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6.「3」


「台風が上陸したみたいね」

「そろそろ『台風上陸禁止』の議員立法を提出すべきだ」


 スーパー銭湯備え付けの大型ハイビジョンテレビがNHKニュースを流していた。

 銭湯のスタッフが走り回っているのは、台風対策の為であろう。台風が直撃するかもしれないのに店を閉めることができないのが哀れ。雫サイドとしてはもっけの幸いであるが。


「風が強いな。オイラのような軽量級には辛い風だぜ」

 この犬、天気図まで読めるらしい。


「ヤマタノオロチが近くにいる証拠ですね」

 真二郎が言うには、日本書紀に、八岐大蛇の頭上には、常に雲があったと書かれているのだそうだ。 


「それ故にヤマタノオロチの体内から出た草薙剣は、元々を天叢雲劒と(あめのむらくものつるぎ)いう」

「うんうん、知ってる知ってる」

 軽く言いのけたのは、三杯目のカップ麺に手を伸ばしたミカボシである。


「神々しい剣だったって話だな。スサノヲを伝説の荒神たらしめた説話だもんな。天叢雲劒あってこそのスサノヲだもんな。これが草薙劔だったらヤマトタケル。鬼切だったら渡辺綱だもんなー」


 にこにこしながら麺をすするミカボシを見て、こめかみを軽く揉みほぐす雫である。


「なあ雫、ヤマタノオロチを倒したら天叢雲劒を入手できるかな? 手に入れたら黒岩神社のご神体、こっそり入れ替えちまおうぜ!」

 これには答えず、無表情を維持した雫は、たらこスパゲティを口に入れた。


 真二郎は木の葉丼。モコ助は持ち出したドッグフードをそれぞれの夕食に当てている。

 食べ終わったカップを脇にどけ、うんと背伸びをするミカボシ。それだけで身の俊敏性と力強さがうかがえる。



「強い者が勝つ。弱いものが負ける。どのみちオレが負けたらこの世の終わりだ。祈る神はこのオレ様だぜ! ま、オレ様は負け無しの大胆無敵超神だけどっ!」

 食事を続ける雫の頭をポンポンと軽く叩くミカボシ。ずいぶん馴れ馴れしい。


 昨日までの雫なら、こんな事をされれば抜き身の剣で切りつけたであろう。が、今はまんざらでもない様子。

 しかし、ここが雫である。無性にミカボシを凹ませたくなってきた。雫にとって、親愛の表現の様なものなのだろう。


 人、それをへそ曲がりと呼ぶ!

   

「星界への攻撃って、精神攻撃みたいなものよね?」

「ほほー。オレ様に挑もうってか? 準備運動がてら、受けてやるぜ!」


 ノリの良いミカボシである。仰向けに寝ころんで、来い来いと某有名プロレスラーの真似をする。


「あれ? ミカどんの襟首に黒蟻が……」

 ひょいと手を伸ばす雫。


「うえ、なんだ、気持ち悪りぃ!」

 蟻と首の組み合わせをあからさまに嫌がるミカボシ。パタパタと首筋を手で叩いている。


 その様を見て雫の片眼がキラリと光った。

「想像してください」


 何事か? と、ミカボシの意識が、雫の言葉に傾注した。

「ミカどんの首が真っ黒になってるところ」

「そこがどうした?」

 やや斜め上に目を走らすミカボシ。そうやるのがミカボシの考える時の癖だ。


「その黒いのは、……隙間無くびっしりと埋め尽くした黒蟻の集団です」

「え?」

 ミカボシの視線が雫へと向けられた。雫、無表情である。


「あなたは手で払おうとしたけど、スカスカしてます。そうです、首筋の黒蟻の集団は、三段重ねになっていました。大群です。払おうと伸ばした手を伝って、脇にまで蟻が広がりました」

「そ、それは気持ち悪っ!」

 ミカボシの言を無視して、死んだ目をした雫の話は続く。


「首筋だけだと思っていたら、あらあら、いつの間に! 背中までビッチリ蟻が(たか)っています。うねうねモゾモゾわきわきと、蟻がミカどんの頸動脈上皮表面を這いずっています」

「やめろ! やめろーっ!」

 両手で首筋やら、背中やらをかきむしりながら暴れるミカボシ。


「あ! 黒蟻の集団が蟻酸を吐き出しながら胸元へ回り込んだ!」

「うぎゃーっ!」


 浴衣を脱ごうとするミカボシ。これはやり過ぎたと、雫は慌てて押さえに入る。……ちょっと見てみたかったが。


「落ち着いて、ミカどん、落ち着いて! 現実の話じゃ無いんだから」

「そうか、そうだよな」

 はぁはぁと荒い息を整えるミカボシ。形相が今までの中で最も真剣。


 そんなミカボシを見て、雫の中で何かのスイッチが入った。アルファベット一文字でSと書かれた光るスイッチだ。


「副鼻腔って知ってる? 鼻の空間に隣接した、骨の中に作られた空間の事よ。鼻の穴と繋がってるの」

「副鼻腔炎って蓄膿のことだよな。知ってるよ」

 普段強がっているミカボシのおびえる顔を見て、雫のダークサイドが解放を求めた。


 ――ミカどん、可愛い――。


 これは、もうアレである。


「想像してください」

「うぉ、またそれか!」


「ミカどんが寝ている間に、鼻の穴から入った何かが副鼻腔に入ってしまいました」

「おい、ちょっとやめろよ!」

 鼻を手で押さえて、ミカボシが嫌がっている。


「その何かとは、ムカデです」

 ミカボシは何も言わないが、鼻の頭に皺を寄せていた。


「どうやって取り出すのでしょうか? 蠢いたときの感触ってどんな感じでしょう? 顔の内側でモゾられるのって想像付く?」

 ミカボシの額がべっとりと汗で滲んでいる。


「第三話」

「うわー! やめろー!」


 引き続いて無表情の雫が、ミカボシに一歩近づく。ミカボシは一歩下がった。


「負け負け! ミカボシさんの負け!」

 ミカボシはふざけながら両手を挙げた。

「雫の勝ちだ。二連勝したんだから三回戦目はやめておこうぜ」


 やけにあっさりと負けを認めるミカボシである。負けず嫌いのミカボシ。なんかおかしい。

 そんな疑問もあって、雫はミカボシに詰め寄った。


「なんかおかしいわね?」

「隠すつもりはない。その理由はこれ、この数字!」

 ミカボシは、そう言って指を三本立てた。


「なにそれ? 夕べ駅前でタクシーに乗車拒否された数字?」

「乗車拒否されたのは四回だ。……いや、そうじゃなくて!」

「じゃなんなの?」


「嬢ちゃん、それくらいでやめとこうや」

 二人の間にモコ助が入ってきた。


「神にとって三は大切な数字な。ほら、三貴神とか三種の神器とかあるだろ? 小さな小競り合いでも、ミカどんが三回負けるのはチトまずい。今回は『星界への攻撃』と宣言しているようなものだから特にマズイ。ま、大人の都合というか、神の都合と思ってくれ」


 そんなモノなのだろうか? 意外と弱い神の一面。

 雫は、そこでふとあることに気づいた。


「あれ? たしか、明日は三回目の攻撃に当たるわね?」

 二首が初回。今日の四つ首が二回目。明日と予想されるヤマタノオロチが三回目に当たる。

 雫は、真島による何らかの策略を感じた。


「それはどうだろう」

 モコ助が雫の疑問に否定的見解を示す。


「みんなも考えてもらいたいが、真島が賭ける宇気比(うけい)の心当たりでもあるのかい?」

「宇気比?」

 聞き慣れない言葉に、雫が首を捻る。


「まー、なんつーか、さっきの卑劣な三回戦みたいなもんだ」

 こだわるミカボシである。


神友(ツレ)ん中にはいろんな方法を試す(ヤツ)がいるんだが、……常に前もって事柄を宣誓しておくわけな。で、適当な行動にチャレンジするんだ。それができたら願いが叶ったり、身の正当性が証明される。三回続けて正解を出すのが最も強力だと思っておいて間違いはねぇ。神が執り行う呪や誓約の一種なのかもしれねぇな」


「ミカボシの言ったこと、本当なの?」

 雫は、犬であるモコ助に、神であるミカボシの真贋を問うた。 

「乱暴だが、だいたい合ってる。スサノヲがアマテラスの前で三回の賭けに勝って身の潔白を証明した話とか、高木神がアメノワカヒコに放った矢とが有名だな。それからオイラにゃ宇気比の心当たりはないな」

 モコ助の説明を聞いて、初めて納得いった顔をする雫である。


 真二郎は、いじけるミカボシに一言二言声、優しい言葉をかけてから、その場を締める。

「結局、誰も心当たりはないのだな。ならば、兄さん……幸一郎は、ヤマタノオロチを完成させたいだけ、ではないだろうか? ヤマタノオロチ完成形以上の破壊兵器は、そうそう見当たらないように思う」

 確かに理由が思い当たらない。ヤマタノオロチを復活させる。そう考えるのが普通だが、雫には、単純すぎるように思えて仕方がない。


 誰からも発言が上がってこないので、モコ助はまとめに入った。

「襲撃の成功を賭けていたのなら。次回でそれは潰えるはず。ならば宇気比は頭から外して良いと思う。しかし――」

 モコ助は言葉を切って、二人と一柱を順に見ていく。


「ヤマタノオロチは、実質、無敵の化け物だ。オイラ達に防げなかったら、この国に対抗できる術はない。これを阻止できれば、オイラ達の勝ちだ」


「人間にはだろ? オレ様だけが頼りだって素直に言え! ヤマタノオロチが復活しちまったら、てめぇらはオレ様の露払いに回りゃいいんだよ。ケラケラケラ!」

 ミカボシは、実に心地よく笑う。耳の棒ピアスを左手で触りながら、右手で空のカップを雫に差し出す。


 どうやら、お代わりを要求しているようだ。

 ミカボシは実に旨そうに食べる。それは見ていて楽しくなる食いっぷりだ。


「これが最後だかね」

 すでにカップ麺を持っている雫。用意の良い様に、真二郎とモコ助はあきれている。


「違うわよ! 多く買いすぎちゃったから。これは、その……す、捨てるのももったいないでしょ?」

 雫は赤くなって言い訳をしつつ、てきぱきとカップ麺調理シークエンスをこなしていく。


「自分で言うのも何だが、……オレのどこが気に入ったんでしょうね? おとうさん」

「お父さんは雫の味方だぞ!」

「何言ってのよ! あ、あんたが物欲しそうにしてたから……ど、同情よ、同情っ!」

 畳をペシペシと叩きながら抗議する雫。


「おまえ、ほんとデレ下手な」

 ミカボシの言葉に夜は更けていくのであった。




「なあ、……雫」

「な、なによ?」

「おまえ、釣りしたことあるか?」

「無いわ。それが何か?」

「そうか……じゃ、今度教えてやるよ」

「あ、え……ミカどん、釣り得意なの?」

「あたぼうよ! ……なあ雫、この一連の騒動が終わったら、海釣り行かないか?」

「おいおい、不吉な事言うんじゃないぜ。可愛い小犬を怖がらせてどうするつもりだい?」

「オレ、この戦いが終わったら、雫と釣りに行くんだ。そして思い出をいっぱい作るんだ」

「だから、やめろっつってんだろが。進んでフラグ立てんじゃねぇぜコラ!」



目的を達する為に、手駒を使う。

だが、得てして駒の数は多くない。目的を達すると同時に使い切ってしまうのがほとんど。

一方、攻められる側で、特に賢い者は、手駒を温存しておく。

人、それを逆襲と呼ぶ。



次話「双剣の雫」

お楽しみに!

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