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【旧】さよかみ  作者: 一之瀬ゆん
不器用なエゴは舌先で弄ぶ ‐日常編‐
2/16

 びゅんびゅん風がふいていて、その冷たさに体を震わせた。


「さっむ……」


 12月にもなると、寒くて体が凍りそうだ。

 ひとつあくびを噛み殺し、耳にイヤホンを装着する。ズンチャカズンチャカ鳴りはじめたそれは、最近はやりの邦ロック。

 クラスの子たちが「めっちゃかっこいい!」と騒いでたっけ。


 英語が多くて、正直なにを言っているのかさっぱり聞き取れないあたりは、もはや邦ロックとは国籍だけのUKロックなんじゃなかろうかと思ってしまう。

 いや、ロックに詳しいわけじゃないから、よくわかんないんだけどさ。


 ふあ~と思いっきりあくびをして、鼻の穴をひろげる。あっ、と気づいて口元に手をやったが、鼻の穴は隠れなかった。

 乙女として、華の女子高生としてあるまじき姿! これでは鼻の女子高生だな。

 ちょっと上手いことを言った気になったけれど、声に出して言えなかったのがとても残念。


 茶色く染めたこの髪の毛は、すこしだけ傷んできた。年頃の女の子としては気にしておくべきだろう。

 髪切りに美容室に行かないとなぁ。

 ゴムでひとつくくりに結ばれた自身の前髪を思う。ぴょーんとアンテナのようにななめ前に向かって立ち上がっているこの前髪を、ちょんちょんと触る。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 電車が来る音がしたが、コイツは快速とかいう裏切り者なのでどうでもいい。田舎のホームってのは、人が少なくて良いんだけどね。快速が止まらないのはちょっと悲しい。

 そう思いながら、スマホをポケットから取り出し、人気のRPGゲームを開始した。暇なときのゲームは最高だ。


 そうしてすっかり熱中していたわたしは、後ろからの気配に気付かなかった。


「っ!?」


 バシーン! と、立場によっては聞き心地の良い音がホームに響いた。

 ついでに、その影響を最大限に受けたわたしの脳内にも、振動が響きわたる。

 なんだいったい、と考える間もなく「いってぇ!」と声をあげたわたしは、「おっはよー、せら!」という男の声を耳にした。


 ほう、犯人は貴様か。


 たたかれた自分の頭をさすりながら、ひょこっと顔を出してきたそいつを睨みつける。これ以上バカになったらどうしてくれるの。

 しかし、そんなわたしの様子に気が付いていないらしい――いや、気がついていてのガン無視か。「げんきー?」と何気ない様子で挨拶をかましてきた。


「今日、テストが返される日だな。一緒に地獄見ようぜ~!」

「1人で落ちてろ、むしろわたしが落としてやりたい」

「オレとせらちゃんの仲だもの、一緒に決まってるじゃん?」

「なにそれ嬉しくない」


 わははははと笑っているそいつ。無表情になるわたし。この温度差はなんだろうか。


 しかし、わたしは寛大な人間だ。


 暗示でたぎる怒りをなんとか押し殺したわたしは、怒りの対象・東雲宇宙しののめそらを睨みつけるだけに留めた。

 感謝しろ、宇宙。わたしはお前の目に、己の指を差しこむ予定だった。こう、シュッとな。シュッと。


「そんなせらちゃんにね、新情報!」

「まず謝ってほしい」

「ごめんにゃん」

「うっざ」

「あ、いまオレの心が折れたから謝って」

「ごめんにゃん」

「うわ、なんかごめん」

「は?」


 そんなやり取りをして、ぷっ、と笑いあう。いつもどおりの、さわがしい朝だ。


 宇宙そらとわたしは“幼馴染”という関係に分類される。

 お互い、イタズラ好きでやんちゃな性格をしているせいか、だれよりも気が合うと思っているし、だれよりも隣が心地良いと感じる。

 だから、宇宙といるのは気楽で良い。


 ぶっちゃけ、わたしが宇宙を恋愛対象としてすきだというのも否定できない事実だけれど、いまの関係でも十分満足なくらい、いつも一緒にいるようにおもう。


 宇宙の髪の毛は茶色く染められており、色はわたしよりもちょっとだけ濃い。同じく前髪をゴムでひとつに縛っており、ゴムはわたしが赤色、宇宙が青色。

 ちいさい頃から整った顔立ちというか、女の子みたいなかわいい顔をしていたけれど、今はそのやんちゃで明るい性格も相まってか、学校でも人気者だ。


 そんな宇宙を好きになったのはもうずいぶんと昔の話で、その理由やキッカケなんてものは思い出せなかったりする。

 けれど、すきだっていう想いだけは、ずーっとこの胸にあった。

 それが、恋愛感情だけじゃなくて、幼馴染として、大親友として、だいすきなんだっていうのも、わかってほしい。

 や、なんかはずかしいけど。


「でね、新情報なんだけど」

「うん」

「今日からもう1人部員が入るらしいよ!」


 おお、こんな時期によく部活に入ろうという気になったなぁ。

 なんたって、2学期はもう終わる。とは言え、こちらとしては大歓迎。本人は途中参加で不安かもしれないけれど、うちのサッカー部に彼をいじめたりするような奴はいないだろう。


 だから、たくさん構いたおしてやろう。

 ふっふっふ、と笑みを浮かべれば、「しかもね、せらちゃん」と、言いたくて言いたくて仕方がないとでもいうような弾んだ声が宇宙から出てくる。

 いつも以上にわくわくした口調の宇宙に、「なになに」とこちらも興味を隠しきれない様子で問いかけた。


「それが、すっげぇサッカー上手くて、すんげぇイケメンらしいよ!」

「……ほう、ほうほうほうほう、ほーう!」


 おもわずテンションが上がる。美少女とイケメンは人類の、いや世界の宝だよね。うんうん、と納得しながら、「下の名前なんて言うの!」と、立ったままの宇宙を見上げる。

 に、と笑みを浮かべた宇宙は、「カオルくん」とだけ言ってわたしの隣にドカっと座った。

 そうやって、なんの気構えもなしにわたしのとなりを選んでくれることが、ささやかな幸せなのである。その様子を横目で確認したわたしは、「カオルくんって、名前からしてさわやかイケメンじゃん」と呟き、手元のスマホに視線を戻した。


 ……え。


「ああああああっ!?」


 おもわず声を張り上げた。

 それに驚いたらしい宇宙が、目を見開いてこちらを振り向く。


「な、なに」


 どうしたの、という意味の“何”を投げかけてきた宇宙を無視し、どういうことだ、という意味の「な、なに!」をこぼす。


 わたしの視線の先には、ディスプレイ中の主人公、つまり自分の分身が、瀕死の状態に関わらずモンスターに遭遇してしまった様子が映っていた。

 ここはモンスターのレベルが高く、全快の状態でも戦闘は危機一髪になる。

 つまり、瀕死の状態で戦闘が始まるということは絶体絶命なのだ。

 ゲームオーバー。


「お前のせいで死にそうなんですけど!」

「泣いてやるから迷うな! ゆけ、せら!」


 なんとも失礼かつ腹立たしい言葉をかけてくれた幼馴染の足を蹴り、(いってぇぇぇえええ! という叫び声はこの際スルーだ)、わたしは電源ボタンを押してアプリを終了した。

 興が冷めた、とでも言っておこう。

 ふう、というため息と共に宇宙を見れば、彼はグッと伸びをしている。そのお腹をめがけて拳を作れば、気付いたらしい。素早く手を腹に置いて、彼はとっさにガードした。


 チッ、勘だけはむだに鋭いヤツめ。


「いいか、男ってのはな、宇宙」

「なんで語り始めたの、せらちゃん」

「越えねばならぬ壁があるのだ」

「いや待って、お前のパンチ食らったら、オレが越えちゃうの三途さんずの川だからね」

「それを乗り越えた先に、華やかな未来が待ってんだよ」

「華やかどころか、じいちゃんがお花畑で手ぇ振ってるだろうよ!」


 ぎゃーぎゃー言い始めた宇宙を「うるさい」と切り捨てる。ひでぇっ、と叫んだ彼はやっぱり無視の方向で、電車がくるというアナウンスを耳にした。

 ようやくか。段々近づいてくるその姿に、目を細める。

 知らせの機械音と音楽を聴きながら、目の前に止まった電車を確認した。ドアが開いて中の人が出たのを見届けて、わたしと宇宙もその場所に乗り込む。

 あたたかい風が一瞬のうちに身体を包み、寒さから解放されたことをうれしくおもった。


 車内は相も変わらずの過疎っぷり。何度も言うがさすが田舎と言える。とは言っても学生はたくさんいるので、座席が埋まるくらいには電車内も繁盛しているようだった。

 見慣れた景色を、ガラス越しに走り見る。雪とか積もるときれいなんだけどなぁ。まだ降りそうにない。


 地元の駅から3つ過ぎたとき、いよいよ都会に出てきてしまった。

 ここからは、ルージュを塗りたくりキツイ香水をまとったオバサンや、みっともないくらい過激な貧乏ゆすりに加齢臭を備えたオジサン。

 電車内で驚愕のビフォーアフターを遂げるお姉さまや、ドアに反射する自分の姿を必死に眺めて手直しするナルシストボーイなどがたくさん入りこんでくる。


 一気に端っこに追いやられたわたしは、あまりに押されすぎて息苦しさを感じ始めた。わたし、圧縮されてまーす。ヨガでもしているかのように体が不自然にななめにそれた。


「見て、バナナン」

「おもしろいからやめて」

さらに体を反らしたら、宇宙から止められてしまった。


 しばらくすると、また次の駅で人が大量に入りこむ。あと5駅も待つのは正直しんどい。けれど、我慢するしかないのだから必死に耐えた。

 嫌だなぁと顔をしかめていると、「せら、大丈夫か」と宇宙がわたしをかばうように立った。

 少しだけキュンとしたけれど、それを隠すように「ナメんな」と言っておく。


「なーに言ってんの」


 呆れた表情をした宇宙が、そう言って笑う。その声色がやさしくて、ガラにもなくちょっと気恥ずかしい気持ちになってしまった。

 くそ、わたしこんなキャラじゃないんだけど!

 赤く染まっただろう頬を見られたくなくて、自然とうつむき加減になる。実際に紅潮したかどうかは別にして、熱を持ったその場所が気になって仕方がなかった。


「ま、大丈夫ならいいけど」


 わたしをちょっと気にしながら、彼はそんなことをこぼす。軽い口調で言われたそれを耳にしながら、必死に足に力を入れて流されないように気を付けた。

 バカでお調子者でどうしようもないやつだけど、こんなふうにやさしいから周囲に好かれるのだろう。こんなにも良いヤツを幼馴染にもてたわたしは、しあわせものだとおもう。



 学校について、多くのクラスメートと挨拶を交わした。

 テストが返ってくる日ということもあってか、みんなすこしだけ落ちつきがない。


 わたしと宇宙は余裕の面持ちで席についているが、決してできたことへの自信の表れでない。赤点万歳なことへの自信の表れだ。

 どっやぁ、とドヤ顔をキメておきたいところであるが、正直欠点王と呼ばれる不名誉に泣きたい気持ちであることも事実である。

 その一方で、それがネタに上がることがちょっとだけうれしかったりもする。まぁほら、若気の至りとかいうものだよ、諸君。


 担任が教室に入ってきても収まらないざわつきは、「ホームルーム始めるぞー」という呼びかけによりやや消えつつあった。

 女子生徒は紺色のブレザー、赤チェックのプリーツスカート、赤いリボンを着用し、男子生徒は紺色のブレザー、灰色のスラックス、赤いネクタイを身につけているうちの学校は、そんなに偏差値が高いわけではないものの、基本的にイイコちゃんがそろっている。特別着崩されたような制服は見かけないし、こんなふうに言うこともちゃんと聞く。

 まぁ、今年の3年はとっても怖いって聞くし、実際に見るとめちゃくちゃこわかったけど、ああいうのはたまたまだとおもう。


 さて、わたしの前で机に突っ伏し、夢のなかへと旅立ってらっしゃる宇宙は、まるで死んだように動かない。

 教師の視線がゆっくりと宇宙を捉え、そのおでこに青筋を浮かべた。浮き上がったそれに、ちょっと噴き出しそうになる。


「柊、そいつ起こせ!」


 教師の言葉に「へいへーい」と返事をして、教科書を引き出しから抜いた。

 その瞬間、わたしたちに注目していたクラスメートが、サッと視線を逸らす。


 恒例行事なのだ。

 次にわたしがすることを、クラス全員が知っている。


 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら、「柊せら、いっきまーす」と言って、その教科書を持ち上げる。そして、


「おまちどー!」

宇宙の頭に勢いよく叩き当てたのだった。


「いってぇぇぇぇぇええええ!」


 ヤツの絶叫がクラス内に響きわたる。

 今日も良い仕事をしたなぁ。ふう、と大げさにため息を吐き、頭をさすり出した彼を生温かい目で見守る。


「なにすんの、せら! んでもって、指導者まるまるっ!」


 宇宙は、担任である丸田昇平(通称まるまる)とわたしを、交互に涙目で睨みつける。そんな彼にまるまるが「お前が寝るのが悪いんだろう」と言えば、そーだそーだ、と同意しておくことは忘れない、柊せら、16歳きゃぴ。


「やー、聞いて、まるまる」

なにやら言い始めた宇宙に、

「一応聞いてやる」

とまるまる。


「なんかさ、昨日宿題してたら遅くなっちゃって……」


 あはー、とゆっるい顔でわらった彼に、まるまるは

「お前が宿題出したら、次の日地球は滅亡だ。東雲、自分の破滅的な提出率を理解してんだろうな」

と呆れた表情で切り返した。


 そのとおりだ、と思ってうんうん頷いていれば、それに勢い良く宇宙が反論する。


「ひっでぇ! まるまるの髪の毛はすでに滅亡してんのに! まるまるこそ自分の破滅的な発毛率を理解し」

「お前、数学の成績1な」

「やん、ごめんまるまる許して。よっ男前! 大理石のような肌のすべすべ感には」

「おい待て、なんで俺の頭見てんだよ」

「脱毛……脱帽だぜ!」


 ぴき、と何かが切れる音がして、「あ、まるまる怒った」とだれかが漏らす。

 そのとおり、彼は激おこぷんぷんまるまるのようで(これは上手い)、黒板消しを手に持ち、そのまま宇宙に向かって投げてみせた。

 が、ひゅっと投げられたそれを、宇宙は軽々避けてみせる。そして、その黒板消しはそのまま直線上を進み――「ぶはっ!」わたしの顔面にぶち当たった。


「あ」

まるまるが声を漏らした。


 宇宙は、自身の背後から聞こえたボフンっという音と、悲鳴にはとても似付かないが、聞こえたわたしの声にゆっくりとこちらを振り向く。

 その瞬間、わたしの顔から黒板消しとやらが重力に従って落ちていった。


「あー……」


 ま、あれだ。日ごろの罰だな。

 そう言って鼻頭をかいたまるまる。ちなみに、わたしは無表情かつ、その顔にチョークの粉を浴びたまま停止している。

 ははーん、この化粧でわたしの顔が少しはマシになるかって?


 ……んなわけないでしょ。


 宇宙が自身の机を横へずらし、避難訓練さながら机の下にもぐりこんだ。さらに、わたしの直線上にいる他の生徒もそれにならう。

 前例があるわけでもないのに、やけに素早い判断だこと。冷静なわたしがそう感心した。


 机の上に落ちた黒板消しをそっと拾いあげた。そして、どことなく引きつった顔をしているまるまるに、にっこりと最上級の笑みを浮かべてみせる。

 顔を真っ青にさせた彼にわたしはとたんに笑顔を消して――黒板消しを振り上げ、彼に向かって剛速球を投げたのだった。


 サッカー部マネージャー柊せら、今だけ甲子園球児さながらピッチャーですわぁ!


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