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アフターサポート

「なあ」


 その日の「Dark Realms Online」で発せられたレイジの言葉は、いつになく弱々しいものだった。


「どうした? 掘るの飽きたか?」


 このゲームでは、領地を拡大する時に「掘削」という作業がある。レアな鉱石がドロップするので、ありがたいシステムではあるのだが、如何せん「掘削」だ。暇になるのは仕方がない。村田もそう思って返したのだった。


 ところが、レイジから返ってきたのは意外な反応。


「遺言の話なんだけど」


「遺言? レイジさんそんな爺さんだったのか」


「俺の遺言の話じゃねえよ!w」


「wwwwww」


 草しか返ってきていないが、今日は新入りのスレイア氏もログインしている。


「今さ、ルカちゃんいないだろ」


「今日はオフラインみたいですね」


 と、スレイア氏。


 村田は、何故ルカさんの事を気にするのかよく分からなかったが、レイジに話の続きを促した。


「俺さぁ、見ちゃったんだよね」


「見ちゃったって、幽霊とかですか」


「違う違う、遺言の執行現場」


 うっ、その話題は――。


 遺言の話題は、成立前から物凄くセンシティブなものとして扱われていた。というのも、当初から五箇条の中には沢山の問題があったからだ。


 例えば、《金銭》。これは、指定した者に百万円を給付できる条例だが、その財源をどうするのかというのが問題となった。対して政府は、被給付者を審査する上に、税金として幾らかを計上するという案で乗り切った。


 例えば、《消去》。これは、自分に関する情報を死後にインターネットから削除できる遺言。これについては、削除行為自体が政府による検閲に当たらないのか、などの意見が出た。しかしながら、数十年前から欧米諸国では〈忘れられる権利〉といって、事件・事故・犯罪に巻き込まれた人物が、自分に関連した情報が残り続けて社会的に困る事案を救済するべきだ、という概念が浸透していたおかげもあって、大きな問題にはならなかった。


 しかし、一番物議を醸したのが《殺害》の条項だ。これはもうとんでもない議論が巻き起こった。何しろ、どんな先進国でもこんな法律は前例がなかったからだ。


 個人の意志で人間を殺していいのかという倫理的な問題をはじめとして、暗殺に利用されるだとか、人を殺すために自殺する人間が出てくるだとか、議論は紛糾した。


 では何故《殺害》が通ったか。第一に、政府はこれに幾つかの厳しい条件を課した。


 ・公人は対象に選べない――国家運営に支障を来すため。

 ・《保護》されている人間も対象に選べない。

 ・故人が個人的に関係のあった人物に限る。

 ・全ての条件を勘案した上で、更に裁判員裁判によって厳正な審査が行われる。


 更に、《殺害》を合法化する過程で、次の条件が全ての条項に課されることとなった。


 ・故人が自殺した場合は、特殊遺言の一切を無効とする。


 また、積極的に賛成する意見として、次のようなものがあった。

 ・江戸時代以前には、仇討ちは合法だった。

 ・犯罪を犯した人間は、たとえ一切反省していなくても、刑期を満了すれば社会に復帰できる。そういう人間を被害者が罰する方法が無い。


 ――というわけで、成立に十年という長い月日が必要だったが、ついに《殺害》は遺言条例で合法化される運びとなった。裏に私刑擁護派の国会議員が居たという噂もあるが、これは蛇足だろう。


 まあ、それ故に、《殺害》の話は未だにセンシティブな物として扱われているのだ。


「遺言の執行現場を見たということは――」


 沈黙を破ったのはスレイヤ氏だった。


「『死神』を見たんですか」


「そりゃもう。バッチリ見ちまった」


「でも《殺害》って、その場で殺すわけではないんでしょう?」


「もちろんそんなことはなかった」


 レイジさんは続けた。


「だが、ソイツが抵抗したもんだから、スタンガンでやられてさ……むごいもんだった」


「それは大変な物を見てしまいましたね……」


「まったくだ」


 我々一同、心から同情するといった感じだった。


「しかしなあ」


 村田も特殊遺言条例には一家言あった。


「もし自分が《殺害》の対象者になったらどうするよ」


「そりゃあそんなの逃げようがないだろう。大人しく堪忍するんだな」


 レイジさんが即答する。執行現場なんて見てしまったらそう言いたくなるのも分かる。


「まぁでも、《殺害》の対象者になるってことは、それほど故人の恨みを買ったってことですから」


 スレイヤ氏がすかさず冷静な分析を入れてくる。


「自分の周囲の人間関係を良好に保っていればまあ心配はないんじゃないでしょうか」


「そりゃあだいぶ建設的な意見だ」


「確かにそうだ」


 俺とレイジさんは、スレイヤ氏の意見に揃って同調してしまった。


「しかし、自分が《殺害》の対象者になった時のことは、マジで考えたくないな」


 村田はそう呟くと、一言挨拶をしてからゲームからログアウトした。


 * * *


 レイジが《殺害》の執行に遭遇してから数日後。


 コンコンッ、と、ドアがノックされる音が、六畳1Rの部屋に響いた。


 普通はピンポンを使うはずなのに、わざわざノックする人種は……大体洗濯屋だ。おおかた、就職活動用に出していたスーツの洗濯が終わって返却に来たのだろう。


 レイジはそう思って軽快にドアを開けた。


 しかし、立っていたのは……長い黒髪にロングコート。昨日のコンビニバイトで遭遇した、遺言遂行特務班の女性だった。


「こんにちは」


「こっ、こんにち」


「《殺害》の現場に立ち会った人ね」


 女性は間髪入れずにそう言った。


「そうですが……」


「その後、どう」


 質問の意味がよく分からなかった。


「どう、と言われましても……」


「体調は悪く無いか、フラッシュバックはないか、不安感はないか、恐怖感はないか、などを聞いている」


 随分と高圧的な女性だった。凛とした眼、長い黒髪にロングコート。格好と言動は一致しているようなもんだが。


「いやあ、特にないです!」


 精一杯の作り笑いを浮かべてレイジはドアを閉めようとしたが、すかさず女性の手がグイっとそれを押し戻す。


「では、遺言周りで困ったことはないか」


 女性は言った。


「遺言で困ったこと……? 無いですね。死ぬにはまだ早い年齢ですし」


「もし何かあれば、ここに連絡をくれ」


 貰った名刺には、こう書かれていた。


〈内閣総理大臣付 遺言遂行特務班 神咲レイナ〉


「では、失礼する」


 そう言うと、女性は足早にレイジのアパートを去っていった。


「遺言遂行特務班が、ここまでアフターサポートが良いとは思わなかったな……。まぁ、別に何の問題もないからいい」


 レイジはそう言うと、流し台に向かった。


「最近眼鏡をコンタクトに変えてから、妙に頭が痛い。偏頭痛のような‥‥。また眼鏡に戻すかなぁ」


 コンタクトレンズを洗い終わったレイジは、PCの前に行くと、〈Dark Realms Online〉を起動した。


 * * *


 その日の〈レルムズ〉には久々に全員が集まっていた。


「クソッ、レイジさん右側の集団のほう壁頼む!」


「おうよ」


「わたし一人だと、やっぱ火力が足りないです。応援を呼びますか」


 《応援》というのはゲーム内アイテムで、CPUの味方を召喚することができるものだ。


 村田は答えた。


「いいや、やめておこう。資金の消費が激しいし、三日後にはイベントも控えている」


「私に案があります」


 しばらく黙々とモンスターを狩っていたスレイア氏が言った。


「右側で固まっている敵集団には、私のリフレクと村田さんのトリックスターの能力・混乱で同士討ちをさせましょう。リフレクの効果で攻撃が一部跳ね返されるので、攻撃が敵同士で反射し合って増幅されます」


「なるほど」


 村田は相槌を打つ。


「もちろん、それによるダメージはそこまで高くありません。問題はタゲの方です」


 タゲ。ターゲットの略で、敵モンスターの攻撃対象のことだ。


「リフレクと混乱が合わさることで、敵は常に『弱攻撃を受け続けている状態』になります。つまり、短いスパンで継続的にタゲを取られ続けるわけです」


「そうすれば、左側のモンスターに専念できるってわけだ」


 と、レイジさん。


 迷っている暇はなかった。


「よし、それで行こう!」


 かくして、この日の戦闘は大成功を収めたのだった。

 開拓先から自分の領地に戻った一同は、揃って大満足だった。


「いやあ、今日のはうまくいったな!」


「わたし、こんなにうまく開拓できたのは始めてです」


 と、ルカさんも続く。


「スレイア氏のおかげだよ」


 村田はそう言ったが、


「いえ、皆さんのおかげですよ」


 スレイア氏は自分は助言をしただけだと謙遜している。


「この調子だと、三日後のイベントも行けそうだな」


「そうやって甘く見ているから死にそうになるんだよw」


 レイジさんにはそう言われたが、後の二人は確かに手応えを感じていたようだった。


「でも、本当に行けそうですね」


「イベントは途中まででも報酬もらえますし、この調子であればそこまで心配することもないでしょう」


 問題はイベント内容だった。このゲームのイベントは、とにかく難しい物が多いのだ。内容的にも、意味的にも。


 内容というのは、ゲームシステム自体が難しいということ。例えば、いくつか前のイベントは「西と東を同時に開拓完了状態にする」という内容だった。これはつまり、片側をCPUのパーティに任せておいてその間にもう片側を開拓し、しばらくしたらそれを交代するというような高度なプレイが要求されていた。


 意味的に難しいというのは、イベントとして提示される文章のことだ。


《どの家にも4つある。1つめ、いつでもよく見える。2つめ、いつでもまっくら。3つめが1つめを支配し、2つめは4つめに支配される。1つめと4つめを支配せよ》


 こんな調子なのだ。村田はこのイベントの時は散々頭を捻らせた結果、1234がそれぞれ南・北・東・西だという所まではなんとか分かった。


 しかし、ゲームの攻略法が有志によって書かれているWikiを見ると、単純に1番と4番、つまり南と西を開拓すれば良いということでもなかったのだ。


 実際の攻略法は、以下のようだった。まず、1234の優先度を求める。これは文章から、3→1→4→2となる。太陽の動く順序だ。そして、「支配」という言葉が示す通り、同時に開拓する方角は必ず一方向とする。つまり、真南と南南西を開拓するのは大丈夫だが、真南と北東を開拓するのはダメというわけだ。そうしないと、フラグが立たないためだ。


 次のフェーズが味噌だ。単純に3→1→4→2の順に開拓すれば良いわけではない。一箇所の開拓が終わったら、そこで「殲滅」フェーズをしっかり行って、《支配の勾玉》というレアアイテムドロップを待たなければいけない。それでようやく、一つの方角の支配が完了したとみなされる。


 そんな感じで、イベントの文章は毎回プレイヤーの頭を悩ませる高度なものだった。


 村田は、過去のイベントに思いを馳せると、こう言った。


「まぁ、次のイベントが何になるかは全く想像が出来ないが、みんなで頑張って行こうな」


「おう」


「はーい」


「やってやりましょう」


 ギルドメンバーは実際の所、次のイベントへの期待であふれていた。何しろ、数週間に一度しか来ないイベントなのだ。楽しみでないはずがない。


 そのイベントが、終わりの始まりであるとも知らずに。

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