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テキサスの竜巻

 うっ……。ここはどこだ。


 暗い。身体が動かない。


 殺風景な部屋。病院の病室のようだった。部屋の左奥にあるドアから廊下の光が漏れ出している。



「目が覚めたようですね」


 扉の横に立った誰かが、村田に向かって言った。ダメだ。朦朧としていて意識を保てない。


「何も心配はいらない。もう少し休んだ方がいいでしょう」


 お前は誰……だ……。その問いかけをする前に、村田はまた深い意識の底へと落ちて行った。


 数時間後。目を開けると何やら、病室内で黒いロングコートを着た人間が数人言い争いをしている。


「干渉者だぞ! このまま放っておいていいものか」


 すかさず、その中の一人の男が反論する。


「ただ事故に巻き込まれただけですよ。目撃者だっています」


「その目撃者が問題なんだ。人を庇ったそうじゃないか。運命に対する重大な干渉だ」


 集団の中の女がそう言った。凛とした瞳に長髪の女性。どうやら干渉者というのは村田のことらしかった。


「庇ったといっても、相手が『運命通り』事故に遭っていたとしても必ずしも死んでいたとは限りません。現に村田さんもこうして軽症で済んでいます。骨折が数箇所あるだけです」


 どうやら村田の怪我の程度はそういうことになっているらしかった。


「相手が必ずしも死んでいたとは限らないなら、同じく必ずしも生きていたとも限らないがな」


 別の男が、皮肉たっぷりにそう言った。


「う……」


 だんだんと意識がはっきりしてきた村田が小さくうめき声をあげる。それに気づいた黒服の連中は、チラっとこちらを見ると、回れ右をして足早に部屋を出て行った。細身の男を除いて。


「気が付きましたか」


 男は村田にそう言った。


「ああ……ここは病院だろう。俺は事故に遭った。そこまでは覚えているから説明はしなくていい」


 クスッ、と男が笑った。


「面白い人ですね」


「問題なのはあなたが誰かということだ。さっきの連中もお前の仲間なんですか」


 村田はぶっきらぼうにそう言った。冬眠早々、わけのわからないことに巻き込まれるのはたくさんだった。


「ああ、申し遅れました。私はこういうものです」


 男が差し出した名刺を見た村田は、驚嘆の声をあげた。


「遺言遂行特務班……!」


 すかさず男はこう反応した。


「安心してください。別に貴方を殺しに来たわけじゃありません」

「その割には、さっき生きてたからどうだとかいうようなことを議論していたように聞こえた、が……」


「当事者になったからには仕方がないので、全て説明します。よく聞いていてください」


 そう言うと男は、慣れた口ぶりで話し始めた。


「バタフライ・エフェクトというものを知っていますか」


「何だそれ」


 村田は文系大学生なので横文字にはとことん弱かった。


「ブラジルの蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を起こす。そう言われているような効果です。一言で言うと、日常における些細な変更が、巡り巡って巨大な効果をもたらすという理論です」


「なるほど……?」


 村田は続きを促した。


「この世界ももちろんバタフライ・エフェクトの影響下にあります。流石に蝶の羽ばたきで竜巻は起きませんが、飛行機の生み出す気流で気象は現実に変化しているのです」


 村田は別に蝶の羽ばたきについては興味がなかった。早く本質的なところが聞きたかった。


「バタフライ・エフェクトについては分かったから、それがどう俺に関係するのか教えてほしい」


 男は感心したように頷いてこう続けた。


「話が早いですね。端的に言うと、貴方は蝶です」


「蝶……? それはいくらなんでも省略しすぎなんじゃないですか」


 男は笑うと、


「あっはは、そうですね。もう少し詳しく説明すると、こうです。貴方は事故に遭いましたね。そして、その過程で一人の女性を救った」


 女性が轢かれそうだったので反射的に突き飛ばしたのは村田も覚えている。


「それがよくなかったんです」


「人を助けたのに『よくなかった』とはひどい言いようだな」


 村田は少々イラッとしてそう言った。


「しかし、現実に悪影響と呼べるものが出ているのですよ」


 男は言った。


「もし女性が運命通り轢かれていた場合。彼女は仕事に行けなくて休む。そうすると他の人が代わりに彼女の仕事をやることになる。そうしてその別の人が帰宅するのが数十分遅れる」


 仮定の話ですよ、と言って男は続けた。


「その人が帰宅するのが遅れると、その空白の数十分間、道路から車が一台消えることになる」


「たかだか車一台くらいの差で、何が変わるんですか」


「それが、変わるんですよ。この国は、政府が進めた情報改革のおかげで、高度なサジェストシステムが発達している。気象から日常生活まで、そして交通も例外ではない」


 村田が話について行けているのを確認した男は、話を続けた。


「しかしながら、この国の人口1億人分の全てのデータを瞬時にサジェストすることは不可能だ。だから、システムはあらかじめ一定期間分のデータを『予測』して保存している。高度なカオス理論によってね」


 結構難しい話だったが、ゲーム脳の村田はなんとか話についていけていた。


「つまり、人が他人の重大な運命に干渉すると、システムが予測した分の一定量のデータが使い物にならなくなる」


 男はそう言った。


「もちろん、些細な干渉は別に問題にはなりません。例えばコーヒーを買ったか買わなかったかなどはズレの範囲内です。しかし、下手をしたら生死に関係する行為は確実にシステムに影響を及ぼす」


「なるほど、それで俺が『干渉者』と呼ばれているわけだ」


 男は村田の飲み込みのよさに感心している様子を示しながら言った。


「使えなくなったサジェストデータは、当然再計算する必要があります。しかし、それにはもちろん時間がかかる。故に、再計算が完了するまで人々の端末には誤ったデータが表示され続けることになります。それがジャンクだと気づく人はほとんどおらず、人々はそれに頼って生活をすることになる。結果、色んな所で悪影響が出るんです」


 男の話を聞きながら、村田は思った。もしこの世界にバグがあるなら、人の生き死にに関することに間違いない。村田はそう確信した。そう考えると、全ての辻褄が合うのだ。


『原因は全くの不明。何が起こっているのかも不明。更に、そのバグ一つが占める余計な演算量がものすごく多い。』


 何が起こっているのか不明というのは、それが人の生死だからという理由で説明がつく。バグの影響下にある世界で、普通の生死とバグによる生死を区別することはほぼ不可能だ。そして、演算量が多いというのは、今の男の話で完璧に説明されていた。


 話題を少し変えるために、村田は質問をした。


「ところで聞きますが、何でそのシステムの問題を『遺言執行特務班』の貴方が担当しているんですか」


「いい質問ですね」


 男は言った。


「好き勝手に動く人間と違って、遺言は『固定された事象』。きちんと守らないと、システムに重大な障害が出ます。それ故にシステムの保守も、遺言の遂行とあわせて我々の仕事になっているのです」


「なるほど」


 村田は相槌を打つ。


「まあそんなわけで、話を戻しますと。管区内で一日に一件あるかないかくらいの自動車死亡事故。それになる可能性の高かった事故を阻止してしまった貴方は、非常にまずい状態になった」


 そう言うと男は左腕を前に持ってきて、何やらリストバンド型の携帯端末を操作し始めた。


 村田は聞いた。


「その端末は一体何なんですか?」


「ああ、これですか」


 男は答えた。


「なんてことはない、高機能なトランシーバー兼スマートフォンみたいなものですよ。公務員専用の」


「そんなものがあるんですね」


 男はまだ端末を操作している。ピッピッ。軽快な操作音が病室に響き渡る。しばらくして操作を終えたらしい男はこちらに向き直すと、こう言った。


「端的に申し上げて、かなりまずい状態です。あなたの処分が検討されています」


「処分だって!? それは、俺を殺すということですか」


 村田は驚きを隠せずにそう言った。殺されてしまっては、また〈現実世界〉に逆戻りだ。何回も連続して冬眠を行うのは流石に無理だ。


「そうです。システムの計算した運命に反抗した不安分子は排除するというのが、何年も前からの上の意向です。ちなみに先ほどの操作で端末の録音機は無効化しましたのでご安心を」


「録音機を無効化? 何故そんなことをする必要があるんですか」

「この話をするためですよ。誰を排除するかという話題は機密事項です。漏れてしまうと、対象者が逃げたり自暴自棄になる可能性がある」


 男はリストバンド型端末をひらひらとさせながらそう言った。


「しかし、なんだってそんなに好き勝手に人を排除することが可能なんだ……」


「数万人の人生への影響を考えると、小さきものから排除するというのが上の意向ですから」


「そんなの、おかしくないですか」


「まぁでも」


 男は意外なことを口にした。


「私が反対している限りは大丈夫です。執行官は六人。全員に拒否権がある」


 村田は驚いた表情でこう言った。


「どうしてそこまで俺を庇おうとするんですか」


「第一に、貴方が救った女性は公人などの重要人物ではなく、一般のOL。第二に、貴方が受けた損傷の規模。肋骨が折れた程度で済んでいる。これらを勘案すると、貴方が彼女を助けなくても大して結果は変わっていないだろうと思います。そういうことです」


「…………」


 確かにもっともな理由に聞こえる。よくわからないが、ここは感謝しておくべき場所なんだろう。そう思って村田が感謝の意を伝えると、男はドアの前まで移動してこう言った。


「少々早足でしたが、他の仕事があるので私は失礼します」


 そして、男は病室のドアに手を掛けて、意外な言葉を口にした。

「私が貴方を庇う第三の理由に、私の名前がある」


「名前なら、さっきもらった名刺に書かれてましたけど」


 男がニッコリと笑うのが、斜め後ろを向いた状態でもはっきりと確認できた。


「私の二つ目の名前は、スレイヤといいます」


 そう言って男は病室のドアを開けると、


「ギルドメンバーには私から説明しておきますよ」


 そうして男はフフッと笑うと、カツンカツンと足早に廊下を去っていった。


 あまりの偶然に、村田は笑いが堪えきれなかった。


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