化け物になろうとも、かまわないのだ」
グレッグは立ちあがった。
「悪魔だってこの生きた屍、アルコール漬けの半ゾンビよりはマシだろうからな」
「まことに割り切りが良い。それでこそ勇者というものです」
司祭はにんまりとした。ときおり唇の間から赤い舌のヒュルヒュルと覗き、それはグレッグにしても、正常な感覚がアルコールに麻痺してなければ、とうてい耐えきれぬ気味悪さだった。
「ついてきてください」
グレッグは司祭に促され、ややおぼつかぬ足取りで歩きだす。暗い廊下を、少し痺れた頭で司祭の後についてゆく。これはとんでもないことになりそうだと、良識のカケラのようなものが警告を発するが、ままよと押し切る。既に救われぬ身だ。この先どんな地獄があろうと恐れるものか。覚悟を決めたグレッグだったが、自分が踏み入ろうとする淵の深さをまだ知らなかった。
「そういえばあの少年。マユラとか言いましたな」
神殿の暗い廊下を歩いていると、司祭が思い出したようにいった。
「マユラ、あいつがどうかしたか」
突然マユラの名が出てきて、脈絡のつかめぬグレッグだったが、
「きますかね」
司祭の言葉に、マユラも神殿に行くように言われていたのを思い出した。
「志摩に言われたのだから来るだろう。あいつになにか用か」
「なに、少しばかり礼をしたいと思いましてね」
含み笑いのにじむような司祭の言葉を、グレッグはどうとっていいかわからなかった。ぐらぐらする頭の中で思考は脈絡を結べず、とにかくボトルを一本開けたい心境だった。
入って来たときと同じく、神殿の大扉から外に出ると日射しがまぶしかった。ずいぶんな時間酔いつぶれていたと思っていたが、まだ正午頃か、思っていたほど時間は経っていない。
前を行く司祭は乾いた地面に影を落とし、それは人の影となんら変わるところがない。ロープの下の蠢くものも、今はなりをひそめているようだ。
「アンタも生まれ変わったのか」
グレッグはだしぬけに聞いた。
司祭は足を止めてゆっくり振り返る。赤い目や青黒い皮膚などの爬虫類じみた奇怪な容貌は跡形もなく、温厚そうなエウレカの老司祭の顔に戻っていた。
「変幻自在だな」
「造作もないことです」
「アンタもエウレカの司祭から、今の化け物に生まれ変わったのか」
「いえいえ、私は生まれ変わったのではなく、すり替わったのですよ」
にんまり笑う司祭の口から、先の割れた赤い舌が覗いた。
青い空と緑の大地の、なんの変哲もない草原の景色だが、マユラの目には草の緑がすがすがしく、そこここに咲いて野を彩る、いつもなら気にもとめない黄色やピンクの名も知らぬ花々もほほ笑んでいるように見え、小鳥のさえずりは心楽しくさせる。
傍らにはエレナがいて、マユラは傷だらけの木刀を担いで手はつないでいなかったが、ありふれた景色が輝いて見えるように、心は浮きたった。
「私のために、二度も命を危険にさらしてくれた」
不意にエレナが感慨深くいった。
「大したことじゃないよ」
「大したことよ。私のために二度も死にそうになったのよ」
「さっきの奴なんか、全然死ぬ気しなかったぜ」
ただしフェーゴはヤバかった。剣を交えたわけではないのに、あのまま当っていたらやられていたかもしれないと思うのだ。
「キミになにもなくて本当によかったよ。どこかの先生にくれてやるのは癪だけどね」
「あら、志望は変わるかもよ」
「本当?」
「私のお婿さん候補のリストには、先生の他にも書く欄はあるわ」
「それじゃそのリストに、傭兵と書いといてくれる」
「傭兵じゃなく、あなたの名前を書いておくわ。だってマユラはわたしのヒーローだもの」
「やった、剣術やっててよかったぜ」
両親の復讐というそもそもの動機も忘れ、無邪気に快哉の声をあげる。
「でも、誰かのお嫁さんになるなんて、まだずっと先のことよ」
「そのときまでに僕はもっと強くなるよ。たとえ魔王が来てもキミを守れるぐらいにね」
「マユラだったらきっとなれるわ。いまだってあんなに強いもの」
「先生たちからしたら、生まれたてのヒヨコみたいなもんさ」
「いまだって、勇気だけは誰にも負けてないわ」
異性に、それもエレナのような美少女からこんなふうに讃えられたら、たいていの男は有頂天になるもので、マユラも、天下無双の豪傑になった心地で、肩で風切るように歩いた。
エレナの家が見えてきて、マユラは肩に担ぐようにしていた木刀を手に下げ持って、背筋をのばして姿勢を改める。
「ただいま、お客さんを連れて来たわよ」
エレナはドアを開け中に呼びかけた。小さな家だ、声は届いているはずだが、だれも出てくる様子がない。
「出かけたのかしら、ちょっと待ってて」
エレナはマユラを玄関に残して家の中に入っていった。
マユラは所在なげにあたりを見て、小さな畑に目を止めた。マユラの家も、町の外の大きな畑とは別に家の裏に小さな菜園がって、家族で食べる分を作っていた。なにを植えているのか、青い芽の生え出たばかりのささやかな畑を、懐かしい気持ちで眺めていた。
「いないわ」
エレナが戻ってきた。
「弟もいないのよ。どこへいったのかしら」
「それじゃあまたくるよ」
さすがに、家族の留守中に上がり込むのはどうかというものだ。
「待って、クッキーあげる」
エレナは家の中に走り、紙包みを手に戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
紙包みを開くと五六枚のクッキーがあって、一枚とって食べた。
「うまいや。キミも食べなよ」
「あなたに持ってきたのに」
「いいよ、いっしょに食べようよ」
「それじゃあ、うん。いつもながらママのクッキーはおいしいわ」
ふたりしてクッキーを食べていると、マユラは恋人などという言葉を思い浮かべ、ひとりで猛烈に照れてしまった。
「どうしたの」
「なんでもない。これからどうするの」
「家族を捜すわ。近くにいると思うから」
「僕もつきあうよ。またみょうな奴が、キミにちょっかいだしたらいけないからね」
「ありがとう。マユラといっしょだと安心だわ」
エレナに頼られるとやっぱりうれしい。
小麦やトウモロコシの畑に果樹園も見えるのどかな景色を、エレナは明るく、マユラはほのぼのした表情で歩く。
「マユラって宙に浮かべるのよね」
「ストリームっていうんだ」
マユラはブレイヴ体になった。ストリームは流さず、凪ぎの状態で二十センチほど浮上したまま静止する。背丈はエレナより少し高くなる。
「すごい。どれぐらいの高さまで浮上できるの」
「五六十センチかな。でも、そんなに高く浮かぶとまともに翔けられないからね。安定して翔けれにはこれぐらいの高さがベストさ。跳躍なら、二メートル以上跳べるけど」
「私もそんな能力が欲しいわ」
「ブレイヴは、だれでも覚醒する可能性があるから、エレナだって傭兵になれるかもしれないぜ」
「傭兵になろうなんて思わないわ。でも、馬に乗らなくても、速く走れるのは便利じゃない」
「僕らにとってブレイヴは武器そのものなんだ。だから普段も、単なる移動のためには、なるべくブレイヴを使わないようにしてるのさ」
マユラは普通体に戻り、足が地面を踏めばまたエレナより低くなる。
「傭兵は常在戦場。いつ戦闘に巻き込まれるかわからないからね。戦闘中にガス欠になったら万事休すだから、ブレイヴは無駄に消費できないのさ」
丈の低さを補うように、マユラはいささか大人びた口調でいった。
「あなたたちにとって、その能力は武器そのもの。とてもおろそかに扱えないことはわかったわ。でも、あなたのもう一つの武器はボロボロじゃない」
エレナはマユラの木刀に懸念の目を向ける。
マユラの木刀はロイの剣を受けて、削られたり、深く切り込まれたりしていて、打ち合えばすぐにでも折れるような、はなはだ心もとない状態となっていた。
「頼れるやつだったけど、やっぱり剣とやりあうと厳しいね」
マユラはねぎらうように木刀を見た。
「剣、欲しくない」
「そりゃあ欲しいけど、そんなの簡単に手に入らないよ」
「あるわよ」
エレナの言葉に、マユラはきょとんとした顔となった。
「剣て、木でできたやつ」
「たぶん本物だと思うわ」
「キミんちにあるの」
「ウチにはないわよ。でも、有るところを知っているの。弟と私だけの秘密だけど、リックもマユラなら許してくれると思うわ」
「なんか面白そうだね。そこに連れてってよ」
「案内するわ」
決めると迷いのない足取りのエレナの横で、マユラは興奮を隠せない顔となった。好きな女の子と一緒にいるのは楽しいが、剣と聞けば、興味はそちらにゆく。
館を発って三時間あまり。ザーランド伯爵を主将とする賊徒討伐の義勇軍の一行は、一旦小休止することとなった。グルザム一味のアジトのあるシザ峡谷はまだ先だが、この先はいつ敵に遭遇するとも限らないので、このあたりで休息をとり、戦いに備えて軽く腹ごしらえをすませる。
ザーランド家から支給された弁当は、ベーコンと卵のミックスサンドだった。志摩は馬上でサンドイッチを食べ、水稲の珈琲を飲んだ。
馬の背でさっさと食事を済ませ、志摩はあたりに目をやる。陣形を崩さぬながらもそこここで集まり、談笑しながら食事をとっているが、どの顔にも緊張がみられた。戦いの前だから無理のないところだ。みればザーランド伯爵は馬を降りて、広げた敷物に腰をおろして家来たちとなごやかに食事をしていた。
キラキラと光りの粉を撒くように、雲母色の羽を羽ばたいてまっしぐらにやってくる飛翔体。フェアリーのウィルだった。ウィルは志摩の前で制動を効かせてホバーリングする。
「ベイロード男爵からの使いが来たよ」
前衛は見張りを兼ねて本隊のずっと先に出してある。
「わかった」
志摩は伯爵の方に顔を向け、
「ベイロード男爵の使いが来た」
一声告げて馬を走らせた。伯爵たちもいよいよ来たかと、緊張の面持ちで腰をあげる。
志摩の肩にはフェアリーのウィルがずぼらを決め込んで腰かけていて、ついさっき跳んできた道を、志摩の肩に鎮座して戻ってゆく。駆けつけるとファズたちがベイロードの使いに対応していた。前衛にはファズにダオ、ファルコとレオン、チームの中堅若手に郷士たち。その中にはイ・ジャンクもいた。
「志摩さんだ。伯爵様から指揮を任されている」
ダオの言葉に、ベイロードの使者は志摩に一礼した。
「敵の様子はどうだ」
志摩の問いに、
「目立った動きはありません。巣穴にこもっています」
使いの男は答えた。
「ベイロード殿は、いまいずれにおられる」
「既に赤谷にて待機しておられます。そちらは順調で」
「順調以上だ。予想以上に味方も集まって、伯爵もやる気満々だ」
「それはようございました。我が主も喜ばれることでしょう。シザ峡谷では案内の者が待機しております。敵はいまのところおとなしくしていいますが、いつ動くともわかりません。道中なるべくお急ぎあれ。ではこれにて」
ベイロードの使いは馬首を返して走り去っていった。
「悪党どもを一網打尽といきそうだな」
浮かれ調子のダオに、
「油断は禁物だぜ」
ファズが戒めるかにいった。
「誰に向かって言っているんだよ。昨日今日この道に入ったヒヨコ野郎じゃねぇぜ。歴戦のこのダオ様が、敵を見くびってドジを踏む抜け作だとでも思っているのか」
ダオがぞんざいに言い返す。
ダオに限らず全体の士気はあがっていて、実戦経験もなさそうで、頼れる指揮官とは言い難いザーランド伯爵も、堂々とした武者ぶりである。
横を見ると、ジャンクがベイロードの使者の去っていった方を見て、なにやら浮かなげであった。
「気になることでもあるのか」
志摩が声をかけた。
「気になるというより、ベイロードのところの者は、どいつもこいつも気に食わないのよ」
「郷士たちの間は、ザーランド派とベイロード派に割れているのか」
「あいつらは郷士じゃないぜ」
「?・・・・・」
「ベイロードの家に代々仕えていた家来たちは、ベイロードが軍人になって屋敷を出て行ったときに散り散りさ。今ベイロードに仕えているのは、奴が新たに集めてきた、どこの馬の骨とも知れぬ連中さ」
「そうか、だが、どこの馬の骨だろうと今日は戦友だ」
短い昼食を終えて列を整え、賊徒討伐の軍は再び動き出す。
「マユラのやつ、大人しくしているかな」
志摩の肩に腰かけたウィルがいった。
「やんちゃなやつだが、やみくもに無茶はしないだろう」
「化け物に狙われてなきゃいいんだが」
「俺たちがこうして動き出せば、化け物も動き出すかもしれんがな」
「そのことを考えて、マユラにポーションを渡したの」
「それは、なんとなくだ」
ウィルの経験によれば、志摩のなんとなくは、のちのち当を得たものであったということがままある。
「マユラのことも気にかかるけど、今日の戦いも、なんとなく気が乗らないね」
「そうか」
「これだけ分かりやすい戦いなのに、なにか、いまいち見えてこないもののあるような気がするんだ」
「俺も、そんな気がせぬこともないが、どうせこの先、血を見ねば収まらぬ事態になるだろう。そうなれば事はハッキリするし、そこでいろいろしのいでゆくのは毎度のことだ」
志摩の自若とした態度に、ウィルも胸騒ぎを落ち着けた。この稼業に想定外はつきものだし、志摩とこのチームなら、なにがあろうとしのいでくれるだろうと信じることにした。
涸れた土地に入った。地面に雑草も薄くなり、やがて一帯一木一草だにない赤茶けた荒れ地となる。巨大な岩のような荒涼たる稜線がシザ峡谷で、山のように聳え、ふもとの地面は深くえぐれ、奇岩の入り組む複雑な地形は、山賊どものアジトを置くのもなるほどと思える。峡谷の入り口でベイロードの配下の者が待っていて、岩山の裾を縫うような道を案内した。
「こんなところで待ち伏せを喰らったら、苦戦は必至だな」
志摩の傍らのバルドスが、周囲をほ見回していった。たしかに兵を伏せるに適当な岩陰があちこちにあり、客に襲撃を受ける側は、狭隘な谷間の地形に陣形を整えるのも往生しそうだ。
「敵の巣穴は仲間たちが見張っています。動きがあれば報せが来ますのでご安心を」
道案内に立つベイロードの配下がいった。
やがて開けた場所に出た。赤谷と呼ばれるそこは、平原に出たと錯覚するほど広々しているが、ぐるりと岩の峰が囲んで、どういう自然の仕業によるものか、岩を削りとって均したような、谷と呼ぶには広々した赤土の平地だった。
「なんとも暑いな」
遮蔽物のない赤土の大地は、フライパンの底のように陽に焼かれてゆらゆらと陽炎がたち、ザーランド伯爵は、装備するアーマーも暑苦しげに顔の汗を拭いた。
「ではこれにて失礼いたす」
道案内の男は馬を走らせていった。その先、兵を率いるベロード男爵の陣営があった。
「ベイロード殿は臨戦態勢で待機しておられたか」
ザーランド伯爵は頼もしく思い、
「さっそくに合流しよう」
全軍率いてベイロードの軍に合流しようとする伯爵を、
「お待ちください」
志摩が止めた。
「どうしたね]
「味方を歓迎する構えではない」
ベイロードは三四十の手勢を迎え撃つかのような構えで、志摩たちに向けて展開していた。
志摩はまず、単騎進み出て、三十メートルほどの距離を置いて呼びかけた。
「ベイロード殿、ザーランド伯爵以下到着いたした。賊のアジトはいずこか、さっそくに案内していただきたい」
「案内か」
ベイロードは悪意のにじみ出るような笑みを浮かべて、
「案内は既にした。ここに、きさまらを墓場まで連れてきてやったのだ」
小気味良さそうに言い放った。
討伐軍は驚愕と戦慄にざわめきたつ。
「我らをハメたということか」
志摩は鷹のような目を一際研ぎ澄ます。敵を斬って捨てるときの目だ。
「今回のことは、はじめからおのれらを始末するために仕組んだことだ」
ベイロードは志摩の眼光にも動じず、薄笑いで答えた。
「おのれ、謀ったな」
ザーランド伯爵は志摩の横にまで馬を進めて叫んだ。
「おおさ謀った。二十年前、おまえの親父が我が父をだまして罪人に仕立て上げ、我がベイロード家の名誉と癪禄を奪いとったように、今回はわしがおのれらをだまして、死地にひきいれてやったのだ」
ベイロードは恥じるところもなく胸を張る。
「私がどれだけこの日のくるのを待っていたか、おのれには分かるまい。他家の財貨をも懐に入れ、便便と日々を過ごしてきたおのれにはな」
ベイロードは溜まりに溜まった怨念を吐き、形相は狂おしいほどに歪んだ。
「貴様の親父は万死に値する罪を犯した。ゆえに貴様一人を殺してもとうていこの怨みは晴れぬ。貴様の家族も生かしておかぬ」
「なに」
伯爵は顔面に朱を注いだ。
「おのれの親の非を他人になすりつけて、世迷言をほざきおって」
激昂する伯爵を志摩は片手をあげて制した。
「では。グルザム一味というのは?」
「我らよ」
ベイロードは露悪的にうそぶく。
「牧場を営んでいると聞いたが」
「この俺が、そんなしち面度臭い身過ぎ世過ぎをするものか。おのれらを欺くための適当なウソだ。牛などの世話をして暮すより、人を殺し奪い取る稼業が面白く実入りも良いというものだ」
「貴族の誇りを捨てて山賊になり下がるとは恥を知れ」
ザーランド伯爵の罵倒に、
「おのれに恥などといわれる義理はない。薄汚い盗人めが」
ベイロードもやり返す。
「ふん。愚かにも本性を現したが、それだけの手勢で我らに勝てると思っているのか」
前方に展開しているベイロードの手勢は三四十、突然の裏切りにうろたえた伯爵だったが、数の優位を意識して落ち着きを取り戻した。
「いや、ベイロード殿も用意周到のようですぞ」
何事か察知した表情の志摩に、
「傭兵をしてきただけに、鋭いものをもっているな。だが、この赤谷に潜ませた手勢は感知できなかったか。それも無理はない」
ベイロードはおのれの計略を自慢するかに述べ始めた。
「シザ峡谷は、この赤谷を中心にして岩の尾根の複雑に入り組む地形だが、迷路のような道の意外に通じていて、襞のような岩陰の奥に伏せた手勢も、雲の湧き出るごとくに押し出してこれる。これが赤谷をお主らの墓場に選んだ理由だ」
ベイロード男爵の言葉の終わらぬうちに、赤谷を囲む岩陰から伏兵どもの現れた。そして、邪魔な岩を打ち崩すようにして、身の丈三メートルを超える青銅色の巨人も姿を現す。オウガだ。同じ巨人系のヴァルムのトロールと違い、オウガは若干小柄だが動きも俊敏で武術にも長ける。トロールと比べれば小さくはあるが、三メートル余の巨体に、百人力並みの怪力を発揮し、動きが速く剣や槍の扱いも巧みとくれば、こちらのほうがずっと厄介な相手である。現れた兵数は二百あまり、それに二体のオウガがあるとなれば、形勢は一気に逆転した。
「こっこれは・・・・」
ザーランド伯爵の顔から血の気が引いた。
「驚いたか。だが心配するな。おのれはオウガどもの餌にはせぬ。貴様の首はこの手で刎ねると部下たちに言い聞かせてある」
伯爵のわなわなと震える様が、さも愉快そうにベイロードは笑った。
「伯爵様は、陣中に戻って指揮を執られよ」
ザーランド伯爵はしばし動顛のていであったが、志摩の言葉に我に返ると、配下の者たちから離れ、こうしてベイロード男爵と向かい合っているのも恐ろしげに、慌てて馬を返して味方の中へと駆けこんだ。
「遅かれ早かれ、首を打たれる末路は変わらぬものを、愚かな奴」
味方の中に逃げ込む伯爵にベイロードは嘲笑を浴びせた。
単騎向かい合った志摩は恐れるでもなく、
「グルザムとはおぬしのことか」
と質した。
「俺ではないさ。だが、ここで死ぬおぬしらに老師のことなど話しても意味のないことだ」
「そうか」
志摩は冷ややかな一瞥を送り、
「ベイロード、おのれの悪運もこれまでだ」
敢然と言い放った。
「おぬしにも同情すべきところもあるかもしれぬが、あまたの人々を手にかけし悪行重ねた身となっては、もはや救い難い」
「なにをぬかす。これまでなのはうぬらであろう」
ベイロードは激昂して言い返した。
「この状況が見えぬか。おぬしらはもはや袋のネズミぞ。ザーランドに味方したばかりに、やつらもろともここで死ぬはめとなったのだ」
「余人なれば、おぬしのもくろみどうりとなったかもしれぬ。だがな!」
志摩の目が白刃の如き峻烈の気をベイロードに浴びせた。
「この志摩ハワードとレギオンシリウスの猛者どもが肩入れしているとあらばそうはいかぬ。この地を墓場とするのはベイロード、おぬしのほうだ」
「ほざくか」
ベイロードが怒声を放ったとき、志摩の姿は馬上になかった。鞍を離れ足が地に着く前にブレイヴ体となって、ストリームを駆った雄姿の鷹の如く襲い来る。
しまった!
ブレイヴ体での戦闘では、馬上にあるのはかえって不利となる。徒歩でも騎馬に匹敵する機動力を発揮できるため、鞍上に腰を据えて手綱を取る状態は、腰下の隙も大きく危ないのだ。ブレイヴファイターにとって馬はあくまでも移動の便であり、戦闘にはストリームなりエアなり、自前の機動力で当るのだ。
ベイロードが即座に馬を跳び下りる刹那、志摩の強烈な切り上げが彼の肩をかすめアーマーを割った。 くそっ、ベイロードもすぐさま抜剣、驚いた馬が走り去ったあとには、激しく刃を戦わす二人の姿があった。しかし初手に遅れたベイロードは、また志摩の太刀行きの速さにもたじたじとなった。だが、配下の者たちが志摩の後方より襲いかかるのが見えてほくそ笑む。剣を振りかざした男が二人、エアを効かせた駿足で志摩の背後に迫り、志摩がそちらに対応したら、即座に反撃に出るつもりのベイロードだった。前後からの挟み打ちでで討ち取ったつもりだったが、背後からの刃が届く刹那、志摩はベイロードを巻いた。ベイロードの剣を払いざま、ストリームの流れ鋭く志摩はその右脇を翔け過ぎる。あっさり脇を抜けられたことに衝撃を受けるベイロードの背後で風は急旋回して、ベイロードの右を翔け抜けた志摩が左より飛び出した。志摩はベイロードの体を軸にして反転、その視界をよぎって、彼の背後を襲うつもりだった敵とぶつかる。ベイロードは顔に生温かいものを浴び、血の臭いにむっとしながらも、ソードオフィサーにまでなり、使い手と自負する自分が、このサムライにまるで木偶の如く扱われたことに怒りと戦慄を覚えた。志摩はベイロードの眼前で、須臾の間に彼の二人の手下を屠った。ベイロードがとっさに斬りつけようとしたとき、志摩の姿は彼の前になく、ベイロードの陣営に翔けこんでさらに激しく血刀を振るっていた。
なんたる業前ぞ!
先ほどまで余裕に浸っていたベイロードは、冷水でも浴びた如く心胆震わせた。
「志摩が始めたぞ」
銀色の羽で羽ばたくウィルが、矢のように味方の陣中に飛んで触れ回る。
「円陣を作れ」
バルドスが叫ぶ。志摩のいないときはサブリーダーのバルドスが指揮を執る。ただ、この軍全体の指揮官はザーランド伯爵だったが、予想外の事態に動顛治まらず、とても指示を出せる状態ではなく、また、彼が落ち着くのを待っている余裕もない。
「ジャンク、口ほどの半分も自信があるのなら俺と来い。オウガどもに一当たり喰らわす」
「ふん、足手まといにならないでくれよ」
「五六人続け」
言葉とともにバルドスはエアを蹴って走り出し、ジャンクも先を競って飛び出していって、さらに五六人ほどが続く。
巨漢のヴァルムの破壊力をまともに喰らえば陣形はもたない。まずは、オウガをなんとかしなければならない。しかし、三メートルに届く巨体に、二メートル余の大剣を携え、味方に倍する兵力とともに押し出してくる二体の化け物を料理するのは、なかなかに骨の折れる仕事のようだ。
敵の先鋒が斬りかかってきて、バルドスは一突きにて仕留めた。みればジャンクは既に二人を倒している。次々寄せる敵を槍先に退けてていると、不意にけた外れの風圧が来た。かわしたあとの地面に巨剣が深い溝のような跡をつけている。オウガだった。異界の巨漢は牛を輪切りに出来そうな剣を、大地も割れよとばかりに叩きつけてくる。その豪風を巻く剣を避けきれず、郷士が一人叩き潰された。
「こいつは俺が仕留める。手を出すな」
バルドスは槍を斜に構えてオウガと睨み合う。巨漢のバルドスだったが、オウガは人の枠を外れた巨人だ。岩をも砕く剛腕で大剣を構え、八つ裂きにせんばかりの形相でバルドスを見下す。しかしバルドスもまた渾身の闘志で、のしかかるような巨人に一歩も退かぬ。
一方、もう一体のオウガを引き受けたイ・ジャンクは、さながら狼のヒグマに挑むが如く、オウガめがかけ襲いかかる。
志摩は前で暴れ、後方ではバルドスとジャンクが二体のオウガと相対し、しかし、倍する敵は輪を縮めるように陣形全体を圧迫してきて、これには残ったチームのメンバーが中心となり、全軍一丸となって当る。 サブリナが敵中に飛び込んだ。やや短めの剣を両手に、エアを効かせた駿足で跳ぶ褐色の女戦士は、黒い牝豹の如くしなやかにして獰猛。まずは顔に邪紋を表したヴァルカンの喉を鮮やかに切り裂く。すぐさま槍が来て、剣で弾く。さらに別の敵が間髪いれず斬りかかってくる。ハイエナが群れに単身飛び込んだ牝豹を仕留めようとするかのように、数を嵩に殺到する。だがツインソードはクラス忍の双剣特級。忍は体術に優れ、俊敏多彩な身ごなしを身上とするジョブだ。そして手数の多い双剣である。息つく間もなく襲い来る敵刃をものともせず、剣で弾き間隙に跳び、次々と敵を切り裂く。手数に勝る双剣だが、短い分一撃の威力は劣る。この乱戦においては敵を仕留めるのではなく、なるべく多くの相手に手傷を負わせ、敵全体の戦闘力を殺ぐ戦い方をしていた。
「ひとりで全部もってくつもりか」
ファズが跳び込んできた。
「アンタは伯爵様のお守でもしてたら」
「おまえだけに経験値稼がせてたまるか」
ファズはシールドソードだ。右手に剣を持ち、左手に盾を構える。いつもは直径二十センチ、大きめの皿程度の円盤だが、今は径を六七十センチにまで拡大している。ミスリル製精密咒鍛造の可変防具だ。さすがに盾の防御力は強い。剣や槍を造作もなく跳ね返す。だが、盾は防戦一方の防具ではない。堅さで押し出し、敵を圧して剣で切りつけるのだ。
サブリナにかき乱されたところにファズにも跳び込まれ、攻勢乱れた敵にレオンも当って来た。彼もファズと同じシールドソードで、若いかなかなか巧者の戦いぶりだ。
「ファルコはどうした」
レオンとファルコは同い年で、戦いのときは二人で組むことが多い。
「前、志摩さんの後ろで戦っている」
「志摩について行こうとしたら、命落とすよ」
サブリナの言葉に、
「それぐらいの分別はあるさ」
いいざま、ファズは切りかかって来た剣を盾で防いだ。
「ブラインド放つぞ」
カムランが叫ぶ。また別の一方にも敵の攻勢増してきて、ここはダオが郷士たちとともに、得意のバトルアックス片手に奮戦していた。カムランは敵に囲まれたと知るとすぐさま術構築に入った。魔道の術は、マユラの読んでいた冒険小説に書いてあったような、呪文一発で放てるものではなく、これを使うにはまず精神界と物質界の狭間の領域で術を組み立てねばならない。組み立てた術にエナジーを付与して放つのである。この間の作業を術構築という。術構築は電脳機の高速演算にもたとえられる作業だが、その感覚は魔道師にしか分からない翻訳不能のものである。術構築をするときには、敵味方の配置や状況を考慮する必要がある。敵味方に関係なく、術を被ればその影響を受けるからだ。カムランはブラインドの術構築をした。電撃系の攻撃魔道も使えたが、それは術構築に時間がかかり、状況は差し迫っていて、早くになにか足しになるものを放つ必要があったのだ。ブラインドといっても、敵の視界を奪い去るような強力なものではなく、視界を陰らせる程度で有効時間も一分に満たない。なので、あまり遠くの敵に仕掛けると無駄になり、近すぎると味方も被る。難しいところだ。
「ブラインド来るぞー」
ウィルが報せ、上空を波動が渡り、ブラインドの術効果が敵に掛かる。敵の勢いが滞った。視界の暗くなってうろたえる中にダオと郷士たちが切りこんだ。術はうまい具合に敵の前列に掛かり、味方は被っていない。効果は長続きするものではないが、不意に喰らってうろたえた敵に勇士たちのぶち当たって勢いを盛り返す。
志摩をはじめとするチームのメンバーの奮闘に、伯爵の家来や郷士たちも捨て身の戦いをみせ、数で倍する賊徒どもの簡単に圧倒できる状況ではなくなっていた。しかしまた、志摩たち討伐軍も状況を覆して優勢に転じたともいえず、戦場は命運を争って、いよいよ酸鼻苛烈となりまさるのであった。
「ここよ」
エレナはいったが、案内されてきたのはただの野原で、人の背丈ほどの高さの丘陵のあるほかに、目につくものとてなかった。
「なにもないじゃない」
「そこ」
エレナが指差す小さな丘をよく見れば、草に覆われた中に扉のようなものが見える。石作りの御堂のようだ。それが長い年月のうちに土砂に埋まり、そこにぼうぼうと草の生えて、一見しただけでは地形の隆起したようにしか見えぬのである。
「弟と遊んでいて偶然見つけたの。見つけたときはもっと埋まっていて、おとぎ話に出てくる穴掘り小人の家かと思ったわ。それで、家からスコップ持ってきて二人して掘り出したら、小さなお堂だったのよ」
そのときの興奮の蘇るように、目を輝かせて話すエレナに対し、マユラはがっかりした顔だった。てっきりどこかの蔵の中に、宝剣として重々しくしまわれているようなシチュエーションを想像していたが、目の前にあるのは土に埋まった石の御堂で、扉は片方がはずれ、中を覗くと泥まみれでアナグマの巣穴のようだ。こんなところに剣のしまい込まれているとは到底思えなかった。
「なんなのここ」
落胆ありありのマユラに、
「がっかりした顔ね。だけどここがなにか知れば、マユラもきっと興味を抱くはずよ」
エレナは自信たっぷりに前置きして話し始めた。
「ここがなんなのかお父さんに聞いたけど、お父さんも知らなくて、他の大人たちも誰一人、こんなところにお堂があったことすら知っていなかったの。それで執事のモートンさんに聞いたら、モートンさんはお館の書庫から、この地域の歴史の書いてある本を出して調べてくれたの。その本によると、何百年も前、このあたりにはグンジ―ウィダムという恐ろしい鬼が住んでいたそうよ。ウィダムは町や村を襲っては人を食べ家々を壊し、乱暴狼藉をほしいままにしていたわ。多くの腕に覚えのある勇士たちが鬼を退治しようとしたけど、ウィダムはとても強く、みんな殺されて餌食となったの。以来グンジ―ウィダムの名を聞いただけで、大人たちも幼子のように震えあがったそうよ。ある日、ぼろぼろの身なりの、ひどく年をとった剣士がやってきたの。その人は大陸中をあてもなく旅するさすらい人で、たまたまこの地を通りがかり、そして人々からウィダムの話しを聞いたの。老剣士はウィダムを退治するといってその棲みかをたずねたわ。人々は、どうせタダメシにありつこうという魂胆のでまかせと思い相手にしなかった。だけど老剣士は本気だった。そうと知ると人々は止めたわ。だって名のある勇者や剣士たちが挑んで、みんなあっけなく殺されたのよ。乞食のようなみなりの年寄りが勝てるわけないもの。けれど老剣士は、自分が食われたら、そのぶん誰かが食べられずに済むし、ずいぶんと業の深い生き方をしてきたから、食われたらあまたの人々の怨念の毒に当って、鬼が腹を壊すかもしれない。そんなことを言って鬼の棲みかへと歩いていったの。人々は、とにかく事の顛末を見届けようと、老剣士のあとについていって、遠くから成り行きを見守ることにしたの。鬼の棲みかにたどりついた老剣士の前に、ウィダムは現れた。身の丈は二メートルを超え、赤銅色の肌に目は三つ、大きな薙刀を手にして、ドラゴンだって打倒しそうな雰囲気だった。だけどウィダムは老剣士をまえにして、彫像のように固まったの。これまで、名のある武芸者たちを草木をへし折るように造作もなく倒してきたウィダムが、ぼろぼろの老人を前に、容易ならぬ強敵と出会ったかのように、まじろぎもせずに身構えたの。予想外の展開だったけど、はたから見れば虎に老いぼれ犬の挑むようなもの。事が始まれば老剣士は一瞬にして撃ち倒されると、見物の人々は皆そう思っていたわ。ウィダムがいきなり切りかかり、その岩をも断つ薙刀の一撃を、なんと、老剣士の抜きざまの剣が弾き返したの。老剣士は陽炎のような気をまとい、鬼神と精霊の打ち合うような凄まじい剣撃の始まったの。それはまばたきするのも惜しいほどの、一瞬たりとも見逃せない、激しくも見ごたえのある戦いだったそうよ。両者剣光に命を託して生死を争うこと一時間あまり、ついに老剣士の剣がウィダムの頭を断ち割ったわ。ウィダムは断末の叫びをあげながら走り、十キロも離れた場所で息絶えていたそうよ。戦いに勝った老剣士も精魂使い果たし、立ち上がることができなかったわ。人々は老剣士を近くの村に運び、医者にみせて看病に努めたけど、老剣士は日に日に衰弱していって、誰の目にも死期の近いのは明らかとなったわ。それで人々は、立派な墓を建てて、ウィダムを倒した武功を顕彰したいから、名前を教えてくださいといったの。けれど老剣士は名乗らなかった。自分はとても罪深い人間で、いままで積み重ねた罪業は、今回のことをもってしても千分の一も償えるものではない。墓を建てるに値しないものだから、死んだら火葬にして、遺灰は野辺に撒いてほしい。そう言い残して老剣士は死んだの。それで人々は、故人の言葉の通りにしたのだけれど、なんらかの形で老剣士の功績を讃えたかったの、それで小さなお堂を作って、そこに遺品の鬼切りの剣を祭ったの。だけど名前もわからない人だから、時の経つうちに忘れられて、この土地に育った父さんも、グンジーウィダムのことなんておとぎ話ぐらいにしか思ってなくて、老剣士が退治したことや、剣を祭ったお堂のことも知らなかったわ」
エレナが話し終えてしばしの後、
「剣聖にちがいない」
マユラは興奮気味の声で断言した。
「剣聖って」
「ソードマスターよりもっと格上の、剣の超超達人さ」
もともとこういう剣豪話しは大好きの上に、語ってくれたのがエレナだったから、マユラには極上のひと時だった。頭の中に老剣士の風貌や、ウィダムの姿を思い描いて、すっかりはまりこんでいた。
「名前は名乗らなかったけど、きっと大陸にその名の知られた名人だったにちがいないぜ」
「古い記録に記されているだけで、どこまでが真実かわからないわよ」
自分が話しておきながら、エレナはマユラの熱を帯びたようなのめり込みにかえって困惑して、水を差すようにいった。
「全部本当のことさ。わざわざウソなんて書き残さないよ」
狂信的な一途さでエレナの言葉も受け付けず、
「で、剣はどこ」
目を輝かせてたずねる。
「お堂の中」
「取り出さなかったの」
「たたりとかあると怖いから」
「剣聖の愛剣にたたりなんてないさ」
マユラはお堂の中を覗きこんだ。確かに奥のほうに、剣のようなものが半ば泥に埋もれて見える。
「あっ、あった」
入りこもうとするマユラに、
「泥だらけになるわよ」
エレナは声をかけたが、
「かまうものか」
マユラは骨のありかを嗅ぎつけた犬みたいに、半分扉のない入り口からしゃにむに身をねじ込み、穴倉のようなお堂に入っていった。しばらくすると泥だらけになって這い出てきて、その手は泥にまみれた剣をしっかり掴んでいた。
「鬼退治の剣だぜ」
マユラは泥まみれの剣を、陽光のもとでしみじみと眺める。長さは少年のマユラの身には余るほどであり、大人の体格でも少し長めかもしれない。反りのある外観は志摩の持つ刀と同じだ。剣ではなくて刀、ということは、剣聖はサムライだったのかもしれない。そう思うと、よりいっそう興味をひかれる。軽く叩いて泥を落とす。長い間土の中にあっただけに全体に黒ずみ、もとの色が分からないぐらいに変色しているが、拵えそのものは、それほど朽ちていない。鞘の一部はぼろぼろになっているが、鐔などの金具は錆びてはいるがしっかりしている。柄の革巻きはさすがにグズグズになっていて、そいつを握って抜くと、鞘の中にざらざらした感触があった。現れたのは全体灰色にくすみ、あちこちに赤黒い錆びの浮いた刀身だった。姿そのものは幅広に反りのある、大切っ先の豪刀だったが、わら束切るにも骨の折れそうな有り様だった。
「錆びだらけだね。長い間土の中にあったから当然だけど」
「ウチに砥石あるわよ」
「貸してよ」
「いいわよ。だけど、剣の錆びを落とすまえに、あなたの泥をおとさなけりゃね。来て」
マユラは濡れた頭をタオルで拭いて鏡に向かう。エレナの家の風呂を借りて泥だらけの体を洗った。やっぱり体を洗ってきれいにするのは気持ちいい。服はマユラが風呂に入っている間にエレナが洗濯してくれて、弟の服を着替えに出してくれた。三つ年下のはずだが、綿のシャツとジーパンはぴったりだった。まあ、成長を見込んで少し大きめのを着せるんだよね、などと思って済ます。
「きれいになったわね」
洗濯から戻ってきたエレナは、すっかり汚れを落としたマユラに、すがすがしげな笑顔をみせた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「刀は」
「庭に出しといたわ。泥だらけだもん」
「砥石貸してくれる」
「いいけどもうお昼よ。お父さんたちどこへ行ったのかしら。リックも帰ってこないし。もしかして神殿かしら」
「神殿て、あの年寄りの司祭様の」
「そうよ。ローラン司祭様のケルト神殿。うちの両親は信心深くて、暇なときにはよく神殿に出向いて、壊れた家具を直したり、戸棚を修繕したりして司祭様を手伝っているの。古い神殿だからあちこち傷んでいるのよ」
「キミは行かないの」
「私も以前は、いっしょに行ってたけど・・・・」
エレナは、らしくもなげに言葉を濁す。
「実は、僕も神殿に行かなけりゃならないんだ」
「どうして」
「亡くなった両親の供養に、師匠がお参りしてこいって」
「それは、お参りしなければならないわね。だったらいっしょに行きましょう」
二人は支度を整えてエレナの家を出た。マユラは錆びだらけの刀を腰に差して、ぐずぐずになった柄には、エレナからもらった布切れを巻いて握りやすくしている。大根だってスパっとゆけそうにない代物だが、腰に差していると木刀を手にしていたときよりずっと心強い。得るべきものを得た心地だった。
エレナは台所から焼きイモを持ってきてくれて、二人で歩きながら食べた。
「うまいね」
冷たくなっていたけど、甘くておいしかった。
「おやつに焼いといてくれるの。寒い日に食べる焼きたては格別のおいしさよ」
この陽気ではホカホカを食べたいとまでは思わないが、お昼も近く腹も減ってきていて、覚めたイモでもじゅうぶんうまかった。
「神殿には一度だけ行ったことがあるんだ。僕の暮していた町には神殿はなくて、人が死ぬと町はずれの墓地に埋葬して、それから馬車に乗って何時間もかけて、大きな町の神殿にお参りして、お祈りを捧げるんだ。だれかの葬式で行ったけど、重々しい雰囲気に息がつまりそうだったよ」
「神様をお祭りするところだから、おごそかでなくてはならないのよ。でも、エウレカの神様は人を幸せに導いてくれる神様だから、おごそかな中にも優しさが感じられるの。私は好きなんだけど」
「それなら、なんで行かなくなったの。さっき、そんなふうに言ってたけど」
「それは・・・・・」
エレナは自分でもわからないと首をかしげる
「いつからか、前と違った感じがしたの。どこがどう変わったのかうまく言えないけど、あまり行きたいと思わなくなったの。不信心かもしれないけど・・・・」
悩ましげなエレナだったが、信心なんてものをあまり意識したことのないマユラは、それには無頓着に、
「そういえば、グレッグさんも神殿に行っているはずだけど」
思いだしたようにいった。
「グレッグさんって?」
「チームの仲間さ。以前はとても強かったらしいけど、酒におぼれて今じゃお荷物扱いさ。でも、司祭様が特別な術を心得ているらしくて、もしかしたら治せるかもってことで、神殿に行くことになっているんだ」
「そうなの、治ったらいいわね」
「神殿まで、あとどれぐらい」
「あそこ」
神殿の建物は既に視界に入っていて、左右に石柱を立てただけの門の向うに、古ぼけた石造りの建物を目にしたとき、マユラは心が波立つような胸騒ぎを覚えた。
「僕の神殿嫌いも相当なもんだね。見ただけで怖じ気づいちゃったよ」
「とって食われりゃしないわよ」
何気なしに言ったエレナだったが、まさかその言葉が冗談に終わらぬものになろうとは、知るよしもなかったのである。
いかがでしたでしょうか。バトルシーンは、まだ、もうひと工夫もふた工夫も必要かとも考えていますが、今回は物語の展開上、詰めるところまではいきませんでした。さらなるスピード感と激しさのバトルシーンを作るつもりですので、乞うご期待。夢はアニメ化。




