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11.隙有り

「ミカボシ!」

「ミカどん!」

 雫とモコ助が駆け寄る。


「勝ったのね?」

「おうよ!」


 雫の問いかけに、長大な鉾、カカセヲをクルリクルリと回して、長い柄で地面を叩く。そして音を立て、カカセヲが姿を消した。

 銀の棒ピアスとなったカカセヲは、ミカボシの手で、耳へと収まる。


 ミカボシの長い髪が、短くなった。前髪が変な形にそろえられたいつもの髪型。


「ミカどん、真島は殺ったのか?」

 モコ助、前足をかがめ、真島に向かって警戒態勢を取っている。


「こうなってはもう終わりだ」

 折れて短くなった草薙剱を拾い上げるミカボシ。指で切断面をなぞっている。

  

「お兄ちゃん」

 これは真二郎。

 立ったままの真島の正面。正対して立つ真二郎の目が湿っぽい。


「悪いやつ……とは言わないよ、お兄ちゃん。お兄ちゃん、あなたは悲しい人だ。優しすぎたんだ」

 真島幸一郎と志鳥真二郎は、兄弟である。


「お父さん……」

 雫が何か言いかけて、やっぱりやめた。慰めていいのか、元気づければいいのか、そもそも、かける言葉が見つからない。モコ助においてもしかり。


 さすがのミカボシも空気を読めたのか、口を挟まないでいる。

 真二郎は、真島の顔にゆっくりと手を伸ばす。見開いたままの目を閉じてやりたいのだ。


 真島が動いた。


 三者に緊張が走る。

 しかし、それ以上、皆は動かなかった。


 真島は崩れ落ちた。

 トスンと膝をつき。壊れたマリオネットのようにグニャリと体を回転させながら――。


 目に黒目が戻っている。手から呪符が離れる。


「しまった!」

 完全に虚を突かれた。緊張と弛緩。再度緊張し、体を動かすのはなかなかできるものではない。


 ミカボシを除いて。


 雫を突き飛ばす。ミカボシが取ったこのワンアクションが命取りとなる。


 真島の呪符が黒い霧となりミカボシと雫の間を走り抜けた。

 ミカボシが右手の指を鳴らす。今度は上手く鳴った。

 呪符だった黒霧は、ミカボシの背後で小さな祠となり、扉を開いた。

 ミカボシの放った技は、真島の額を貫き、後方へと抜けていった。


 真島は倒れた。笑っている。笑った顔のまま、事切れた。

 

「ミカボシ!」

 突き飛ばされ、倒れ込んだ雫が叫ぶ。


「さよならだ、雫。オレにかけられた倭文神の呪いは生きている」

 ミカボシの背で黒い渦が巻く。光の粒が糸を引いて吸い込まれていく。


「うそ……なんで? 帰ってカップラーメン一緒に食べようよ!」

「たぶん、また未来へ飛ばされると思う」


「あたしも一緒に行く!」

 駆け寄る雫の鼻先に、折れた草薙剱を突きつけるミカボシ。

「次はお前の子孫にやっかいになるよ。……雫が子供を作れたらの話だが……その前に、男をひっかけられたらの話だが! けらけらけら!」    

 最後まで雫をからかうことに情熱を費やすミカボシ。既に闇の渦は、ミカボシの大半を飲み込んでいた。


 雫の目から、また涙が零れ出た。一粒一粒がとても大きな涙だった。


「ミカどん、オレも付き合うぜ」

 ミカボシの肩にモコ助が飛び乗った。


「モコ助、あなたまで……」

「嬢ちゃん。やっぱオイラは嬢ちゃんに顔向けできねぇ。さっき斬られて死んじまってりゃ大きな顔もできたんだろうが、余計なお節介焼いたヤツが邪魔してくれてそうもいかなくなった。もっとも、経立でもあるオイラとしちゃ、曲がりなりにも、仮にも神の側にいた方が過ごしやすブキュル!」

 モコ助の鼻頭に裏拳を放ち、長ゼリフを強制的に終了させミカボシだった。


「雫、おまえ泣くの下手な」

 ミカボシは草薙剱を放り投げ、背を向けた。それはあくまで闇の渦に正対するため。天の悪星・天津甕星は、敵と運命に背を向けぬ、ワケの解らぬ生き物であった。


「アディオス!」

 モコ助がウインクした。


 そして小さな祠の扉が閉まった。小さな音を立てて、祠が転がる。


 後に残された雫は――。


「泣くの下手って言われた……」

 涙を拳で拭った。

 なんか、腹が立ってきたのだ。

  

「バーカ。誰があんたのために泣くもんですか!」

 べーと舌を出す雫。


 それでも物足りず、転がっている祠を蹴り飛ばした。

 転々と転がっていく小さな祠。


 じーっと見つめる雫。

「雫」

 雫の横に父が立っていた。


「雫、こういうときは泣いていいんだ」

 無言で祠を見つめている二人。


 やがて、雫は歩き出す。


 小さな祠をもう一度蹴り飛ばせる位置に付ける。

 膝を折ってしゃがむ。

 小さな祠を乱暴に拾い上げ……。

 そして、愛しそうに、抱きしめて、頬ずりした。


 もう一度――。


「バーカ」

 雫は泣いていた。


 やがて、わんわんと大声をあげて泣き出したのだった。







 真島幸一郎は見た。


 ミカボシが放った何かが、頭を貫いた時だった。

 柔らかな光が目の前に広がっていた。

 光の中に誰かがいる。

 光が真島を包むまでに広がった。 

 真島を呼ぶ声がした。

 妻の恵子がいた。

 娘の美咲が、無邪気に笑いながらご飯をよそう。

 小さなリビングの大きなテーブルの上。豪華な料理が並んでいた。

 どれもこれも温かそうで、とても旨そうだ。なにせ、ヨメの恵子は料理が得意だからな!

 ……。

 そうだ、私は長い旅から帰ってきていたんだ。

 なんでこんな大事なことを私は忘れていたんだ?

 いそいそと自分の席に着く。そして、着飾った美咲に笑いかける。

 台所では、エプロン姿の恵子が笑顔で振り返った。

 おいおい、なんだよ、お父さんを見て笑うなよ。お父さんは帰ってくるのが遅れたんだよ!

 ううん、と二人は言って、お父さんに微笑みかける。

 暖かな光。暖かな家族。暖かい料理。

「恵子、美咲! 二人ともゴメンね!」

 真二郎は、家族にどうしても言いたかった言葉を、やっと伝える事ができた。

 そして、もう一度笑ったのだった。


別れがあるから出会いがある。

出会いがあるから別れがある。

さらばミカボシ。さらばモコ助。


次話最終回「終幕」

お楽しみに!

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