名前は『華』
アイツがアップデートを勝手にしたという事実を知った次の日の朝。
僕はアイツと顔を合わせないようにするため昨日の残りが置いてあったが食べずに着替えて直ぐに大学へ向かった。
僕は大学までの道中、昨日のことばかりを考えてていた。
“僕に近づきたい”アイツは確かにそう言った。人間として扱って欲しいのか? 僕と会話をしたいとかそんなことじゃないだろう。
それに、アイツとの会話で思ったことは他にもある。それは口調が明らかに変化していたことだ。元々、滑らかに喋っていたが、今まではどんな内容も淡々と喋るだけだったのに、昨日の会話は感情がこもっていた。震えるような声なんて今まで聞いたことなんてなかった。
それから僕は去年の大型アップデートを詳しく調べる必要があると思った。
大学に着くと、直ぐに幼馴染の浅野未来が声をかけてきた。
「おはよう〜」
「ああ、おはよう」
「元気ない? なんかあった?」
「別に…」
何もないと答えようと思ったが、一つ聞いてみようと思った。未来は幼馴染で仲も悪くないし、下手に周りにバラしたりしないだろう。
「なあ、いきなりもっと近づきたいって、どんな気持ちで聞くもんなんだ」
「へ? 近づきたい? えー。それは異性? それとも同性?」
「一応、異性になるかな」
「そんなの決まってるよ。好きという気持ち。きっとラブだね。えっ! 蓮二、告白されたの?」
「違うよ。なんでそうなる」
コイツに聞いたのが間違えだった。詳しく言わなかった僕も悪いが、何故そんな答えになるんだ。それにアイツはアンドロイドで好意なんてそんな感情なんてあるわけないんだ。
僕は昨日のことを話した。未来はアンドロイドと契約していないから大した事がわかるとも思えないが誰かに言って少し、冷静になれた。
「へー。アンドロイドって見た目だけじゃなくて、内面もよく出来てるんだ」
「違うよ。内面とか心なんてどうやったって造れない。けど、どんな理屈であそこまで変わったのかは去年の大型アップデートを調べたらわかるはず」
「じゃあ、授業終わったらライブラリルームに行こうよ。私も気になるし」
そこで僕等は一度別れ、授業に向かった。未来は保育士を目指しているらしく、福祉学部に所属している。僕は特にやりたいことも無かったため、とりあえず大学に行っておきたいという理由で文学部に所属している。今日の授業は午前のみで未来とは昼にカフェテラスで待ち合わせた。
「お疲れ〜」
「ああ、飯は?」
「お弁当だよ」
「じゃあ、僕はカフェで買ってくるから」
「りょーかい」
僕はカフェでサンドイッチを注文し、二人でテラスの席に座り、さっさと食べ終えた。
「私、思ったんだけどさ。蓮二はライフロイドと仲良くなりたいというか、ヒトと喋ってるみたいなことをしたいって言ってたじゃない?」
「言ったよ」
「だったら、どんな理由であれ、普通の女性と喋っているみたいな今の状況は喜ぶことじゃないの?」
確かに僕はアイツともっと楽しい会話、ヒトと喋ってる会話がしたかった。だけど、突然いきなりあそこまで変わってしまっては動揺せずにはいられない。
「今更すぎるんだよ。確かにそう言ったけど、今さらになって普通の会話ができるか。アイツはアンドロイドで僕は人間なんだ。データから造られた笑顔も泣き顔も全部偽物だって思ったら喜べるわけない」
僕等はライブラリルームに到着し、直ぐに去年の大型アップデート内容のあるページを開いた。アップデート内容は内閣府のページにもあるがライブラリルームの方にわかりやすく保存されているため、わざわざ調べにきたのだ。
「多いね。こんなに更新されたんだ。全部読んだら結構時間かかるよ」
「それでも、読まなくちゃな」
内容は全部で十二項で多いが基本的な更新がほとんどで僕が今必要とする重要な更新は最初の三つ。そして、最後の項目の一つだ。
第一項…命令もしくは質問をする際、“アクティブ”と示す必要を無しとする。
第二項…アンドロイドの自立思考の更新。主人への質問、行動拒否を可能とする。
第三項…感情データの導入。
去年の大型アップデート内容は完全にアンドロイド側の為の更新内容だった。
「これって、本当にアップデートなのか? まるでアンドロイドを人間に近づけようとしてる内容じゃないか」
日本では他の国とは違い独自のルールがあり、人間とアンドロイドをしっかり区別してきた。日本にはアンドロイド達を機械だと理解させ、機械だと言う事実を忘れさせてしまう命令はしてはいけないというルールもあるのだから。
「ねえ、蓮二。最後の更新内容見て…」
第十二項…ライフロイドは契約満了後、全ての記憶データを廃棄すること。
記憶データなんてあるのか。つまり、今までのことは録画と同じ要領でアイツの視点から見える全ての記憶があり、それを消去するってことなのか。それくらいのことに未来は何を驚いているのだろう。確かに記憶データがあることは知らなかったが、データが消えることは僕にとってどうでもいい内容だ。
「確かに記憶データなんてあってもしょうがないし、プライバシーを守る為に必要だろ。今まで無かったことの方が不思議だ」
「違う。その下の注意事項とお知らせを見て…」
僕は未来に言われ、まだ見ていなかった更新項目の下に目をやった。
注意事項…第三項の感情データの導入だが、感情データは過去のデータや各個体が見てきた記憶データから新たに構築され喜怒哀楽の基本的な初期データのみを今回のアップデートで加える為、個体ごとに感情の現れ方に違いが現れる。感情は人間と違い、正しく感情を作り出せるかは保証できない。全ての感情が“勘違い”で出来上がる可能性も十分あり得る。つまり、今回のアップデートは試行テストも加えた内容となる為、絶対にアップデートしなければいけないわけではない。
お知らせ…今回のアップデート内容により、ロボット新原則にある第五項の内容は一時的に凍結する。第五項の内容とは“アンドロイドを機械だということを忘れさせる命令はしてはならない”である。
なんだ、この適当な内容は。これが国の決めたことなのか。感情データがどこまで正確なものができるかを国民と契約しているアンドロイドでやるなんてあっていいのか。
「そっか。だから最近ライフロイドについてのニュースとか討論番組が頻繁にやってたんだ」
「そんなの今までだってやってたろ。それにこんな重要な内容を契約者に直接話が無いなんてあり得ないだろ」
「でも、最近は前より討論番組増えてるよ。ねぇ、蓮二はあのアンドロイドの“契約者”なの?」
「当たり前だ。僕専属なんだから」
「そうじゃなくて。確かに専属は蓮二かもしれないけど、契約自体をしたのは誰なの?」
僕はハッとした。確かに契約したのは僕じゃない。アイツは僕が生まれた時からいたんだ。なら、契約しているのは親父たちしかいないじゃないか。
僕は一度、ライブラリルームから出て、親父に電話をした。
『もしもし、なんだ蓮二か。突然なんだ? 今、仕事中なんだが』
『アイツの契約者って親父か?』
『突然なんだ。アイツって華のことか? 当たり前だ、俺が契約したんだから。名前を付けたのは母さんだがな』
『去年のアップデートについてのお知らせとか国から届いてた?』
『ああ、届いてたぞ。でも、お前にアップデートするのかって聞いたらあと一年だからしないって』
やっぱり、親父は知っていたのか。でも、僕が必要としなかったから更新内容も僕に言わずにいたということか。確かに契約者は親父だったけど、親父は俺にアップデートするかどうか聞いてきた。僕はそれだけ聞いて。親父との電話を切った。
「契約者は親父だったよ。でも、更新しないって僕が言ったから内容を言わなかったらしい」
「じゃあ、蓮二が悪いんじゃない」
「確かに。でも、わからないことはまだあるよ。アイツが勝手に更新したことだ。感情データとかその辺のことはもうどうでもいい。あと、三週間もすれば忘れてくれるみたいだしな」
「でも、そんなことってアップデート前で有り得るの? アンドロイドが勝手にアップデートなんてどう考えてもバグかなにかだと思うけど」
そう。確かに今回のアップデート後にそういった行動を起こすのに構築された感情データによって可能とするならば分かる。けど、アップデート自体を自分の意志でやったというのは考えられないし、理解できなかった。
僕らはこれ以上大学にいても意味がないと思い、帰ることにした。家に帰る途中、未来に家に寄って行いかない? と聞かれたが遠慮した。僕は真っ直ぐに家に帰ることにした。アイツともう一度話して、何故アップデートできたのかを聞こうと思ったからだ。
正直、昨日あんな事があったばかりでどう話せばいいかわからない。しかも、今のアイツは感情データによって人間とそう変わらないまでになっているのだ。
今までの記憶などからつくられた感情なんて想像もつかない。でも、アイツは僕のことをどう思っていたのか、それは少し気になった。
「た、ただいま」
僕は恐る恐る、玄関のドアを開けた。
「おかえりなさい。蓮二さん」
まるで昨日のことがなかったかのようにアイツは僕に返事をした。その顔はとても優しくやわらかな笑顔だった。
アイツはいつものように僕から鞄を受け取ると僕の部屋に持っていこうとした。しかし、どうしたのか部屋の前で止まり、固まっていた。
「どうした?」
「あの、部屋に入っても大丈夫でしょうか?」
「いつも勝手にはいっているだろ」
「その、昨日とても怒られていたので」
感情があるからそんなことまで考えるのか。今までならそんなことをいちいち考えなかったのに。
「いや、いいよ。片付けてくれ」
「はい!」
アイツは少し嬉しそうに返事をして、部屋に入っていった。なんだか僕はやりづらかった。こんなやり取りを望んでいたのにやってみるとなんだか急に恥ずかしくなった。
僕がリビングで席に座っているとアイツが部屋から戻ってきた。アイツはすぐにキッチンに行き、僕の元へコーヒーを持ってきた。
「オマエも飲めよ」
「いいのですか」
「ああ、少し話そう」
アイツは自分のコーヒーを持って僕の隣に座った。なんで向かいとかじゃなくて隣なんだ。
「オマエ、本当に自分でアップデートしたのか」
「……」
アイツは黙り、下を向いた。これだとコイツがやったのかよくわからない。
「華……」
「ん? なんだ」
「華って呼んでください」
アイツは僕にそういった。
「華って呼んでいただけたら答えます」
「いや、なんだよ。いつも言っているだろ」
「いいえ、蓮二さんは昔は呼んでいただけたのに、いつからか私のことを『オマエ』としか呼んでもらってません。私たちは家族なんです。感情というものを知って、お母様とお父様は呼んでくれるのに、一番呼んでほしい人には名前で呼んでいただけないのはとても“悲しい”です」
悲しい。アイツのその感情は勘違いではないのか。
「オマエ……」
「華です」
「私の名前は『華』です」
きっとコレは勘違いなんかではない。アイツは華は僕に名前で呼ばれないことを前から悲しんでいたのかもしれない。感情を知ったのはつい最近かもしれないけどその想いはずっとドコカに隠していたのかもしれない。
少し間が空きますが速くあげられるようにがんばります。でもやっぱり難しいですね。一生懸命頑張ります!




