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1.双剣の雫

 次の日の昼下がり。


 横殴りの雨で荒れる田舎道を一台の車が走っていた。


 古びた門柱を通り過ぎ、坂をゆっくりと上っていく。

 右側には、カミソリの刃一枚も挟む事の叶わぬ石垣が高く積まれている。坂を上りきると立派な門が姿を見せた。


 ちょっとした砦のような門を車でくぐると、かやぶき屋根の建造物群が姿を現した。石垣の上の高台に、主とした居住区があるのだ。


 母屋の入り口手前まで走った車は、乱暴に駐められた。

 ドアが開き、中から出てきたのは、ジャケットを羽織り、キャップを目深にかぶった男。

 頬はこそげ、顔色が極端に悪い。この衰弱の仕方、よほどの事があったのだろう。


 男は後ろ手で、セダンのドアを閉めた。

 ジャケットの下は血の滲んだ包帯。真島幸一郎だ。顔を隠す必要がないのだろう。いつものフードはかぶっていない。代わりに有名球団のキャップをかぶっている。


 後部座席に積んだ荷物の安否を目視で確認した真島は、懐かしそうに屋敷の周囲を見渡した。

「ここだけは変わっていない」


 この雨の中でも、小高い丘の頂上に位置するこの庭から、周りの緑あふれた山々が一望できる。


 この土地は小さな盆地。三百六十五度全てが緑の山。

 ただ一カ所、西に飛び出すようにして、赤茶けた禿げ山が一つあるだけ。


 真島はじっとその山を見つめ、大きく息を一つついて、車を離れた。

 脇腹の傷が痛むのだろう。片手をそこに当てたまま、母屋まで弱々しく足を運ぶ。

 もう一度、車を視認し、母屋へ向きなる。


 真島が、母屋の戸に手を伸ばそうとしたその時、引き戸が誰かの手によって開けられた。

「兄さん、もう終わりにしましょう」


 中から出てきたのは、弟の真二郎だった。

 真二郎の脇から、剣を手にした雫が飛び出した。


 雫の目標は真島のみ。ヤマタノオロチが収容された竹筒は雫の担当ではない。

 怪我にもかかわらず、真島は、素早い動作で後ろへ飛ぶ。

 勢いで振り向き、車へとかけ出そうとして――。


 車が爆発。数本の竹筒が散らばった。


「やい真島!」

 爆発の向こう側から現れたのは、ギラついた目をしたミカボシ。変な柄のTシャツに七分丈の綿パンという出で立ち。


 ヤマタノオロチ担当のミカボシは、重そうな登山靴で竹筒を踏みつぶした。

 無表情を貫く雫の顔に、わずかながら安堵の色が見えた。

 これでオロチの出現は防げた。


 だが、ミカボシの顔は怖いまま。

 

「ヤマタノオロチをどこに隠した?」

 ミカボシが踏みつぶした竹の残骸を脇に蹴りやる。


「ミカボシ?」

 ミカボシがそう言う以上、ヤマタノオロチは、その竹筒の中にいないのだ。とたんに雫は不安になった。


 また出血したのだろうか、ジャケットの中で、脇腹を強くつかんでいる真島。


 嫌らしくニヤリと笑ってこう言った。

「隠したつもりはないんだが……。じゃぁ、出てこい、オロチ!」

 脇腹をつかんでいた手がジャケットから出てきた。持っているのは何かのスイッチ。


 スイッチは押されていた。


 雫は、近くで花火が上がったと思った。そんな音がした。


 この風雨の中?


 ミカボシがあらぬ方向を向いている。


「嬢ちゃん! あの禿げ山だ!」

 離れた場所で予備役に徹していたモコ助が、悲痛な声を上げた。


 それはミカボシが見ていた方向。

 山麓から山頂まではざっと百二十メートル程か。いやに赤茶けた禿げ山だ。


 雨に煙る山の頂が、もそりと土色の首をもたげた。

 山腹から、山麓から、その他の部位から、都合八つの土色の首が土煙を上げて起立。山一つ分の土石流が発生。麓の道路や川を埋めていく。


 巻いていたとぐろを解くと、山一つが消えた。

 太い腹、黒く漂う障気。エラの張った八つの顔が、一斉にこっちを見ている。


 そこに山はない。山のフリをしていたのだ。


 神話は、現代科学を凌駕していた。あんな巨体を持つ生き物は、生物学的に存在し得ない。


「山一つ分の巨体だぜ。だれだ? あり得ねぇなんてぬかしたのは? ……オレか?」

 いかにもやる気が失せたような口調のミカボシ。銀の棒ピアスをコリコリと弄んでいる。


 ティラノサウルスでも、ウルトラサウルスの成体は襲わない。大人の象を狩る猛獣はいない。

 彼らの巨大さが、攻撃力と防御力である。

 生物を超えたあの巨体をどうやって攻略すれば良いのか?

 

「あまりにも大きかったのでね。日本広しといえど、隠す場所があそこしかなかった。山を一つすり替えたんだが、気づかなかったか?」

 ずぶ濡れの真島。力なくにやりと笑う。ヤマタノオロチがどんどん大きく見えてきた。

 鱗を鋸の歯のように励起させて移動。辺りの岩や木を切り崩しながら、こちらに近づいているのだ。


「お前達、志鳥家ご一行を誘い出す策をいくつか考えていた。ところが、自分でもびっくりするくらいチープな策ばかりだったので、投げやりになっていたのだが……。いや、恥をかかなくてよかった」

 言いながら、真島はポケットより、なにやら図式を書き込んだ紙を取り出した。そして、真二郎の正面へ向き直る。


「総力戦だからね。私も手の内を全てさらけ出すよ。何せ、敵には天津甕星がいるんだからね」

 嬉しそうに笑いながら、真島は紙を二つに破いた。


 雫達の背後、それも上の方から、騒ぎ声が聞こえた。

 振り返って、音の方を見上げる。そこは母屋の茅葺き屋根。


 屋根の茅から、十を超す人型の上半身が出ていた。長い手足を突っ張り、黒い全形が現れた。

 ぼとりぼとりと着地する黒い人型。

 目と鼻と口の位置はわかるが、全て黒塗りなので表情がはっきりしない。


「今、彼らを閉じこめていた封印を破いた。こちら、土蜘蛛の皆さんです」


 雫は、真島が言い終わる前に土蜘蛛の一匹に斬りかかっている。体勢の整わない七体をあっという間に切り倒し、残りを叩こうと体勢を整えた時、さらに二十体ばかりが降ってきた。


「さがれ雫!」

 真二郎の立つ位置を中心として、光る円が描かれていた。

 火のついた紙蝋燭をサークルの中心に立てている。

 それを見て、雫は戦いを放棄し、全力で真二郎の描いたサークルへ走りだした。


「火生土! 火に生じ、土に遊べよ、怨め黄龍!」

 真二郎が呪を唱えるのと、雫が足からサークルへ滑り込むのが同時だった。


 黄色く光るサークルの外で、大地が渦状に波打つ。

 立っている土蜘蛛たちはよろけ、着地を控えていた土蜘蛛は大地に転んだ。


「土生金! 土に生じ、金に遊べよ、怒れ白虎!」

 白く光るサークル。


 真二郎のかけ声を吉祥に、波打った地面から、石の礫が飛び出す。それは土蜘蛛の集団をしたたかに打ち据え、その足を止めた。

 真二郎の技が、前後で連携を取り出した。


「お父さんのコンボ攻撃を見るのって久しぶりね」

 ここで、口の端に笑みを浮かべる真二郎。


「金生水! 金に生じ、水に遊べよ、笑え玄武!」

 雨滴が漆黒のサークルを中心に渦を巻く。雨滴の落下が止まっている。空中、地上、全ての水が一カ所に集まり龍の形を成した。大口を開け、咆吼する。

 真二郎の攻撃レベルが、一段階上がったようだ。


「喰らい尽くせ、水魔水龍!」 

 水の龍が土蜘蛛を全て飲み込み、水の腹に収めた。


「水生木! 水に生じ、木に遊べよ、喜べ青龍!」  

 真二郎の声に、サークルがエメラルド色に激しく発光した。

 サークルの活性化に呼応するように、全ての土蜘蛛を飲み込んだ水龍の腹がグリーンに光り出す。


「木の()!」

 大地より這い出てきた木の枝が、水龍を覆うように張り出した。

     

 木の枝より、目も眩むような光が(レビン)迸る。そして空気を破壊する大音響(トレノ)


 真二郎が繰り出すコンボ技の最終技(フィニツシユ)である「神鳴り」が、土蜘蛛の集団を中心として、広範囲に炸裂した。

 水の中にいる土蜘蛛衆は数千万ボルトの電圧の元、プラズマ化するジュール熱を無防備な体で、まともに受けていた。


 陰陽五行に言う。火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生じ、木は火を生じる。それで一周。


 順送りにエネルギーを積み重ねた末の木の術のチカラは、絶大にして強力。

 土蜘蛛衆は炭化して果てた。木剋土の理どおり、土に属する土蜘蛛は、木により剋される。

 時間はかかるが、嵌まれば絶大。これが志鳥真二郎の文様攻撃術である。


「第二ラウンド」

 真島が、そう言っている。


 茅葺き屋根は健在。それも母屋だけではない。離れや水屋までの茅葺き屋根から、それこそ無数の土蜘蛛が湧いて出てきた。

 真二郎の術式は広範囲に絶大な効果をもたらすが、繰り出すまでのタイムラグが大きい。そのため、雫が前衛に出て時間を稼ぐのだが……。


「この数では……」

 黒岩神社御神体の神剣だけでは心許ない。


 雫は左方向に何かを感じた。それはミカボシのいる方向。

 振り向くと眼前の宙に、銀の剣があった。天之桜折劔である。

 ほとんど反射的に、幅広の剣をつかみ取った。


「双剣の雫。なかなか語呂がいいじゃねぇか。ケラケラケラ!」

 遠くでミカボシの背中が笑っていた。


「そ、双剣ってなによ! どうせなら二刀流って言いなさいよ!」

 握りを持ち替え、雫は二剣を構える。


「双剣の雫、参る!」

 両手に持った剣を振り回し、撃って出る雫の口元が緩い。


「なんだ、気に入ってるんじゃないか」

 真二郎は失ってしまいそうな闘志を奮い立たせるのであった。


過去があるから現在がある。

どのような過去であろうと、今の自分を作った材料である。

時が経てば、悲しい過去を認める事もあろう。

人、それを「思い出」という。


次話「ヤマタノオロチ」

おたのしみに!

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