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仮題  作者: 蒜禅
1/1

○○ちゃん

彼女と過ごした記憶を残したく書き記していきます。

 酷く蒸し暑い昼下がりだった。

 今では聞かれない、正午を告げるサイレンが鳴り響く。

 近隣の家から漏れ聞こえる、正午のテレビ番組の音声。

 エアコンもなく、扇風機か団扇で涼をとる様な時代。

 アスファルトも敷設されていない住宅街の砂利道を、項垂れるように歩く5歳の私。


 午後のアフタヌーンショーのテーマ曲が流れ聞こえる。

 もうお昼だ。

 家に帰らないと。

 項垂れた顔をあげると、少し離れた砂利道に陽炎が浮かぶ。

 その陽炎の中には、白いワンピースに白い日傘を差す少女。

 ・・・・・・・○○ちゃん?

 暫く会っていない幼馴染の少女。


 暑苦しい砂利道を、再び項垂れ歩き始める。

 十数メートル歩き視線を少女に向けると、そこには誰もいなかった。

 不思議に思い周囲を伺うも誰の気配もない。

 ふと母親の声が聞こえる。どこにいってるの!と叫ぶ声が。

 また怒鳴られる。

 気が滅入って、再び頭を項垂れる私だった。


 数日後、少女の家に母親と一緒に訪れた。

 近所の子供や親も一緒に。

 少女の家は近隣でも大きな旧家で、ゆうに百人は入れるほどの庭だった。

 庭先の縁側より大きな広間に向かって、大勢の人が並んで家の中に入っていく。

 皆。

 黒い服を着ている。


 少女の家族は、一様に沈んだ顔をしている。

 中には泣いてる人もいる。

 近くに並ぶ女の子は、先程からすすり泣いている。

 何か悲しい状況なのだと、幼心に思っていた。

 しかし不思議なもので、何を悲しんでいるのか理解できないでいる。


 母親に尋ねる。

 何を皆泣いているの?

 何も知らないで来たの?

 半ばあきれ顔で母親は私を見る。

 知らない。

 そう答えると、隣で聞いてたイズミちゃんのお母さんが答える。


 ○○ちゃんが亡くなったのよ?わかる?死んじゃったの。

 そう言うと涙目になり、ハンカチで目頭を押さえる。

 死んじゃったって?

 もう○○ちゃんとは、会えないと言う事なのよ。

 そう諭すように母親が、私の頭を撫でながら言う。


 皆、不思議な事を言っている。

 何故そんなことを言うのだろうか。

 母親が広間の奥にある、沢山の花が並べられた祭壇に目を向ける。

 つられて私も祭壇へ視線を移す。

 中央に写真が飾られている。

 ○○ちゃんだ。


 ○○ちゃんだね。

 私は呟く。

 そうだね。可愛い笑顔で写っているね。

 ○○ちゃんの事を忘れない様に、あの笑顔を憶えておくんだよ。


 そのやり取りを見ていた、少女の母親が近づいてきて私たち親子に言う。

 ありがとうございます。

 ○○も凄く仲良くしてくれた悠君が来てくれた事を、本当に喜んでいると思います。

 そう言って泣き崩れてしまった。

 母親も貰い泣きとなり、二人で励まし合っている。


 ○○ちゃんは、そこにいるよ?

 凄く笑顔で、そこにいるじゃないか。

 大好きな○○ちゃんは、そこにいるじゃないか!

 そう大きな声で私は言った。

 周囲の目が、私に集まる。


 大人達は、物悲しそうに言う。

 そうだね。

 そこにいるね。

 優しい笑顔で眠っているね。


 眠っている?

 何を言っているの?

 その壇の上に座って、笑顔でみんなを見ているじゃないか。


 悠君。

 ○○ちゃんの声がする。

 その方向を向くと、首を振りながら口元に一本指の仕草をする。

 黙っていろって事かな?

 母親に連れられて帰るまで、その場所では黙っていた。

 その間○○ちゃんは、私に向かってニコニコしながら手を振っていた。

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