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8.軍神

   

「大丈夫だ嬢ちゃん! これを見ろ」

 モコ助が前足で指すのは、天之桜折劔。青白く光っている。


 真二郎が雫の肩に手をかけた。

「雫、ミカどんは大丈夫だ。この剣が私の結界に力を出してくれている。という事は――」

 その先は爆音でかき消されてしまった。


 雫は音の発生源に視線を向けた。岩山の中央、上部四分の一が吹き飛ぶ音だった。


 爆発音に続いて、大小様々な岩石・礫が落下する音がやかましい。それら賑やかな音の後から、耳障りな金属音が聞こえだした。

 油の切れた金属同士が擦れる、そんな歪で甲高い音だ。


 爆破の済んだ山頂部、その一カ所に、土煙が漏斗状に渦を巻いていた。

 渦の中心に何か尖ったものが現れた。

 そいつは回転していたのだ。激しく回転するそれは、派手に破片を撒き散らしつつ、全貌を露わにした。


 カカセヲが回転していた。ミカボシはカカセヲをドリルとして岩山に穴を穿ち、窮地を脱出したのだ。


「ミカボシ!」

 雫が歓喜の声を上げる。


「嬢ちゃん、いちいち反応してたら身が持たないぜ」

 ヤレヤレと肩をすくめるモコ助。この台詞は雫に向けられたものではない。正直言って、今回は駄目だと思っていた。


「てめぇ、この程度でオレをどうにかできると思ってんじゃねぇだろうな!」

 渦を巻き、回転するカカセヲを真島に向け突き出すミカボシ。


 カカセヲの全長が倍になっていた。胴回りは二回りできかない。

 青白い輝きはそのまま。本体だけが怒ったように赤く変色していた。

 

「カカセヲさんが本気で怒ったみたいだぜ!」

 ミカボシの姿が消えた。

「速い!」

 モコ助の視線は、頂上から真島へと移っている。


 一拍後、真島の眼前に現れたミカボシは、カカセヲを掲げた格好で、真島へ一直線に突っ込んでいた。


「ガッ!」

 獣のような声を上げ、真島が体を捻る。

 真島の脇腹のすぐ側でミカボシとすれ違う。真島に体に触れてはいない。


 だが、そこに赤い霧が舞っている。真島の脇腹から薄皮一枚が削がれたのだ。

 ミカボシは、そのまま後方の岩塊へカカセヲごと突っ込んでいく。後方も防御も全く考えていない直線的な動き。


「甕星! お前の全力はそんなものか!」

 吠えた真島が姿を消した。


 ミカボシと真島の間の空間に、ギザギザの稲妻が走る。ソニックブームによる破壊が軌道に追いつく前に、がら空きになったミカボシの背後を襲う真島。


 モコ助が見て、ミカボシは完全に真島に取られていた。ハズであった。

 渾身の力がこっもった草薙剱が振られた。


 ミカボシはもうそこにいない。

 カカセヲはさらに前進していた。


 カカセヲでオロチだった巨石に穴を穿ち、力ずくで石の反対側へ抜けていた。巨石の向こう側で、既に体を入れ替えている。


 突如、オロチだった巨石が粉砕した。


 ミカボシのカカセヲと、真島の草薙剱が巨石の中央部で激突したのだ。


 相変わらず危ない笑みを顔中に浮かべているミカボシ。汗をにじませながらも、呼吸が整っていく真島。

 回転するカカセヲの切っ先を馬上の騎士よろしく突きだしているミカボシ。草薙剱の鍔元で馬鹿みたいなパワーを押し返している真島。


 接触点が激しくスパークする中、双方共、譲らない。後に引かない。


 遠くから見ている者は、気が気でならない。

「二人とも、実力が拮抗しているわ。このままじゃ、共倒れの可能性も……」

「いや、その可能性は低いと思うぜ」


 モコ助の批評を雫はどう取っていいのか理解できなかった。

「良い意味で取ってくれ、嬢ちゃん。この勝負、ミカどんが押し勝つぜ!」

 

 いい話なら理由を聞きたいのが人の情。雫はモコ助に話の続きを促した。

「見なよ、真島は息を乱している。呼吸を無理矢理整えている。おそらく社の違いだ。ミカどんは特別に作った体を持っている。真島は、怪我が治ったと仮定しても、普通の人間だ。ミカどんに比べ、体力、持久力に差が出て当然。先にバテるのは真島の方だ。現に真島は短期決戦を目指して、最初から飛ばしている。長期戦に持ち込めば、ミカどんの勝ちだ!」


 なるほど。雫は理解した。

 同時に、嫌な事も思いついた。


「ミカボシが真島の手に乗らなければ、の話よね?」

「……。イカーン!」


 体力の消耗を招く力比べを嫌った真島は、ミカボシより間合いを取った。

「一気に決着を付けるぞ! 甕星!」

「望むところだ! 来い、真島!」

 真島の土俵で相撲を取るミカボシである。


「カグツチの子たる軍神よ!」

 剣を振り回しながら、真島は召還の祝詞を唱えた。

 

 真島を守るようにして、ミカボシとの間にエメラルドグリーンの炎が二つ現れた。炎は見る間に人の形になっていく。

 一つは、逆しまに立てた剣の上に座して。もう一つは幅広で長大な剣を手にした姿で。


「タケミカヅチとフツヌシか? 負け犬が今さら何の用だ?」


 三対一の戦いへと持ち込む真島の作戦である。

「言わんこっちゃない!」

 モコ助が小さい前足で頭を抱える。

「タケミカヅチとフツヌシは、天津神軍神の武闘派ツートップだぜ。いかにミカどんといえ、スサノヲと組んだ二神は手強いはずだ!」


 真島が二神に命令する。

「タケミカヅチ! フツヌシ! 私に力を貸せ!」


 真島の前衛に出る二神。そこへカカセヲを腰溜めに構えたミカボシが突っ込んでいた。

 線香花火のような火花がいくつも上がる。

 タケミカヅチとフツヌシの、二振りの剣がカカセヲを受け止めているのだ。


「突っ込むしか能のない甕星よ、お前の太刀筋はとっくに見切っている。思い知れ!」

 草薙剱を雄牛の構えに据える真島。


「荒御魂、健速須佐之男!」

 真島の眉が太く、長くなる。開けた口から覗く犬歯が伸びる。それはまるで牙のよう。

 荒御魂とは神の持つ側面の一つ、荒々しい魂のこと。神は皆、優しき側面の和御魂と荒ぶる荒御魂を持つ。

 スサノヲが暴れ出すと、アマテラスでも押さえることはできない。あの有名な天の岩戸の一件が、その激しさを証明している。


「発ッ!」

 裂帛の気合い。草薙剱が眩しく輝く。

 真島は、残像を見せるスピードをもって、ミカボシに剣を突き出した。


「ちぃっ!」

 ミカボシは、大きなカカセヲを右に払ってこの突きを反らした。


これより、無敵を誇ってきたミカボシが防戦一方となる。


 一旦突きだした切っ先を引き、八相に構える真島。

 間を開けず、八相から斜め左に切り下げた。後ろへ飛んだミカボシの臍下で、止めた刃を垂直に立て、そのまま水平に裏刃を使って切りつける。


 空振りを確認する前に、剣を後ろに引いた下段に構え終わり、下から切り上げる。切り上げたと思ったら、顔面左に剣を構え終わっている。これは最初の構え。

 そこから繰り出すのは最初と同じ突き。体を前に出し、腕を右に寄せた構えからの突き。同じく腕を左に寄せた構えからの突き。


 真島の連続攻撃に、カカセヲでいなし、体をかわし続けるミカボシである。

 真島の剣技は一風変わっている。腕は大きく振るわず、手首の回転を重視。

 この剣技は、息をも持つかせぬ連続攻撃に特化し、振りが小さいのでに隙が少ないという利点がある。


「私が繰り出すのは西洋剣術。どうです? 日本剣術のレベルを思い知らされるでしょう?」

 まだまだ真島の連続攻撃が続く。しかし、どれも今一歩の所でミカボシに届かない。


 ミカボシの経験から来る先読みによって、初めての剣技に対応できているのだ。特種歩法やカカセヲの堅さをフルに活用して、めいっぱい受け流している。


「剣技だのテクニックだのでオレをどうにかできると思ってんじゃねぇだろな、真島っ!」

「テクニックではね。その位置が大切なんだ」

 ミカボシが立っているのは平らにならされた、何の変哲もないただ荒れ地。


「ミカどん、挟まれてるぞ!」

 モコ助が上から叫ぶ。

「あ?」

 正面に真島。右手後ろにタケミカヅチ。左手後ろにフツヌシ。


 ミカボシは真島を頂点とした三角形の中心にいた。ちょうどチェバの定理で導き出せる三本線の交点だ。


「さようならだ、天津甕星!」

 三つの頂点から不可思議なエネルギーが発せられた。どう贔屓目に見ても、悪意を持つ破壊的な力である。


 真島の里である谷に、白色発光する光球が出現した。

 普通の光と違うのは、質量と高熱を持っていること。

 谷に存在するあらゆる出っ張りが、衝撃で吹き飛んだ。発生した豪快な熱は、岩と土を簡単に有毒なガスと化させていた。

 その激怒的膨大な熱量により、谷にある空気が一気に膨大する。


「キャーッ!」

「伏せろ!」

「ミカどーん!」


 空気は、衝撃を伴う疾風となり、雫、真二郎、モコ助の収まった結界球ごと、八方へ吹き飛んだ。



改心したからといって、

仲間になったからといって、

その罪は消えるものではない。


次話「モコ助」

嬢ちゃん、これで借りは返した。とは、思って……ない……ぜ


おたのしみに!

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