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7.荒神


 真島に動きはなかったが、ミカボシが首を左右に一回ずつ、下に一回も都合三回振った。

 ミカボシの背後、岩山になった八岐大蛇の黒い肌に三本の切り傷が入っていた。


「そんなつまらん目的に俺が乗って、ノコノコ根の国くんだりから出てくると思うか?」

 スサノヲが、殺人能力を持つ目の玉を見開いた。

「この小僧が欲しいのはこの俺、スサノヲ様の腕っ節ではない。いいか、よく聞け!」

 そこでスサノヲが言葉を一旦切った。


 そして悪戯をする子供のように笑ってからこう言った。

「小僧が求めたのは、俺の、根の国の支配者としての地位だ! どうだ、面白いだろう?」


 ミカボシは首を捻っている。モコ助だってそうだ。何のために根の国、つまり亡者の国の支配者として……。


「あーっ!」

 おもわず、声を上げてしまったモコ助である。


「貴様はあそこの犬以下か? 甕星よ、小僧はな、死んでしまった妻と子供を取り戻すために亡者の門を開こうとしているのだ。解る、解るぞ小僧。おまえの心!」


「……それだけか? 本当にそれだけなのか?」

 肩の力が抜けてしまったミカボシ。なんだかだらけて見える。

 体をゆらゆらと左右に三回揺らした。

 また、背後の岩肌に刀傷が三本刻まれていた。力を抜いているように見えて、しっかり戦っているのである。


「スサノヲともあろう者が、情けねぇ! 違うだろう! そうじゃねぇだろ、スサノヲ!」

「甕星、お前には解るまい! 親を、子を知らぬお前には! アハハハハ!」

 岩石をこすり合わせたかのごとき、豪雷な笑い声を皆の耳に残して、スサノヲの巨体は消えていった。


「天の悪星、天津甕星! スサノヲではない。ここにいるのはスサノヲの力を取り込んだ真島幸一郎だ!」

 真島が草薙剱を縦に振る。ミカボシには切っ先すら届かない距離で。


 緑に光る斬撃が、進行方向にある全ての物を裂きながら飛んだ。

 ミカボシは、カカセヲで叩き落とす。重いカカセヲ。振るった後に隙ができる。


 普通に激しく鍛えあげた程度の人間なら、突く事すらできないわずかな隙。だが、スサノヲの力を得た真島には、つけ込むに十分な隙だった。


「叔母さんや美咲ちゃんが喜ぶの?」

 真島の動きを止めたのは、雫の叫び声だった。


「そんな事して! 無関係な人に迷惑かけて、美咲ちゃんが悲しむわ!」


 叫ぶ雫に対し、真島は冷たい目をして見返した。

「恵子と美咲のいないセカイなど、必要ない! スサノヲ、荒魂!(あらみたま)」

 真島の形良い口が左右に広が。目が吊り上がり、白目に血管が赤く浮き上がる。


 真島の体が膨れあがる。身長は一気に倍に。首が太く、肩の筋肉が盛り上がり、胸板は倍できかない。シャツもズボンも、着ている服は膨張について行けず、全て弾け飛ぶ。髪の毛が全て天を突くように起立している。


 カカセヲを構え直したミカボシ。目が据わっている。

「そこまで落ちたか? もう少し純な男だと思っていたが」


「甕星、面倒な事は早く済ませよう」

 スサノヲを取り込んだ真島に焦りはない。

「お前は私を阻止したい。私は邪魔するお前を排除したい。だとしたら、後は腕っ節の勝負だ」


 二人の会話、いや、すでに二柱としての会話に、モコ助は唾を飲み込んだ。荒魂と化した須佐之男と、天津甕星が本気で戦ったら、この辺りは、この国はどうなってしまうのだろう?


「私と戦え甕星! お前も、本心は戦いを望んでいるはずだ」

 ミカボシは目を細めて笑っていた。口が微妙にゆがんでいる。


 モコ助の目には、そうじゃないんだけどな、とミカボシが言っているように映った。


「……その通りだ。この際だから雌雄を決してやる」

 ミカボシが言ったのは、モコ助の予想と正反対の言葉。

 ミカボシの茶髪が黒く変わった。思うまもなく髪が一気に腰まで伸びた。


「ミカボシ! 私も戦うわ!」

 両手に持った剣を持ち上げ、参戦しようとする雫。


 だがモコ助はそれを押しとどめた。

「あの髪はミカどんが自分の意思で変化させていた物。そのわずかな力ですら解放しなきゃならない相手だって事だぜ。嬢ちゃんがどうこうできる相手じゃない!」

 ミカボシの容姿は、黒岩神社で、小さな社から飛び出した時のものだ。あの時と違うのは服装だけ。


「雌雄を決するってなぁ、勝った方が雄で、負けた方が雌って事だからな!」

 大上段にカカセヲを構えるミカボシ。長い黒髪が闘気で膨らんでいる。


 真島は草薙剱を下段に構え直した。 

「いちいち言われんでも解っ――」

 カカセヲが真島の頭頂に振り下ろされていた。普通に早い!


 スサノヲの力を得た真島は、難なくかわしていた。


 大地に穴を五つ穿つカカセヲ。再び、モコ助と雫が避難した高台にまで、空振りの振動が伝わった。


 カカセヲの巨体を引き上げる時にできる隙。真島はそこを逃さず反撃に転じた。かといって草薙剱を振るう時間はない。

 左腕を振るう。ミカボシの喉元へ、ラリアート気味に入った。


 カカセヲ唯一の死角。それは超近距離。


 同じ左腕を喉元にまであげていたミカボシ。一直線に八岐大蛇の石化した体へと飛んでいった。

 一つの岩山ともいえる大蛇の体は、ミカボシが激突したところで身じろぎ一つしない。


「まあまあだな」

 カカセヲを杖に、大蛇の岩山にもたれて立ち上がろうとするミカボシ。


「イツ!」

 こめかみに血管を浮かせた真島は、掌を上に向け、手に乗った架空のお手玉を放り投げる仕草をした。

「うおっ!」

 支える岩の急な消失によってバランスを欠いてしまったミカボシ

「上だ! ミカどん!」

 モコ助が叫ぶ。

 空を仰ぐミカボシ。パラパラと小石が落ちてくる。


 岩山が宙に浮いていた。


 ミカボシがアクションを起こす気を起こす前に、高速スライドした岩山は、その中心でミカボシを捉えた。

「アッ!」

 真島、裂帛の気合い。


 トンで表記するなら、十の数乗という数字が必須の岩山が、ミカボシの上に落下。その三分の一が、元ある大地にめり込む。


 この地を中心として、再び大きな地震が発生した。


 ごく浅い深度におけるそれは、半径十キロで土砂崩れや崩落、家屋損壊を生じさせた。

 四方を囲む山の地表が崩れ、表面色が緑から土の茶色に変わっていた。


 当然、すでに半壊していた真島屋敷は瓦礫の山と化した。

 埃っぽい真島屋敷跡地上空に、球体が浮かんでいる。真二郎が維持し続けている結界である。


「ミカボシ!」

 雫が悲痛な声を上げる。目の前でミカボシが岩山の下敷きになったからだ。



お互い、カードを持っている限り、戦いは終結しない。

だがそれはパワーインフレを招くのみ。


次回「軍神」

おたのしみに!

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