バグの正体
――二週間後、村田の退院の日。
村田はこの日に合わせて〈レルムズ〉のオフ会を企画していた。
駅のホームに着くと、ルカはスマートフォンをジーンズのポケットにしまい、改札口を目指した。ここは渋谷。ルカは、服を買いによくこの街に来る。
ルカは大量の人の塊のうしろにつき、村田とレイジが到着するのを待った。
信号が変わった瞬間――向かい側のビル群の巨大スクリーンがパッ、と切り替わる。
《世界の謎を解け》
スクリーンだけではなかった。センター街のスピーカー、スマホ。全てが同じメッセージを発信していた。
《世界の謎を解け》
ルカは驚いた。ここまでできるのは……アレしかない。ルカはスマホのニュースアプリを開くと、そこにも同じ文句が表示されていることを確認した。
《世界の謎を解け》
――世界の謎を解け。〈レルムズ〉のクエストの内容と全く同じだ。そして、こんな大規模なことをできるのは……そう。《広告》の遺言しか考えられなかった。
ルカは混乱していた。何故〈レルムズ〉のイベント内容が《広告》される? 今までこんなことは一度もなかった。
数週間経っても未だにクリア者が現れない〈レルムズ〉のイベント。その《広告》が出されたことで、ルカはより一層の気持ち悪さを感じていた。あまりにも不可解すぎる。〈レルムズ〉が何故遺言の対象になるのだ。分からなかった。
おーい、ルカさん。
呼ばれた方向を見ると、村田とレイジがいた。どうやら別の場所で合流してから来たようだった。
ルカは二人に向かって手を振ると、そちらへ向かってタッタッと駆け出した。
「こんにちは、数カ月ぶりです」
「おーっす」
「やあやあやあ」
三人が挨拶をすると、さっきまで横の人混みに紛れていた男がニュッと入ってきた。
「こんにちは、スレイヤです」
スレイヤ氏は村田の居ない間に連絡係を務めるなどしてくれていて、ギルドに十分馴染んでいた。故に、いまさら特に親睦を深める必要はなかった。
そうして挨拶を済ませたメンバーは、足早にネットカフェへと向かった。
受付を済ませ、個室に入る四人。ふと、村田はレイジのサングラスが気になってこう言った。
「レイジさん、サングラス外さないんですか」
すると、レイジはこう答えた。
「ああ、これはPC用だからいいんだよ」
PC用サングラスをかけたまま外出するのもどうかと思ったが、村田は納得してこう言った。
「じゃあ、第二回ギルドオフ会を始めます――」
その時。
バンッ! と個室のドアが開いて、女性が飛び込んできた。手には――ゴツゴツした禍々しい形の銃。
「お前は……」
レイジはすかさずそう言った。コンビニで《殺害》の対象者を捕まえた執行官。間違いなかった。
「神咲レイナさんじゃないですか。ここで何をしているんですか」
スレイヤ氏はそう言った。ちなみにスレイヤ氏が執行官であるということは、スレイヤ氏が連絡役として村田の病状を説明する際に必要だったので、既に全員に説明してある。故に、同僚であるスレイヤ氏が神咲レイナの名前を知っているのは自明だった。
「お前こそここで何をしている」
「ネトゲのオフ会ですよ。私は今日フリーなので」
神咲レイナは、別に理由が聞きたかったわけではない、という風にスレイヤ氏を一瞥すると、銃をチャッ、とレイジの方に向けた。
「や、やめろ!」
「上からの指示で、貴方は、排除対象になっている」
「やめてくれ!! 俺は区役所まで行って確認したんだ。《殺害》の遺言状は出ていないそうじゃないか。お前だってそれは分かっているだろう!」
「マーカーが出ているだろう。見せてみろ」
そういうとレイジさんはサングラスを外し、目の周りの汗で蒼く光る刺青をさらけ出した。
「これのことか!! これだけのために俺をどうするんだ! 殺すのか!」
フッ、と女はため息をつくと、
「貴方は別に《殺害》の対象ではない。でもマーカーが出ている。不安分子は消せというのが上の意向よ。冬眠世界を保つために必要なの」
それまで黙って二人のやりとりを見ていた村田は、神咲レイナの口から突然よくわからないフレーズが出てきたのを聞き逃さなかった。
「『冬眠世界を保つ』だって? もしかしてお前は……」
「そうよ」
女は言った。
「私は貴方と同じ。第三先遣隊のメンバー。主にバグに繋がりそうな不安定な事象を排除する仕事をしている」
と、女は話に気を取られていたレイジに向き直すと、一気にトリガーを引いた。
「だから、不安分子は消す!」
時間がスローモーションで流れている。村田はそう感じていた。レイジさんを庇いたい。でも神咲と会話をするために前に出ていた村田は、ここからだと間に合わない――
「やめてぇっ!!」
パシュン。神咲が撃った弾が命中したのは、ルカさんだった。
「ぁ…………」
ルカさんは、何か言いたげな表情を浮かべたが、声を出すことはできなかった。ルカさんの身体は分子状に分解されると、後には何も残らなかった。
「馬鹿な女ね。不安分子を庇うなら一人一人消していく。それだけのこと」
そう言うと女は再びレイジに向き直って銃を構えた。
スレイア氏は……同じ仕事柄、あの銃の威力を知っているのだろう。微動だにせずにいた。
しかし村田は別のことを考えていた……「バグ」。バグについて〈現実世界〉の研究員が語った言葉を村田は思い出していた。
『原因は全くの不明。何が起こっているのかも不明。更に、そのバグ一つが占める余計な演算量がものすごく多い。』
神咲レイナの少々強引すぎる挙動、そして彼女が自分自身を第三先遣隊だと言ったこと。それと、バグの文章。バグは生死に関わる何か。そしてスレイア氏の言葉。人を殺すと再計算が必要。
間違いなかった。村田は急いでスマホを取り出すと、〈現実世界〉と通信するためのアプリを取り出して、こう打ち込んだ。
――バグは、○○。
瞬間、ネットカフェの個室の風景は一瞬にして消え去った。神咲レイナを含めた、ネカフェの個室にいる全ての人間の挙動がコマ落ちして行く。
村田の意識はブラックアウトし……気づいた時には冷凍ポッドがある白い部屋に戻っていた。
村田は、バグを見つけ出すことに成功していた。
* * *
《第三先遣隊・村田雪輝の調査レポート》
本調査の目的は、冬眠世界で起こっているバグの原因を突き止めることにある。突き止められたバグを元に、冬眠システムは再調整され、太陽の休眠開始までにシステムを完成させるのが第三先遣隊の役割だ。
冬眠世界では現代のテクノロジーが使えないために調査に苦労したが、バグを説明した文章が大いに解決の役に立ったため、ここに記載しておく。
『原因は全くの不明。何が起こっているのかも不明。更に、そのバグ一つが占める余計な演算量がものすごく多い。』
一つ目、『原因は全くの不明』なのは当たり前。バグの原因は不明なのが当然だからだ。
二つ目、『何が起こっているのかも不明』。これはバグの特質と言えた。普通に人が死ぬ場合とバグで人が死ぬ場合、それをシステムが区別するのは非常に難しいためだ。
三つ目、『バグ一つが占める余計な演算量がものすごく多い』。これはバグの正体を突き止めるのに重要なヒントとなった。
冬眠世界では、イレギュラーな要素で人が死ぬと、予報システムの再計算が必要になるため、演算量がかなり消費される。つまり、バグは人の生死に関わるものだとみてほぼ間違いがなかった。
そして、冬眠世界のネットカフェで起きた事件。第三先遣隊の神咲レイナが、マーカーの生じた個体「レイジ」を処分しようとした事件だ。
遺言の執行官である神咲レイナが、マーカーのついた人間の処分に固執するのは当然であると言えた。そして、それは他の執行官もそうだっただろう。現に、同室していた執行官の個体「スレイヤ」も、神咲の動きに特に反対意見を示すことはなかった。
以上を総括すると、バグの正体は「マーカー」である。
* * *
レポートを書き終わった村田雪輝は、仮想世界での調査を回想していた。
「仮想世界で排除されても肉体は冬眠しているだけなのだから、バグを見つけるのを最優先にして正解だったはずだ。あそこでレイジさんを庇っていたら俺も危なかった」
トントンッ。書類の束をまとめる。制服に着替えた村田は、上司のいるオフィスに向かう準備をしていた。
また新しいバグが見つかったのだ。第四先遣隊。村田は先の功績が認められてそれのリーダーに任命されていた。
村田雪輝の戦いは、まだ始まったばかりだった。
〈完〉




