10.天の悪星
フツヌシに蹴られたモコ助は、狙い違わずミカボシだった黒い小塚にぶち当たって跳ねた。
鈍い音がして、黒いコゲが破片となって飛び散る。
下から現れたのは――。
「痛てぇ!」
ミカボシの日に焼けた顔であった。
ミカボシの日に焼けた顔。それは無傷。
バラバラと黒い破片をまき散らしながら、ミカボシが立ち上がる。
耳障りな音を立て、カカセヲがゆっくり回転しだした。
「ミカボシ……」
雫が泣き止んだ。目をくりっとさせている。
体に傷は無い。着ている服に、綻び一つ見当たらない。
ミカボシが復活した。いや、そもそも、ダメージは喰らっていないのか?
こうなってはフツヌシも雫にかまっていられない。真島の前衛に出るべく、踵を返す。
「てめぇか、メコ助!」
バックスイングもハゲシク、モコ助を蹴り返すミカボシ。もう一度、同じ軌道で放物線を描き、ワンバウンドの後、雫の膝元で落ち着いた。
「メコ助じゃなくて、モコ助な」
「モ、モコ助?」
「ミカどん、ちったぁオイラも、格好いいトコ見せさせてくれってんだよ。アレだろ、ミカどん、オイラの立場を陥れるためだったら、労を惜しまないのな」
いつもの長台詞。ヤレヤレといった顔で小鼻をもっふり開くモコ助である。
雫がモコ助を抱き上げる。アレだろうか? ミカボシは怪我を蹴って治せる能力の持ち主なのだろうか?
「雫、おまえ誰に泣かされた?」
ミカボシの言葉に怒気が含まれていた。
「天津甕星ッ! お前ッ、化け物かッ?」
「真島ぁー。てめぇー、雫に何をしたーぁ!」
ミカボシが獣のように吠えた。
雫を泣かせた本人が、真島に殺気だった目を向ける。
冷たい風が真島の脳髄を抜けていく。そんな気がした。
真島は失敗を犯した。無意識に後方へ跳んでいた。それはカカセヲの間合いにして、草薙剱の間合いの外。
「もういいだろう?」
ミカボシが顎に力を入れた声を出す。
体力を大きく減らした真島は、少しでも時間を稼ぎたかった。よってミカボシの話に合わせようとした。
「何がもういいと――」
「なあカカセヲ。いい加減、オレにも手伝わせろよ。でないと――」
ミカボシの目に狂気の光が灯る。
「ヘシ折るぞ!」
真島に向かって言ったのではない。ミカボシはカカセヲに向かって話をしているのだ。
何かをこらえているようなミカボシ。目が据わっていた。
金色の瞳が、暗く、揺れて、輝く。
カカセヲを両手持ちにしたミカボシ。目の前に掲げている。
「いいのかって聞いてんだよ、カカセヲっ!」
それに答えるようにカカセヲが動きを止めた。
「よーし、良い子だ!」
カカセヲをゆっくり右に振り、そのまま体の後方へおいやる。
ミカボシの後方で,カカセヲが音を立てて再稼働を始めた。
「そうか!」
「なによ?」
モコ助の独り言に、反応する雫である。
「嬢ちゃん、いままで戦っていたのはカカセヲただ一柱なんだ。ミカどんは戦いに全く手を出していない。だから、自分も戦いに参加させろって、カカセヲを脅した……、もとい、聞いたんだ! これでミカどん側は二柱。しかし、コンビネーションを考えれば、単純に二柱と計算しちゃいけねぇぜ!」
カカセヲは神。そのカカセヲを自在に振り回すミカボシもまた神。
「真島ぁーっ! これでもまだ三対二だ。まさか卑怯とは言わねぇだろうな?」
真島は気づいた。自分はゆっくりと、後退していたのだ。
「構えろよ、真島。陣を敷けよ、真島。何ビビってんだよ、真島? オレは一直線に突っ込むだけだぜ!」
真島は踏ん張り方を思い出したようだ。目に光が宿っている。
よく考えればこちらは三。相手は二。しかも直線攻撃だけの単純戦法。防御もせず正面から突っ込んでくる絵が見えている。
ならば!
先ほどの攻撃を収束させ、馬鹿の一つ覚えで突っ込んでくるミカボシへ、錐のように突き刺してやる。
「タケミカヅチ! フツヌシ!」
真島が手で合図する。二柱の神は、真島の前衛へ並ぶために飛んだ。
カカセヲの回転音が高音になっていく。刀身から、青白い稲妻が盛大に発生している。
「天津甕星っ!」
真島が叫ぶ。二柱と真島本人が力を溜めるための時間稼ぎだ。
「アマテラスは熱核融合の塊だ。ツクヨミは地球の破片が合わさった物体だ。天津甕星っ!」
そうだ、神に居場所はないのだ。
真島の気が高ぶっていく。力が最高潮まで上がっていく。
谷に木霊するのは両者の気の高まり。
「星の神であるキサマの正体は何だ!」
真島が仕掛けてきた。神々は滅びたと言っている。
ミカボシの星界への攻撃である。
「星々の正体はてめぇが知ってるだろう? 子供でも知ってることを言葉に出してみろよ!」
ミカボシの口が、笑いの形に吊り上がっていく。体のあちこちから、青白い炎を吹き出している。
「教えてやろう」
ミカボシの言葉に違和感を感じつつ、真島が口の端だけを上げて笑う。ミカボシを討ち取る準備が整ったのだ。
「星々の正体は太陽だ。あの小さな輝きの一つ一つは、核融合を主とした天体だ。太陽より大きい恒星など、それこそ数えきれぬほどある!」
「その通りだ。真島よ」
ミカボシは狼狽えない。むしろ力を増している。
「思い出せ真島。幼き頃習った事を。思い出せ、書物で仕入れただけの、触れたことのない知識を」
コロナ、フレア、太陽の内核温度、エトセトラ……。
そうだ、恒星とは地獄のようなエネルギーの塊。純然たる高々度なエネルギーそのもの。
あんなモノが突っ込んで来たら……。
あんな者達が一つに集まって人の形をとっていたら……。
真島の額に悪い方の汗が滲む。
「思い出せ、人々の常識を!」
太陽より熱い恒星。太陽より大きい恒星。大銀河。無限の数を誇る星々。
真島は知っている。現代科学を知っているからこそ、恒星の持つエネルギーを知っている。
知っているからこそミカボシを恐れる。
ミカボシが現代科学を屈服させていく!
「オレは星屑。オレは星辰。オレこそが天の悪神、アマツミカボシ様だ!」
ミカボシの全身から吹き出した青白い炎が、カカセヲに類焼した。
「ふ、ふざけるな! タケミカヅチ、フツヌシ! やるぞ!」
両軍神は既に準備を終えている。真島は草薙剱を大上段に構えた。
「行け! 草薙剱ッ!」
数百万度の高熱に匹敵する破壊力を真島が放つ。二柱の軍神がそれを増幅させる。この谷を焼いた光の弾だ。
巨大な彗星にも似た白色の弾頭が、ライフルを描いてミカボシへと放たれた。
「おもしれぇ!」
嬉々とした声を張り上げるミカボシ。同時に鋭くダッシュする。
カカセヲの鍔に相当する部分の四カ所が火を噴いた。回転が加速し、大気を巻き込んでプラズマの渦となす。
「ケラケラケラ!」
ミカボシは大口を開けて高笑していた。カカセヲを掲げ、白い彗星へ突っ込んでいく。
激突。
四散したのは彗星の方。
彗星を抉りながら、四方八方にエネルギーを巻き散らかしながら、真っ直ぐに突き進むミカボシ。
その速度は落ちることがない。
タケミカヅチとフツヌシに迫る。
「そーれ、天罰てきめん!」
二柱の軍神が、カカセヲに弾き飛ばされた。変な悲鳴を上げながらその姿が散り散りに千切れて、消えていく。
ミカボシが支えるカカセヲ。その鬼のように回転する切っ先が、真島の草薙剱とぶつかった。
腰を据えて持ちこたえる真島。さすが三種の神器唯一の武器、草薙剱。カカセヲと真っ向張り合っている!
「真島ぁーっ! 太陽、月、海、とくりゃ、星の神のいわくってのが、連想できるだろう!」
何かを思って、真島の顔が引き攣る。
「賢いお前のことだ。オレ様の、真の正体が想像できるだろう、っつってんだよぉ!」
とうとうミカボシが押し始めた。
「なんで悪神と決めつけられたオレ様が、記紀に載っているのか、なんで消さなかったのか。いや、消せなかったのか。その秘密をお前は見当付けている。そしてそれは正しい!」
カカセヲの放つ圧力が、真島を弾きだした。真島は押し負けている。
「憶えときな! これが星界への攻撃ってヤツだ」
真島の口から血が噴きだした。
「負けない! 私は負けない! 私はあの子らに……」
真島の執念。後退の速度がゆるむ。
冥界の門が音を立てて開いていく。
「天津甕星ぃ! お前の力はこの程度か? スサノヲの荒御魂に勝てる者などいないのだぁ!」
真島は、何が何でも冥界の門を開ける気だ。
ミカボシがゆっくりと口を開く。そして――。
「荒御魂、天津甕星」
ミカボシの唇から牙のような犬歯が伸びる。
体中から光を放ち、ミカボシが爆発した。
「ミカどんが荒御魂化した! あいつ、今まで和御魂のまままだったのか?」
モコ助が、眩しそうにミカボシを見ている。雫も目を開けていられない。
ミカボシの気迫が大気を振るわせ、人の耳を支配する。輝く光が、見ている者の視界を奪う。
ここから先は、人間である雫と真二郎の目と耳で感じることができない。経立であるモコ助の超感覚を持ってしても観ることができない。
光と音の中で、二神が激突した。
押し勝ったのはミカボシ。
真島の抵抗など、風の前の蝋燭の炎のごとし。
真島が放つ破壊の力を切り裂き、こじ開け、散り散りに弾き飛ばしながら、その本体に迫る。
「本来、オレ様を入れて四貴神だったんだよ!」
「それが、どうしたーっ!」
ミカボシが真島の肉体とすれ違う。
カカセヲが、真島の背後にそびえる冥界の門に突き刺さる。
冥界の門が、闇と砕けた。破片が渦を巻いて、異空間へと消えていく。
破壊的な音と光が止む。
「私は、負けぬ!」
草薙剱が三つに折れた。
真島の体から、緑の光が抜けていく。
「私は……ただ……」
つつっと、真島の額に赤い物が伝う。それを合図に、全身から血が吹き出した。
「会いたかった……」
真島は、まだ倒れない。
「二人に……だけ」
どこから取り出したのか、手に呪符を持っている。
それを振りかざし、一歩、二歩と足を動かし、三歩目で止まった。
目を白目に剥いたまま、仁王立ち。
そのまま、動く事はなかった。
戦闘終了を意識した心から隙は生まれる。
例え神と言えど。
次話「隙有り」
お楽しみに!




