2.ヤマタノオロチ
「ちょっとデカすぎやしないか? なあミカどん」
時間は少しさかのぼる。土蜘蛛たちが初めて出現した頃である。
なし崩しにヤマタノオロチ班になったミカボシとモコ助。蟻のように湧いて出る土蜘蛛衆に目もくれず、まもなく接触するであろうヤマタノオロチを凝視したままだ。
オロチはすぐそこに来ている。
「なあミカどん、シズカって誰だ?」
ミカボシは、耳の棒ピアスをコリコリと弄んでいる。
「実はオレ、昔、室町? あのへんで、一首オロチを一匹撃ち漏らしたんだ。そんとき関わっていたのが、志鳥家のシズカという神職者だ。オレが思うに、雫はシズカの直系。以上!」
ミカボシにしては、あっさりとしすぎた言い様。当然、モコ助は食い下がる。
「その言い回しは不自然だぜ。ミカどん、隠すのが嬢ちゃん以下に下手なくせに何か隠してるだろう?」
だがミカボシはそれに取り合わない。
「メコ助。真島は、まだ何かを隠してる」
「モコ助な」
「オレはヤマタノオロチにかかりきりになるだろうから、お前、野郎から目を離すな。隙あらば殺れ!」
「任せろ」
口の端を吊り上げ、追跡型肉食獣の牙を剥き出すモコ助。
モコ助以上に獰猛な笑いを顔に浮かべるミカボシ。赤い舌を出し、唇を嘗める。心底嬉しそうだ。
ヤマタノオロチはすぐそこまで来ている。その巨体は、モコ助の視野全部を占めていた。
「スバラしイィ! ヤマタノオロチよ! 成体のオロチよ!」
ミカボシの後ろで大勢の土蜘蛛たちに守られた真島が、ヤマタノオロチに呼びかけている。
「早く天津甕星と戦え! 私の願いを叶えよ!」
真島の呼びかけに答えるかのようにヤマタノオロチの動きが止まった。
ミカボシに集中していた八つの首がわずかに動きを見せた。視線の先は真島である。
「ワはワのためにしか生きぬ! 戦わぬ!」
モコ助はミカボシを見た。だが声はミカボシのものではない。続いて真島を見た。もちろん、声の主は真島じゃない。
ではだれか。ミカボシと真島は、ヤマタノオロチを見ていた。
「そこな人間! ナのような小者の望みを叶える為に甦ったのではない」
オロチが喋っている。
そしてそれを当然のように受け止めている真島。
「だが結局、私の言うとおりにオロチ、お前は動く。天津甕星と戦う!」
ギラついた目で真島が笑う。
後ろで雷鳴が轟いた。真二郎が、土蜘蛛衆をなぎ払った攻撃だ。
「ちっ!」
後から後から湧いて出る土蜘蛛を視線の片隅に捕らえたミカボシは、シャツの背中より銀に輝く幅広の剣引きずり出した。天之桜折劔である。
ミカボシは、雫を見る事無く、剣を放った。
「双剣の雫。なかなか語呂がいいじゃねぇか。ケラケラケラ!」
「あれは……」
八つあるオロチの首の一つが、剣を受け取った雫を見た。
「シズカではない……。シズカの魂を受け継ぐ者か?」
別の首が雫の姿を捉えた。
「おのれ、恨み募りしシズカ!」
モコ助が雫の危機を予感し、低く身構えた。
「だから、シズカって誰だよ?」
それに答えるミカボシ。
「子供にはまだ早い」
八つの首が全て雫を見る。
「食べたい」「シズカの生まれ変わり」「ワはまだ人を食べておらぬ」「食べたい!」
八つの口が、口々に欲望を唱える。八つの口が、ことごとく涎を垂らす。
「ワの生け贄に処女をよこせ!」
「カクジツに雫は処女だが、あの女はオレの生け贄だ。オレが先だ。渡すわけにはいかねぇな!」
徒手空拳のミカボシ。モコ助の目で見てもイライラしている。イラつきながら耳の棒ピアスを指でつまんでいる。
「ワが喰らう!」
叫ぶなり、ヤマタノオロチが風船の様に膨らんだ。
すでに山一個分の巨体が、二回りばかり大きくなった。
体重は四倍できかない。鱗を通してパンプアップした筋肉が、それこそ無数の蛇の様に盛り上がる。
それだけではない。山津波の様な音を盛大に立て、背中の鱗が起立。見る見る間に大木がごとく太く長く変形。横腹から始まった変色は、全身を赤さび色に染め上げていく。
八つの赤茶けた頭が、目の下まで裂けた八つの口を開ける。幾重にも重なった奇石の様な乱杭歯が乱れて並ぶ。
そして吠えた。
オロチ中心に、半径十キロに生きる、全ての動植物が「気」というものを失った。
グランドゼロに展開していた土蜘蛛衆は、声を聞くなり絶命して果てた。
いや、それなりの資質を持つ者や努力で獲得した者は、その場に立っている。
アマツミカボシは平然な顔をして。
真島は感極まった顔して。
真二郎は、こわばった形相のまま、片膝をついていていた。
雫は怒っていた。
「なによ、なんで、あんなに大きいのよ!」
モコ助は狼狽えていた。
「こ、こんなふざけた野郎相手に、どう戦おうってんだ。ミカどん!」
モコ助が、視線をゆっくりとヤマタノオロチからミカボシへと移した。
ミカボシは、凄まじい笑みを頬と、唇の端に浮かべていた。
「安心しろ。オレはもっとふざけた存在だ」
瞳を金のオーラで輝かせ、耳にぶら下げられた銀の棒ピアスを握っている。
「ミカボシィ!」
ヤマタノオロチが、再び吠えた。今度は直接的な攻撃を伴って。
一つの首がプラズマ化した火球を撃った。ミカボシ達の頭上を通り過ぎ、裏の山に着弾。
山頂から三分の一が消し飛んだ。
別の首が吐いた雷光は千の弾頭に割れ、千の稲妻が真島屋敷に降り注いだ。
母屋や離れ、全ての建物が吹き飛び、炎を上げている。
「大丈夫か? 雫!」
真二郎が張る結界のなかで、片目をつぶる仕草で答えにする雫。
「ミカどん……」
雫が持つ天之桜折劔が青白く光を放っている。それが全て結界の維持に回っているようだ。
「滅びる時が来たのだぞ! 天津甕星!」
ヤマタノオロチから続け様に攻撃が降ってきた。
辺り一面が毒の海になり、千の雷が落ち、青い火球が降り注ぎ、山々の木々は枯れ、大地が凍り付いていく。
轟音と爆風を道連れに、それらが一気にミカボシを襲う。
「うぉう!」
道連れになったモコ助は、たまったものではない。両前足で、目と鼻先をカバーしている。
「心配するなメコ助」
「モコ助な」
二人にオロチの攻撃は届かない。ミカボシお得意、可視光線のみ通す障壁である。
あらゆる暴虐的な怒濤の波は、全てこの障壁にカットされている。
「オレ様のアマノ・バリアーは絶対だ」
「アマノって付ければ何でも自分オリジナルナルと思ってないか? 第一、バリアーって何だよ? 日本語じゃないぜ。おいおい、なんか煙っぽいぜ――うを!」
二人の足下から黒い霧が立ち上がってきた。と思ったら、上下四方が闇に包まれていく。
大事な人を守るために、命をかける。
命と引き替えに大事な人を守る。
それで、守られた人は幸せなのであろうか?
人、それを後悔と呼ぶ!
次話「死鳥静」
お楽しみに!




