1.21世紀
雫は犬を拾った。
拾ったというよりも、犬が勝手についてきた、と言いたかった。
母があんな事で死んで、数ヶ月後の事だった。
中学校から帰宅途中の、ある雨の日の夕方だった。
鬱蒼と茂った木々の隙間にある鳥居。
自宅である黒岩神社の鳥居の下。
日の光の届かぬ場所で、小さな犬がうずくまり震えていた。
ココア色の、モコモコの、トイプードルの成犬だった。
飼ってみたいと言う娘に、父・志鳥真二郎は驚いていたようだった。
「飼うのは良い事だが、……その犬は迷子だ。いつか飼い主が現れる。別れが辛いぞ。情が移ってしまってはな」
父の声は、ひびの入ったガラス細工を優しく扱うようだった。
「だからいいの」
雫は、父の顔を見もせず、小さな暖かい犬を抱き上げてから言葉を繋いでいった。
「最初から別れることが決まっている相手なら、別れが来ても素直にさよならできるもの」
それでも良かろう。
「名前が無いと不便だな」
真二郎は、娘が一歩だけ前に歩み出したのを感じ取った。
だから犬を飼うのに賛成をした。
「もこもこのモコ助君。あなたの本当のお名前はなあに?」
その犬が人語を話せるなら、元々付いていたであろう名前を否定される事の是が非について語りたかったのかもしれない。
すんすんと、鼻を鳴らして答える小さなティディベアカットの犬は、以後、モコ助と呼ばれることになるのだった。
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