○○ちゃん
彼女と過ごした記憶を残したく書き記していきます。
酷く蒸し暑い昼下がりだった。
今では聞かれない、正午を告げるサイレンが鳴り響く。
近隣の家から漏れ聞こえる、正午のテレビ番組の音声。
エアコンもなく、扇風機か団扇で涼をとる様な時代。
アスファルトも敷設されていない住宅街の砂利道を、項垂れるように歩く5歳の私。
午後のアフタヌーンショーのテーマ曲が流れ聞こえる。
もうお昼だ。
家に帰らないと。
項垂れた顔をあげると、少し離れた砂利道に陽炎が浮かぶ。
その陽炎の中には、白いワンピースに白い日傘を差す少女。
・・・・・・・○○ちゃん?
暫く会っていない幼馴染の少女。
暑苦しい砂利道を、再び項垂れ歩き始める。
十数メートル歩き視線を少女に向けると、そこには誰もいなかった。
不思議に思い周囲を伺うも誰の気配もない。
ふと母親の声が聞こえる。どこにいってるの!と叫ぶ声が。
また怒鳴られる。
気が滅入って、再び頭を項垂れる私だった。
数日後、少女の家に母親と一緒に訪れた。
近所の子供や親も一緒に。
少女の家は近隣でも大きな旧家で、ゆうに百人は入れるほどの庭だった。
庭先の縁側より大きな広間に向かって、大勢の人が並んで家の中に入っていく。
皆。
黒い服を着ている。
少女の家族は、一様に沈んだ顔をしている。
中には泣いてる人もいる。
近くに並ぶ女の子は、先程からすすり泣いている。
何か悲しい状況なのだと、幼心に思っていた。
しかし不思議なもので、何を悲しんでいるのか理解できないでいる。
母親に尋ねる。
何を皆泣いているの?
何も知らないで来たの?
半ばあきれ顔で母親は私を見る。
知らない。
そう答えると、隣で聞いてたイズミちゃんのお母さんが答える。
○○ちゃんが亡くなったのよ?わかる?死んじゃったの。
そう言うと涙目になり、ハンカチで目頭を押さえる。
死んじゃったって?
もう○○ちゃんとは、会えないと言う事なのよ。
そう諭すように母親が、私の頭を撫でながら言う。
皆、不思議な事を言っている。
何故そんなことを言うのだろうか。
母親が広間の奥にある、沢山の花が並べられた祭壇に目を向ける。
つられて私も祭壇へ視線を移す。
中央に写真が飾られている。
○○ちゃんだ。
○○ちゃんだね。
私は呟く。
そうだね。可愛い笑顔で写っているね。
○○ちゃんの事を忘れない様に、あの笑顔を憶えておくんだよ。
そのやり取りを見ていた、少女の母親が近づいてきて私たち親子に言う。
ありがとうございます。
○○も凄く仲良くしてくれた悠君が来てくれた事を、本当に喜んでいると思います。
そう言って泣き崩れてしまった。
母親も貰い泣きとなり、二人で励まし合っている。
○○ちゃんは、そこにいるよ?
凄く笑顔で、そこにいるじゃないか。
大好きな○○ちゃんは、そこにいるじゃないか!
そう大きな声で私は言った。
周囲の目が、私に集まる。
大人達は、物悲しそうに言う。
そうだね。
そこにいるね。
優しい笑顔で眠っているね。
眠っている?
何を言っているの?
その壇の上に座って、笑顔でみんなを見ているじゃないか。
悠君。
○○ちゃんの声がする。
その方向を向くと、首を振りながら口元に一本指の仕草をする。
黙っていろって事かな?
母親に連れられて帰るまで、その場所では黙っていた。
その間○○ちゃんは、私に向かってニコニコしながら手を振っていた。




