4.生け贄
真二郎の運転する車は、広い駐車場に停まった。
ここは二十四時間営業のスーパー銭湯。熱い湯につかって体の疲れをとる事もできるし、温かい食事もとれる。仮眠施設まである。
「当然、オイラは嬢ちゃんや旦那の側につく。真島の気持ちは理解できるが、行動が理不尽すぎる。ミカどん、これを聞いてあんたはどうするね?」
モコ助は改めて自分の立ち位置を宣言し、細い顎をモミモミと指でなぞっているミカボシにつぶらな瞳を向けた。
「いわゆる一般的な逆恨みってヤツだな」
ミカボシ、にべもない。
「さすが天の悪星ね。敵に同情もしないし、私たちの味方をするとも言わない」
雫は冷たい態度を取ると、限って美しくなる。
「あのな、愛する者の突然の死なんて、それこそ星の数ほどある。今こうしている間にも、どこかで誰かの大切な人が挨拶もせず死んでいる」
雫は、冷たい目でミカボシを見つめている。ミカボシのあまりにも大人びた話し方が気に入らないのだ。
「よく聞け雫。オレ様はな、そんな連中をたくさん見てきた。オレに寿命は無い。必然的に見送る側だ。見送られた事はいまだかつて一度も……」
自信がないのか、ここらでちょっと記憶をまさぐるミカボシである。
「確かに一度もない。オレは無限の時を生きる。人間の寿命は一瞬だ。オレは見送る側なんだよ!」
雫の目が、一瞬だけ泳いだ。
そう。ミカボシにだって色恋沙汰の一つや二つはあって当然。対象が人であった場合、恋人はミカボシと同じ時間を生きられない。
ミカボシは何度も愛する人と別れてきたのだ。いや、強制的に別れさせられたのだ。
時々ミカボシが口にする、シズカという名前。女性であろう。
ミカボシは、人間関係に冷たい態度を取ってきた。それはミカボシの意に反した行動ではないだろうか?
そうしなければ悲しさや寂しさに負けそうになるからではないだろうか?
「オレが、てめぇら親子の助太刀をしなけりゃならねぇ理由が見あたらない。オレになにか利益があるか?」
それはミカボシの本心だろうか? 雫には判っている。
違うと。
ミカボシの目を見れば解る。これは天の悪星を標榜する天津甕星の生き様なのだと。
理由がないのに手を貸すほど、悪神がお人好しであってはならない。
「戦いは、交渉手段の一つに過ぎない。オレは真島と何を取引するんだ? オレの所有物が壊されるのか? 正義を理由に戦うのはごめん被る。オレは降りるぜ」
ミカボシがゆっくりとドアノブに手をかける。
雫は止められなかった。ミカボシはたくさん悲しみを見てきた。
でも、ミカボシには一緒にいて欲しい。
ここで、雫は、何かが心のどこかに引っかかるのを覚えた。ミカボシと一緒にいたいのは、戦力としてだけなのだろうか?
雫はモコ助を見た。モコ助は雫を見ながら小さく首を左右に振った。
賢い犬だ。雫と考えていることは同じなのだ。
口では手厳しいが、モコ助は、ミカボシが気に入ってるのだ。
なにかもっともらしい理由はないだろうか? ミカボシと一緒にいられる理由はないのだろうか?
父はハンドルを固く握りしめたまま、じっと施設の看板をを見つめているだけ。
ゆっくりとした動作で、ミカボシが車のドアを開けた。ミカボシらしくない、あまりにも緩慢な動作。
ミカボシも、別れたくはないのだ。ミカボシも何か理由を探しているのだ。
だが無い。
理由がない以上、天の悪星は、ここに留まる訳にはいかない。
なにか言わなきゃ! 何か無いの?
雫は周りを見渡した。そこにあるのは施設の説明と宣伝のための看板だけ。
そして時間が終わった。
「じゃ、元気でな」
ミカボシが、車から出て行った。
後ろ手でドアを閉める動作が緩慢だ。
ドアが閉まったらもう終わり。ミカボシは瞬間移動でこの場を離れ、もう二度と会うことはない。
理由が欲しい。何でもいい。理屈さえ通ればどんな……。
「ミカどん」
呼びかけたのは真二郎だった。
「ミカどん、ここはカップ麺を売ってるみたいだよ」
ミカボシの動きが止まった。
「どうだい? 二つ三つ、イッキ食いしてみるってのは?」
まだ止まっている。
「むうん!」
強力な磁石から剥がれるようにして、ミカボシが動いた。
「言ったろ? オレは安っぽくないって」
「そうかな?」
モコ助の腹に一物がありそうだ。
「嬢ちゃん、押しが足りないようだぜ」
モコ助は、雫に何かを求めた。そしてこっそりと耳打ちする。
「ミカどんが戦う理由。それは自分のため。ってことは、自分のモノのためでもある。でも昨日降臨したばかりのミカどんは、何も所有していない。だったら守るモノをこさえればいいんじゃないか?」
守るモノ。
守る『物』。
安直に、物ならカップラーメンだろうが、否定されたばかり。
守る『者』なら人間。人のために戦うとは思えないが、……人といえば、八岐大蛇は国津神の少女を生け贄に求めた。クシナダヒメという童女だか幼女が生け贄になるところをスサノヲが助けたお話。
言い換えれば、幼女をかけて蛇と殺し合いしたという情けないお話、なのだが……。
なるほど!
雫は理解した。
「一つ取引しましょう。味方になってくれるなら、あたしを生け贄に捧げましょう。どう?」
「その話、乗った!」
志鳥雫は自らを生け贄にして、天津甕星を召喚した。
ただし、雫の特殊効果はそのまま維持されるのであった。
「二人とも、芝居っ気見え見えだし……」
誰にも聞こえないように、そっと犬語で悪態をつくモコ助であった。
次話「お風呂でワッショイ」
読んで字の如し、解説不要。
ポロリもあるでよ!
いろんな意味でお楽しみに!




