3.死鳥静
「敵も然る者。パワーアップしてやがったか」
「これは嬢ちゃんが捕らわれたオロチの闇だ。ミカどん、なにも考えるなよ。現れるのは幻だ」
「けっ! こんなチンケな闇、すぐに破いてくれる。そしてオレは雫と海釣りに行くんだ」
「だから不吉なフラグ立てるんじゃねぇぜ! っつうの!」
「あったあった」
モコ助の心配をよそに、ミカボシは闇の綻びをすぐに探し当てた。
「甕星。お前が戦いたくない相手は誰だ?」
闇の上空から声が降っていた。大蛇の声だ。
「考えるなよ、ミカどん!」
「フッ! それは戦いの素人に向かって言う台詞だ」
ミカボシの返事が終わってすぐ。モコ助の目の前数メートルの地点に、光がスポットライト状に現れた。
そう遠くない所で、心地よさ気な鈴の音がした。複数の小さい鈴が奏でる音だ。
光の中に現れたのは、白拍子に身を包んだ、黒髪も艶やかな人間が一人。手に神楽鈴を持っている。
そこここに天使の輪を作る長い黒髪。切れ長の目は愁いを帯びて、それでいて人を見下したかのよう。白粉も塗っていないのに、透明感のある白く儚げな肌。薄く紅を差した肉感的な唇。
雫が二十代半ばから後半まで無事に成長したら、こうなるであろう。まさに宝玉のような美麗人。
「おい、ド素人。ありゃ誰だ?」
やけくそになったモコ助が聞く。たぶん、ミカボシが戦えない相手だ。
「さて? 見覚えはないが?」
顎に手を当て、白々しく小首をかしげるミカボシ。
「これはこれは! シズカではないか」
答えを言ったのはオロチ。
「シズカ、ワの命である。斬れ!」
オロチの命により、シズカがそろりと足を踏み出した。
「甕星よ。言うまでもないが、このシズカは幻だ。だが、お前の心が作ったのだから本物だ。そしてワの命令に忠実な人形だ。幻に刺されるとミカボシ、お前の腹に穴が開くぞ。くふふふふ。ワを殺す前に、シズカを殺すか?」
もう一度鈴が鳴る。シズカが手にした神楽鈴は片刃の直刀に変化していた。
ゆっくりと歩いてきたシズカ。刀の間合いにミカボシを捉えると、歩みを止めた。
「なんだ、まだ生きていたのか。つまらんぞ、ばかボシ」
「ミカボシな」
シズカが、肩に手を置くような気楽な仕草で刀を中段にまで持ち上げた。
「おいミカどん! しゃきっとしろ! 頼むよ」
モコ助が哀願したのは、危険な状態であるにかかわらず、ミカボシから戦闘意欲が消えていたからだ。モコ助は、ミカボシが黙って斬られるつもりでいる事を恐れた。
「何をしているシズカ! 早く斬ってしまえ!」
オロチがせっつく。シズカはその命により、美しい顔をほんの少しばかり歪ませた。
「うるさいオロチだ」
今度はあからさまに美しい顔を歪ませる。そして、刀に左手を沿わせた。
「ま、そういう訳だ。会った直後に言うのもなんだが、ばかボシ、景気よく行こうか」
シズカは、そんな憎まれ口を叩きながら、自分の首筋に刀の刃を沿わせる。
「何をしているシズカ、斬るのは甕星だ! ナはワの命に従わねばならぬ! それがここでの決まり事だ」
オロチが何か叫んでいるが、シズカは委細かまわず、小気味よいまでに潔く刃を引いた。
景気よく血を吹き出すシズカ。
「まったくもってお前らしいな。糞シズカ!」
ミカボシはシズカとだけ話をしている。そこにオロチの存在を認めぬかのように。
シズカは、幻といえど、やっぱり痛かったのか、遠慮無く顔を歪めている。
「そうなると思っていたが、やっぱおめぇらしいな。人のいうことを聞こうとしねぇ。オロチも、なにもそこまで忠実に再現しなくても良かろう程に」
ミカボシの言がよほど面白かったのだろう。苦痛より笑顔を優先させながら、シズカはゆっくりと消えていった。
ミカボシは、一つ、大きく息を吸い込んだ。瞳に金の影が揺れている。
「コロス」
言うなり両手で闇をつかんだ。そのまま両腕を軽く左右に広げてみせる。
闇は、薄衣のように、あっさりと引き裂かれた。
眼前に現れた光景は、ミカボシとモコ助が闇にとらわれる前の惨憺たる情景。ヤマタノオロチが真島家の敷地に乗り入れたところだった。
ヤマタノオロチの姿を目で捉えると、ミカボシの表情が一変。鬼もかくや、怒りの闘神の顔に変わる。
「よくも嫌なモノを見せてくれたな、ヘビ!」
ミカボシは、耳から棒ピアスを勢いよく引き抜いた。
「出ろ! アメノカカセヲっ!」
ミカボシが叫ぶが先か、棒ピアスが爆発するのが先か。
空を割り、周囲一面に迷惑な振動を振りまきながら、棒ピアスが長大な武器に変化した。
出現による圧力は、ヤマタノオロチの動きを止めるほど。
日本デザインの和製ランスと言えば良いのだろうか。白銀に輝く円錐状の穂が異常に太く長く、ミカボシの背丈ほどある。幾重にも絹糸を巻いた柄は、五握りほどで異様に長い。
白銀色に輝く長大な武器。重量感にあふれた長軸円錐形。鍔やカウンターウエイト等といった、使用者に優しい部品は付いてない。
「こいつがカカセヲ。単体で神と呼ばれた鉾。フツヌシやタケミカヅチの剣を粉砕し、天津神軍を一掃した得物」
軽々しく右手一本で振り回すと、砂塵が巻き起こった。一睨みくれてからヤマタノオロチに狙いを付けてピタリと止めた。砂塵が綺麗に切り裂かれ、二つに分かれた。
「さあ、我を恐れよ。そして滅びよ! 我こそは天の悪星――アマツミカボシ!」
大げさに見得を切ったミカボシは、左手で、おいでおいでをした。
神話世界最強の魔獣、ヤマタノオロチ。
あの荒神にして三貴神の一柱、スサノヲですら正面衝突を避けた化け物。
次回、決着つくか!?
次話「アマノカカセヲさん」
お楽しみに!




