4.アマノカカセヲさん。
「安っぽい挑発だな」
オロチの右端の首が答えた。
「だが、その挑発、乗ってやる!」
左端の首が、瞳をすぅっと糸のように細めて答えた。
真ん中の首が、二つに割れた赤い舌を蠢かせた。闇を吐く首だ。
「殺してくれる!」
「そこ動くんじゃねぇ! ストリートでならしたこのオレの実践的な突きを受けてみろ!」 ミカボシの飛び出し方は、カタパルト射出の様。オロチの爬虫類的反射神経をもってしてもかわすことはできない。
ミカボシごとカカセヲが闇を吐くオロチの首に突き刺さった。突き刺さって止まった。
「ワの装甲鱗は一枚で一つの……人間が言う分子。どのような攻撃も、通りはせぬ!」
オロチは、ミカボシを嘲笑らおうとして開けかけた口を途中で止めた。
巨大なオロチに比べ、豆粒のようなミカボシとカカセヲ。
カカセヲの先端部。痛そうな突起が、青く光を放っている。
突起の先、光っている部分に接触しているオロチの不可侵の鱗までが、粒子状の燐光を放っていた。
「消えてなくなれーっ!」
ミカボシが叫ぶと、さらに粒子の噴出が激しくなる。分子で構成された鱗が素粒子に分解。光となって崩れていった。
「おおおをを!」
恐怖で引きつるオロチ。
「ケラケラケラ!」
ミカボシの笑い声は、牙を持つ者のそれ。
「養殖の分際で、でかい口叩くんじゃねぇ!」
ミカボシが一押しすると、甲高い音を立てオロチの絶対装甲が割れた。首に穴を穿ち、背後から血しぶきと共に飛び出した。
カカセヲを持ったミカボシは、そのまま放物線を描きつつ、真島屋敷下のアスファルト道へ突き刺さる。
ヤマタノオロチの首が一つ、モコ助の目の前に落ちて弾んだ。その首は、信じられぬ物を見た、といった状態で目の光を失っていた。
「威力はスゴイが、大振りにも程があるぜ」
犬は額に汗をかかない。それでも、つい前足で額をぬぐってしまったモコ助である。
「おのれ、やったなーっ! ミカボシィーッ!」
オロチの残った七つの首が一斉に後ろを向く。
モコ助が俊足を生かし、オロチを回り込んでミカボシの見える位置にとりついた。
覗き込むと、ミカボシは足を踏ん張って、突き刺さったカカセヲを引き抜いている最中だった。
オロチの首の集団が迫る。半分は口から破壊の衝動を吐き出そうとして。残りは直接牙で噛み砕こうとして。
ミカボシは、引き抜いたカカセヲを持って向きを変えたところ。構えて腕を引き、突き出すという三アクションが残っている。
一方、オロチは各種破壊光線を吐き出すか、噛みつくかのワンアクションのみ。ミカボシの反撃を許さない。
「だめだ! 間に合わねぇ! ミカどん! バリアーを張れ!」
モコ助が悲鳴を上げた。
ミカボシがカカセヲを構える。オロチが炎と氷と雷を撃った。ミカボシの対応が二アクション分、致命的に遅れている。
雷撃がミカボシを捉えようとした。
「ひっかったな!」
ミカボシが、また捕食者の笑みに口を歪める。
その時だ。
カカセヲの表面が螺旋状に爆発。青い爆圧の指向はオロチの方へ。
雷がカカセヲの青い爆光に押し返された。
爆発を利用してカカセヲを後ろに引くミカボシ。
カカセヲを突き出すのと、第二弾の炎と氷が到達するのが同時。
炎と氷を掻き蹴散らしながら、カカセヲの穂先がオロチの眼前に飛び出した。
ミカボシはオロチの首が林立する空間を跳んでいる。
その首一つに、ミカボシは狙いを付けていた。
「ふん!」
青い燐光を帯びたカカセヲが横に払らわれる。カカセヲから伸びた青い光が、一本の首を斜めに横切る。
また首が落ちた。六つの口から六つの悲鳴が上がる。
「カカセヲは刃物。横に払えば斬れるんだぜぇ!」
格好つけを優先したため、不自然な姿勢で上空より落下していくミカボシ。
「おのれ甕星ーっ! 古来より蛇は生死を司る神なのだぞ! 八岐大蛇であるワは、蛇共の力を具現化した神なのだぞ!」
「神も一歩間違えば……化け物だ!」
オロチの目が真っ赤になった。食いしばる牙が、口中の粘膜を破り出血する。
「お前達、天津神が来るまで神だったのだ!」
「お前もオレと同じ、祭ろわぬ神ってことさ!」
ミカボシが、空中でクルリと伸身一回転半捻り。体勢を立て直した。
着地した瞬間を狙って、六つの首がミカボシに襲いかかる。
いまだ空中のミカボシ。カカセヲを正面に真っ直ぐ立てる。
「カカセヲは、手加減って言葉を知らねえみたいだぜ!」
カカセヲの刀身から幾筋もの稲妻が発生。ふくれあがってヤマタノオロチの全体を投網で絡め取るように包んだ。
「ガファ!」
八岐大蛇の動きが鈍った。
「ただの稲妻じゃないな」
モコ助が思わず唸る。
「八岐大蛇の、神にも等しい体の機能が停止している」
ミカボシ、着地。そのまましゃがみ込んだ後、大地をめいっぱい蹴り飛ばす。
地を這うようなダッシュ。カカセヲを前面に掲げ持つ。
「オレ様の加速し続ける魂のダイブとカカセヲを喰らえ!」
全身から電光の残滓を放ち、もがく事もできない八岐大蛇。
残り六本の首の付け根のやや下に、ミカボシとカカセヲが突き刺さった。
「おのれ! オノれ! オノ……レ」
鱗と皮膚が最も厚い部分だ。カカセヲの穂先から、盛んに青い粒子が飛び出していく。
八岐大蛇の体に備わった防御機構が、激しく抵抗しているのだ。
「カカセヲ! 力みが足りねぇみたいだぜーっ!」
カカセヲの握りの真ん中。埋め込まれた宝石が金色に輝く。
大きな音がした。硬質の、それも分厚い板が割れる音がした。それでいて何か弾力性と硬質を併せ持つ物体がグチャグチャに裂かれる水っぽい音。
それは巨大な心臓をカカセヲが突き破る音。
ミカボシが八岐大蛇の背後から飛び出した。
「やったぜミカどん!」
モコ助が歓喜の叫びを上げる。
降りしきる雨と上空の黒雲を吹き飛ばす勢いで、八岐大蛇の背から大量の赤い血が噴出した。
地震が起こった。
四足歩行のモコ助は平気だったが、雫と真二郎は地に手を付いて揺れに耐えた。
モコ助が高台の端へ駆け寄る。
地響きを立て、六つの首と八つの尻尾が地に弾んでいるのだ。
下敷きになった大地に地割れが走っていた。
「まさに無敵じゃないか!」
後から追いついた真二郎も、モコ助の横で八岐大蛇の死体を見て、感慨深げに笑っている。
ミカボシが姿を現した。
「頭は八つでも心臓は一つ。今気づいた!」
カカセヲを転がっていた岩塊に突き刺し、鬨の声をあげるミカボシである。
あれだけ降っていた雨が上がっていた。風も薙いでいる。雲が切れ切れになり、間から日の光が差しはじめていた。
これで終わりと思っていた時期が私にもありました。
現実は、真島の掌に乗っかったままである。
真の敵は目の前にいる!
次話「神降ろし」
お楽しみに!




