5.お風呂でワッショイ!
「なあ、真島の目的は、ヤマタノオロチでこの世界に復讐することなのかなぁ?」
ミカボシは変な場所で、変なタイミングで、変な話題を雫に振ってきた。
「何を今更?」
ミカボシに背を向けた雫。つまらなさそうに相手した。
「だってそうだろう? 復讐するんだろ? オレだったら真っ先に自動車会社ツブすぜ。だって、その程度だったら大百足と二首だけで事足りるからな。国が許せないなら国会に、その二匹使って襲撃すれば十分だ。アタマをツブした後でゆっくりと地方都市を襲って回ればいい」
……それもそうだ。
「なあ、雫……」
ミカボシの声色が変わった。いままでの砕けた口調から一転、まじめな口ぶりだ。
「雫、なんでオレを見て話してくれないんだ?」
ザブザブと湯をかき分ける音が続く。ポチャンと音を立てて水滴が湯船に落ちる。ここはスーパー銭湯ご自慢、女湯の大露天風呂だ。
「安心して。あたしがミカどんを見るのが嫌じゃなくて、ミカどんがあたしを見るのが嫌なだけ」
湯に肩まで浸かっている雫。
一緒の風呂に入るの仕方ないとして、裸を見られてたまるもんですか。
首を捻って目だけでミカボシを見る。
そこに素っ裸で立つミカボシがいた。
大理石で出来たような艶やかで形良い太ももから上を湯から出している。
肉付きの良いヒップ。筋肉で絞られたとおぼしきウエスト。長い手足。
ミカボシの全身を覆った、薄くて短い産毛が温泉の湯を弾いている。体に張り付いた数少ない水滴が、離れるのを惜しむかのように表面張力でがむばっている。
なぜ故にか、雫はミカボシから目を離せなくなっていた。
着やせするタイプなのだろうか、白桃のように丸くて張りの良いバスト。そしてナニなナニ。さらにナニ。最後はゲフンゲフン!
「雫、湯あたりしたのか? 顔が真っ赤だぞ」
「何でもない!」
女の子同士なのに、なぜあたしの心臓が跳ねるのか。
ひょっとして……いやいや、そんな馬鹿な。あたしに限って。こいつは元男だから? でも体をまともに見られないのは変だ。あたしはジャニーズ系が密かに好きなんだし。いや、友達の桃果みたく韓流に走るのも……。
いけない、考え方が支離滅裂になってきた。
今から思い返せば、ミカボシを引き留めたのは、戦力が欲しかっただけではなくて、別のナニか感情がそうさせたような……。
まさか、あたしは……変――。
「湯船から出ろって」
首筋にミカボシの息が掛かる。雫を思いやる優しい声に、コキンと音が立つくらいに体を硬くする雫。
――うわマズイ、ミカボシに気づかれたか? まさかこいつ、人の頭の中を読んだり出来るんじゃないでしょうね? 心根が腐敗してても神は神だし、うわわわわ――。
「どうした、雫?」
雫の肩にミカボシが手を当てた。そして妙にバランスを崩させる変な技を使って雫を振り返らせた。
雫の顔面に、中腰になったミカボシの顔があった。そしてこの距離だ。当たり前のようにミカボシのナニなナニが雫のナニなナニに触れていた。
雫の頭に血と動物的なナニが駆け上がって、ナニかと大変なことになっていた。
「いやーっ!」
零距離からの発勁が発動し、ミカボシは洗い場まで飛ばされる事となったのだった。
「てめえ、いきなりナニくれてやがるのかな?」
スーパー銭湯備え付けの、温泉マークをちりばめたデザイン浴衣に着替えたミカボシ。
半乾きの髪をバスタオルで乱暴に拭き上げている。ドライヤーを使う気は無いらしい。
雫の服装はいつもの動きやすいタイプ。浴衣など着ていない。物見遊山な気分になれないだけだ。
父はまだ出てこない。入湯を断られて拗ねたモコ助が、雫の膝で拗ねて寝ているという微笑ましい風景。
それにしても、まだ手に感触が残っている。
ミカボシの体の感触だった。
雫は発勁など使ったことはないが、近接格闘の素人ではない。あの距離で弾き飛ばそうとすれば、相手の顎か腹に手をかけるだろう。
あろう事か……腹の上、顎の下、さらに下の二つのナニに両手で触れるとは……。
感触を消すために、先ほどから冷たいフルーツ牛乳の瓶を両掌でゴリゴリしているのだが、全く消えてくれない。
「自業自得ね。いきなり変な技かけたあんたが悪いんでしょう?」
冷静に、冷静に。
あたしはクールに戦いクールに去って行く退魔師。こんな事で狼狽えてはいけない。これも経験不足がなせる不始末。
よい経験が積めたとポジティブシンキングよ。感情などコントロールすればいい!
不穏な考えと決別するかのように、雫はフルーツ牛乳を一気飲みしだした。
「カップ麺が無けりゃ、今頃組み伏せてオレの体の下でヒーヒー言わせて――何しやがる!」
間が悪かった。ミカボシのあからさまな言葉のセクハラに雫が反応し、そのものズバリの絵を脳内映像原野に映し出したのだ。
結果として、雫がフルーツ牛乳を吹き出すという事故が起こった。
「しかたねーなー。もー」
モコ助が、手元に置いてあったおしぼりを使って綺麗に拭き取っている。意外にまめな犬。
「嬢ちゃん、冷たい女を演出するには、若干、若すぎるとオイラは思うね」
「な、な」
雫の表情は狼狽えてないが、目が泳いでいる。
「雫、おまえほんとクールが下手なのな」
「え、あたしクール下手?」
よほど想定と違ったのだろう。雫は素の顔でどぎまぎしている。年相応の可愛い顔だ。
「犬で同性はあり得ない話なんだが、嬢ちゃん、ミカボシに本気で惚れてないか?」
「何言うのかな、このバカ犬!」
雫は、言葉でどう取り繕っても、まだまだ体が素直に反応する子供である。うなじから頬、そしておでこに至るまで、きれいなピンク色に染め上がっている。
「あーゆー事を堂々と言った以上、オレ様を意識するのは仕方のない話だが……って、今オレ女の体してるんですけど」
「雫、お前にはまだ早い! お父さんは許しませんよ!」
「お父さん!」
ややこしい事に、このタイミングで風呂から上がってきた父、真二郎がコーヒー牛乳を片手に立っていた。
「お父さんご安心を。オレ女っすから。雫と一緒に寝たいと思ってるけど、女の子同士っすから。ちんちん付いてないっすから。それでもできる事できますから」
「それなら安心だ」
「ご主人、ちょっと冷静になろう。ミカどん、深呼吸ゆっくり十回してから正座しろや。嬢ちゃん、ミカどんにカップ麺を買ってやってきてくれ」
この中で一番冷静なモコ助が中に入って三人を仕分ける。
まさか、いや実は――などと呟きながら、雫が小走りに走っていった。
「みんないい大人なんだから、もうそろそろ分別ってものを持とうぜ」
モコ助は、雫の後ろ姿を見送ってから、前足の肉球で畳をトントンと叩き、いい年をした二人の自制を促した。
「大事の前だ。いきり立つのは解るが、ご主人、判断が鈍ると死を招くぜ。ミカどん、発情期くらい調節しよう」
トイプードルの前で正座して小さくなっている大人と神。近くに人はいないのでモコ助の声は聞こえない。遠くに、何だろうと首を捻って見ている一般人ならいる。
「親は楽しいくらいに親バカだし、神は悪神だし、嬢ちゃんは生き方下手だし……まったくもって、なんだって小犬がパーティの手綱を握らなきゃならないんだ?」
とっとこっとこと、雫が笑顔で戻ってきた。
モコ助や父に一瞥もくれず、湯を入れたカップをミカボシにおずおずと差し出す雫。
「ほら、買ってきてあげたわよカップラーメン。これは取引なんだからね。べ、べつにミカどんのために買ってきたわけじゃないんだからね!」
一柱と一人と一匹が、そろってため息をついた。
ミカボシが自分の役割として、こうつぶやいた。
「お前、ほんとツン下手なのな」
うろたえる雫を尻目に、とある目線で、力なく肩をすくめるモコ助であった。
出雲太郎 大和二郎 京三郎。
一富士 三鷹 三茄子。
三三九度。参拝。
なにゆえ、「三」を強調するのか?
次回「三」
お楽しみに!




