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遭遇

 ジリジリと照りつける太陽。


「しっかし蒸すな、東京の夏は」


 首にかけたタオルで額の汗を拭う。


「これが昨日のダンジョンくらい寒かったらな」


 自分で言っておきながら、言っていることが完全にゲーム廃人そのもので笑ってしまった。彼はレイジ。職業は……コンビニ店員、もといフリーター。


 ガラララ。


 自動ドアが開く。瞬間、冷たい空気がヒュンと顔の横を通過して行く。


「はざーっす」


 高度に発達したおはようございますは、はざーっすと区別がつかない。


「っざまーす」


「おっ、ずぃーっす」


 皆、思い思いの省略形で挨拶をして行く。


 レイジは「STAFF ONLY」と書かれた扉をくぐると、手早く制服に着替えた。ちょうど、レジが忙しそうだ。


 * * *


――ありがとうございましたー。


 そう言うとレイジは、しゃがんでカウンターの下の時計を見る。二〇時五二分。少し早いが、客もいないしもう上がっていいだろう。そう思った矢先。


 ズン。


 レジに重いものが積まれた音がした。


 帰ろうと思っていたので少し慌てたレイジは、ふっと顔を上げると、目の前の客を見てギョッとした。


「いらっしゃいま……っ!?」


 身長一八〇cmはある筋骨隆々とした大男。ゴツゴツとした輪郭に、太い眉。ボディガードやプロレスラーを想像させるようなガタイの良い男がそこに立っていた。


 しかし、レイジが驚いたのはそこではなかった。男の顔。そこに汗でギラギラと輝く蒼い刺青が入っていたのだ。顔半分を覆うほどに、巨大な刺青。


「にいちゃん、はようしてくれや」


「はっ、はい。すみません。只今」


 レイジは急いでレジに商品を打ち込む。しかしこの大量に積まれた雑誌は何に使うのだろう。そんなことを考えていたのも束の間。


「動くな」


 男の巨躯で完全に遮られていたが、気づくと後ろには、ロングコートを着た女性、右手には……射出式のスタンガンのようなものを構えている。


「チッ、クソッたれが! 俺は何もしてない! 何もしてないんだぞ!」


「お前の話は聞いていない。大人しく堪忍しなさい」


 そういって女は自分の長髪を上にかき上げる。チラッ、と見えた胸元には……大鎌のエンブレム。見間違うはずがない。内閣総理大臣直属、遺言遂行特務班の象徴だった。


「あんたには、〈殺害の遺言状〉が出ている」


 女は言い古したセリフのように、スラスラとそう言った。


「クソッ、何で俺に! 何で俺なんだよ!」


 大男はそう言ったかと思うと………レジに置いてあった雑誌をむんずと掴むと、振り向きざまに女目がけて横薙ぎにした。


 当たった……っと思ったその瞬間。さっきまで居た場所から半歩ほど下がった所にいた女は、やれやれとした表情を浮かべてこう言い放った。抵抗してもどうせ無駄なのに、と。


「グアアアアアァァァ!!!」


 スタンガンを胸に直撃された男は、断末魔の叫びを上げた後に地面に崩れ落ちた。もはや何も喋ることは出来ず、泡を吹いて痙攣している。


「回収班、お願い」


 女はリストバンド型のコミュニケーションデバイスに向かってそう言うと、こちらに向き直した。


「ごめんなさいね、ご迷惑をおかけしました」


「い、い、い、いえ、あの」


 あまりに激しい出来事に、レイジが何も言えずにいると、女はまた慣れた口調でこう言った。


「刑事事件とかと違って、現場保全とか、実況見分とかはないから。私がいて、ホシがいて、私がホシを捕まえた。その事実さえあればいい。つまり」


「つ、つまりなんでしょう」


 スッ、と、女は店の角に向かって指を指した。


「監視カメラの映像のコピーだけちょうだい。そうしたら私は帰るわ」


「分かりました、じゃあ、えっと……店長を呼びますので、三〇分ほどはかかるかと……」


「かまわないわ」


 女はそういうと、自分の携帯端末の操作に没頭し始めた。恐らく、色々な手続きがあるのだろう。何しろあの遺言遂行特務班のことだ。


 レイジはふと下にのびている大男の顔を見る。あの目立つ蒼い刺青が――じわりと揺れたと思うと、スッと消えてしまった。これが〈マーカー〉か。レイジは見るのが始めてだった。気持ちが悪い。一体どういう仕組みで動いているんだろう。軍事機密らしいので、我々一般庶民には知りようがないのだが。


 まったくこっちに興味を示さなくなった女を尻目に、レイジは従業員専用入口を通って電話機を探した。全てが個人のスマホで完結するこの時代に、何の機能もついていない電話機など緊急時しか使わないのだ。レイジは大量の備品をかきわける羽目になっていた。


 しばらくして、備品と書類の山の中からようやく電話機を見つけたレイジは、そこに貼り付けてある「店長」と書かれた番号に電話をかけはじめた。


 やれやれ、なんという日だ。レイジは、店長が電話に出るまで三回もため息をついていた。

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