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逃避

 「Dark Realms Online」――ダークレルムズオンライン。村田のPCの画面にはそう表示されていた。近未来を舞台にしたMMORPGで、国内最大級の規模を誇っているものだ。村田はそのゲームの中のグループ――ギルドと呼ばれる――の、リーダーを務めていた。


「すまん、遅れた。ミーティング始めようか」


「遅いっすよリーダーw」


「こりゃ次のイベントでリーダー交代でしょw」


 すかさず、待ちくたびれたメンバーから返信が来る。


「すまんすまん。ちょっと野暮用で」


 大学と家を往復する生活で、実際の所はヒマなんだが、ゲーム内ではゲームに忙しいフリをしないといけない。そうしないと本気でゲームをやっている面子に申し訳ないからだ。村田はこの一種の二重生活を演じる度に自分に嫌気が差していたが、最近はもはやどうでもよくなっていた。


「そういえば、掲示板に書いていたメンバー募集で一人新しい人が入ることになったので、呼んでみようか」


 村田はそう話を切り出した。チャットウィンドウを「ささやき」に切り替えると、掲示板に書いてあったIDを打ち込んだ。


「今からミーティングやりますけど、オンラインだったら返信ください」


 ピコン。


「行きます。ロビー招待ください」


 村田は一瞬で返答が帰ってきたのに少々驚きつつも、メンバーが集まるロビーへそのプレイヤーを招待した。


〈新しいプレイヤーが入場しました〉


「おっ」


「お」


 レスポンスが早いというのはいいことだ。村田はそう思った。チャット等のレスが早い人は、廃人である確率が高いし、ログイン率も高い傾向にあるからだ。


「じゃあ、改めてミーティングを始めます。まずは新しくメンバーが入ったので自己紹介から。俺はmura。一応このギルドのリーダーです。オフ会で『もしかして本名村田ですか?』って聞かれて本名バレしたので『村田』って呼ばれてます」


「ぶっはwww何回見ても面白いなその話www」


「ごめんなさい、わたしが余計な質問をしなければ……」


「いや、いいんだよw」


 村田はこの和気藹々とした感じの雰囲気がとても好みだった。


「じゃあ自己紹介、ルカさんから」


「攻撃と氷に極振りの魔法使いです。ルカといいます。よろしくお願いします」


 ルカさんは魔法使いだ。女性だが男キャラを使っている。理由は「強そうだから」だそうだ。


「じゃあレイジさん」


「あー、自己紹介って何すりゃいいんだ。とりあえずレイジです。壁やってます。クエストでは大体俺の後ろにいればおk」


 壁というのは、体力と装甲を大幅に強化したタイプのキャラクターのことだ。攻撃力が高い代わりに脆い魔法使いにとってなくてはならない存在である。


「ええと、初めまして。自分の番ですよね。スレイアと申します。職業はヒーラーです」


「ヒーラーか!」


「ヒーラーとは珍しいですね」


 そう、このゲームでヒーラーは珍しいのだ。そこも含めて今回スレイア氏がギルドに入ってくれたのには大きな価値がある。


 ヒーラーが珍しい理由。


 一つ、火力不足なこと。ヒーラーの攻撃は、通常の剣による物理攻撃と、相手の攻撃を反射する「リフレク」と呼ばれるスペルくらいしかないのだ。アンデッド系に対して攻撃力が二倍になる特殊スキルもあるが、このゲームでアンデッド系モンスターが出るのは三分の一程度のエリアだ。


 二つ、育成が難しいこと。火力不足なおかげで、ソロでレベルを上げるのは物凄く難しい。それに、壁がいるおかげで、低レベルなヒーラーによる中途半端な回復はパーティでもあまり意味を成さない。ただし、スレイア氏のヒーラーは、レベルも高く、きちんとしたスキル振りで、きちんとした装備が整ったヒーラーだったので、かなり希少価値が高いキャラクターであることは間違いなかった。

 ヒーラーが珍しい理由、その三。マップを開拓する時に不利なこと。これについては後述することにしよう。


 一呼吸おいて、村田は言った。


「掲示板に書き込んでくれた時点で俺が個人的にクエストに誘って行ってみたんだけど、かなりサポートがうまくていい感じだったので、どうぞよろしくお願いします」


「そんな、ハードル上げないでくださいよw」


 画面の前で苦笑する姿が見えるようだ。


 村田は、それから思い思いに雑談をする面々を眺めながら、次の開拓の戦略について思いを馳せていた。


 このゲームのシステム。単なるMMORPGのように、好きなエリアに行って敵を倒すだけではないのだ。主人公となるプレイヤーは、キャラクター作成時にまずどの王国に所属するかを選ぶ。そして、敵対している王国内の領地を徐々に侵略して行き、「ついでに」そのエリアにいる敵キャラやボスを倒すというシステムなのだ。


 新しく領地を開拓すると、自分の所属する王国から莫大な報酬が貰える。これはギルドの主たる収入源となる。対して、既に開拓している領地や、友好的な王国の領地でモンスターを狩ると、素材やレア武器が手に入る。ただし、これは開拓済みであることが前提だ。


 結論を言うと、このゲームは「開拓」と「殲滅」、この両方のバランスが非常に難しい高度なゲームというわけだ。なので、俺は最初にギルドを作る時、全体の動きをまとまるために少人数ギルドにすると決めたし、メンバー同士の交流を密にするように運用してきた。


 少々話が脱線したが、このゲームのシステムでもう一つ重要なものがある。それが「自動開拓」という機能だ。


 自動開拓エリアに指定されたエリアは、ギルドのプレイヤーキャラがログインしていない時間帯にコンピューター操作に切り替わり、コンピューターが戦闘を行って開拓してくれる。要するに忙しい現代人のためのお手軽開拓ってわけだ。もちろん普通の開拓よりキャラクターの能力は減軽されるのだが、それでも何もせず放置しておくよりは遥かに都合が良い。


 ただし、自動開拓で問題になってくるのがスレイヤ氏の使っているヒーラーだった。ヒーラーは単体での殲滅力が弱いので、自動開拓で開拓できる範囲がどうしても狭くなる、というわけだ。ただしこれは自動開拓での話で、通常のプレイでは問題にはならないのだが。


「よし、決めた。次は南を重点的に攻めよう」


 一呼吸おいて村田はそう言った。


「えっ、次は東じゃないのかよ。この前まで西優先だったから、ちょっと東が圧されてきてるじゃん?」


 レイジさんが言った。実のところ、この意見は至極当然なものなのだ。


「わたしも今回は東だと思ってました」


 ルカさんも同様だ。


 それを聞いた村田は、冷静に状況を分析し始める。


「確かにその通り、このゲームの仕様では、攻略している方角と正反対の方角がだんだん危うくなってくる。北西を攻略していたら南東、北東を攻略していたら南西というようにな」


 村田は続けた。


「でも、今回はちょっと違う。ヒーラーのスレイア氏が入った以上、南の暗黒エリアのアンデットモンスターに対してかなり有利になった」


 スレイア氏のアイコンの上にニコニコマークの吹き出しが出てピコピコ言っている。


「確かにそうですね」


 ルカさんが相槌を打つ。


「でもよぉ、南ってハイリスクハイリターンだろ? この少人数パーティで大丈夫なのか」


 脳筋のように見えてこういう鋭い指摘をしてくるのが、レイジさんである。


 だが、村田はここまで想定内。あらかじめ用意してあった回答を書き始めた。


「なので、自動開拓を南南西と南南東にセットしよう」


 と、スレイア氏が解説を入れてくれた。


「通常プレイでは真南の開拓に挑戦します。ただし自動開拓では、一番危ない真南からちょっと外した左右を開拓することで、通常プレイに戻った時のアドバンテージを狙うわけです」


「なるほど、あったまいいな!w」


「それなら納得です」


 二人の感触は良い感じだ。


「じゃあ、そういう感じで。今日は南を攻めよう。とりあえずミーティングは終わりだ」


 そうして僕らは各々、南へ向かう準備をし始めたのだった。

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