5.神降ろし
「ミカボシ!」
雫が斜面を駆け下りていく。地面が荒れていて、思うように走れない。まどろっこしさを感じ、両手に持った剣を放り投げた。
軽くなった分、足運びが楽になった。
「ミカボシ!」
雫がミカボシの首にしがみつく。
「ふふふのふ。ヤマタノオロチは石になっておしまいだ。安心しな、もう復活はねぇ!」
ミカボシの顔がにやけている。
手を雫の細い腰に回し、グイと引き寄せた。
「やっぱ、雫は非武装の方が可愛いぜ」
「お楽しみのところ申し訳ないが、ミカどん! 真島だ!」
真島屋敷は小高い丘の上にある。モコ助のいるそこからは、八岐大蛇が倒れている低地を一望できる。
「オロチの尻尾の方で何かやってるぜ!」
「何してんだ? オロチの肉、喰うのか?」
ミカボシの位置からは見えない。
「でも、ヤマタノオロチを退治したんだから、何もできないはずよ」
強敵にして神話最強の怪物、八岐大蛇は死んだ。真島に何が残っているというのか。
雫は気を引き締め直したが、戦闘態勢までとってはいない。
「先生、刀を振り回してやがるぜ」
「刀? 何の刀だメコ助?」
「モコ助な。そりゃミカどん、真島が持っていて、なおかつヤマタノオロチの体を切り裂けると言えば、盗まれた天羽々斬剣だろう……あ!」
「あーっ!」
モコ助とミカボシの声が重なった。
「急げ! ミカどん!」
飛び出したモコ助。叫びながら崖を駆け下りる。
ミカボシは、モコ助の台詞が終わるまでに跳んでいた。
「何よ? どうしたのよ? 説明なさいモコ助!」
置いてきぼりの雫が狼狽えていた。
「嬢ちゃん、天羽々斬剣といえば、スサノヲ命が(のみこと)草薙剱を八岐大蛇から取り出すときに使った刀だぜ。そして真島の狙いは最初から草薙剱だったんだ!」
「雫! 剣を拾ってこっちへ来なさい!」
真二郎が叫びながら崖を降っている。
ミカボシが八岐大蛇の山のような胴に飛び乗った。表面から石化が進んでいるので、足元に不安は少ない。
「真島ーっ! それが狙いかーっ!」
「そうとも」
真島は八岐大蛇を切り裂いた際に浴びた血で真っ赤になっていた。
「石化が始まってるんだ。そうなる前に――あった!」
右手に持っていたのは片刃の得物ではない。オロチの血にまみれた諸刃の剱だった。
菖蒲の葉に似た切っ先。中央部分がむっくりと盛り上がった肉厚の造り。はばきの部分に緑の玉が埋め込まれている。刃渡り一メートルに及ぶ長剣だ。
「これが草薙剱っ! 私はっ、これがっ、欲しかったーっ!」
草薙剱を水平に構える真島。
「全てはこれを求めるため! 草薙剱を手に入れるため! ヤマタノオロチを成体にするためっ! 私は全てを捧げた。精神も肉体も、心もっ! 持つ物全てを生け贄として捧げたのだ!」
真島が持つ大剣が緑の光を放ちはじめた。
「ヤマタノオロチを倒せる霊能力者を求めたのも、ヤマタノオロチの死体より草薙剱を取り出すという目的ただ一つのためッ! アマツミカボシ、あなたは大変役に立った。百万の感謝ではとうてい足りないッ!」
感極まったのか、真島が泣き顔で草薙剱を振りかざす。
「剱と共に真っ二つになりやがれ!」
飛び降りざま、カカセヲを真島の頭上に振り下ろすミカボシ。
だが、カカセヲは空を切る事になる。
「草薙剱を持つと、体が軽くなった。何故だろう? フフフ!」
真島は、空中に浮かんでいた。真島の体が緑色に光っている。草薙剱を持つ右手が輝きの中心だ。
「ありゃ何だ?」
斜面の中腹まで駆け下りたモコ助が、足を止めている。小さな目を剥きだしにして警戒していた。
真島の背後に、緑色の陽炎がたゆたっている。
それはすぐに姿を整えた。
三メートルはあろうかという巨人。厚い胸板。丸太のような二の腕。
バサラに広がった頭髪。のばし放題に伸ばした髭。雫の拳よりでかい目は、睨むだけで殺せそうだ。
薄汚れた貫頭衣を荒縄の腰紐で乱暴に縛り付けただけ。丸腰なのだが、突っかかっていったら最後、死をもって答えとされること確実。
まさに荒ぶる神。
「久しいな、ミカボシ。そしてカカセヲ」
どう聞いても雷鳴にしか聞こえないガラガラ声。
「おいおい、まさかてめぇ、真島君に降臨しようって気じゃねぇだろうな?」
あのミカボシが、真っ直ぐにカカセヲの切っ先を巨人に向け、まさかの牽制をしていたのだった。
必要な物を求める為の手段。
得てして手段は、目的と勘違いしてしまうもの。
次話「目的」
お楽しみに!




