1.集結
さてさて、再開です。
「これはいったい……」
絶句したのは雫。
「地獄絵図」
足を止めたモコ助。
「ここ、黒岩神社だったよな?」
わざわざ後戻りして、鳥居前のカンバンを確認しに行くミカボシ。
「いや確かに黒岩神社だわ! そこはかとなく静かで閑散として枯れた風情が売りのボロ神社が、しばらく見ない間にこうも変わるとは――」
「黙っていて」
逆手に持った妖刀・天之桜折劔の、妙にギラギラ光る鋭い切っ先をミカボシの喉笛へ静かに押し当てる雫。
無意味に広いだけだった黒岩神社境内は、一変していた。
黒山の人だかりとはこのことか。右を見たら修験者の一団。左を見たら、ラメ入りの神主。奥を見たら、総髪に朱の鉢巻き姿の武芸者風。目つきの悪い者。怪しい姿の人・人・人。
少なく見積もっても五・六十人はいる。
状況を判断しきれず、棒の様に立ち尽くしていた雫達の後ろから、修験者の一団が六根清浄を唱えながら、黒岩神社の境内へ入っていく。
こうまでされれば念入りである。
日が落ちてあたりはすっかり闇に飲まれているのだが、篝火が赤々と灯された境内は昼のように明るい。
「雫! こっちこっち!」
人混みの中、ひときわ大きな集団の中で、父・真二郎が手を振っていた。
顔に笑顔を浮かべているものの、まさに浮かべているだけの印象。目と眉が笑っていない。
「お父さん、この人だかりは?」
雫は、鍛え上げた敏捷性を利し、人の海をかき分けて、話ができる距離まで近づいた。
「真島幸一郎の『暴挙』を聞きつけて、助太刀に来てくれた『協会』の方々だ。偉いさん方も何名か見えられている」
一部を意図的に誇張した志鳥真二郎の説明。雫は勘の良さで、すぐにその意図を理解した。
この人達は雫達の同業者なのだ。
ただし、無傷で黒岩神社境内に立つ人とは、真島の魔手にかからなかった人達である。
つまり、魔手にかからなかったという事は、真島のリストから外された拝み屋の事。
よって、良く言えば、微々たる能力者。平たく言えば、偽物ということになる。
「おお、君が志鳥君の娘さんかね? 名前は?」
恰幅の良い初老の僧侶。金糸銀糸で縫い取った紫の袈裟をかけている。押し出しの利く人物だが、タバコ臭がひどい。
この仕事、体力を削る。チェーンスモーカーに勤まるものではない。
「雫」
ぶっきらぼうに答える雫。この和尚、良い声をしている。
年齢イコール男いない歴の雫であるが、仕事上ありとあらゆるタイプの人間と面識を持っている。その経験上、良い声の男は能力が低いと分別している。
声が良いと説得力が付いてくる。声の良い男は、その副産物を自分の実力と過信して、スキルアップを図らない。
若い頃はそれでもいい。しかし、ある程度年を経ると努力不足が如実に表れる。
この僧形は正にそれだろう。この業界で、ちょっとは有名な雫の名を知らない時点で終わっている。
「お父さん、はっきりと言えば? 邪魔ですって」
「はっはっはっ! 皆さんで真島をフクロにすれば、彼の化けの皮もすぐ剥がれるだろうと。トリックを見破られれば、さすがの真島もおとなしく捕っているだろうとおっしゃっている。はははは……」
実に説明臭く、そして乾いた声で笑う真二郎。
確実に命を落とす旗を揚げてしまった僧形など、叩きだしてしまえば後腐れ無いのだが、真二郎としては、大人の事情で争いたくない相手なのだろう。
「いやぁ実にいいところへ来てくれました。志鳥家一同歓迎いたします」
やたら背の高い美女が、スルリと割って入ってきた。
女の顔に、取って食いそうな猛虎の目が、取って付けたような笑顔が貼り付いた顔に爛々と輝いている。
僧形の魂が怖じ気づいた。
殴り合いをすると確実に負ける気がしたからだ。自分の使う「法力」というものを笑われそうな気がしたからかもしれない。
「ミカどん、何を――」
言いかけて言葉を止めた。この声はミカボシのものではない。
ただの犬のふりをしたモコ助が、ミカボシの肩に乗っかっているが……。
「申し遅れました。私は、志鳥家で修行をしてる脇之下ミカ倫と申す、痛て――者です」
ギュイとモコ助の前足をつねるミカボシであるが、にこやかに口パクを続けている。
これは……モコ助の逆腹話術?
なるほど、交渉ごとはモコ助が適任だ。欠点は犬である。だからこうなったか。
「実を申しますと、先ほども真島に襲撃されましてね。何とか機転を利かせて、彼の魔手から逃れてきたトコロなんですよ」
「なんと、真島がこの近くに!」
坊主が顔に恐れを浮かべた。まさか昨日の今日、ここにやってくるとは思わなかったのだろう。
逆に、真島という固有名詞を聞いていきり立つ者達もいた。自ら手にしたナンチャッテ法具を振り回す者や、でたらめな呪文を唱え出す者までいる。得てして好戦的な者が多そうだ。
それを見て取ったのだろうか、ミカボシとアイコンタクトを取ったモコ助。話を再開した。
「真島の戦法をちょっとだけ見ていただきましょう」
ミカボシの瞳に金の陽炎が揺れて――「スカッ!」
……ミカボシが指を鳴らし損ねた。
と、境内に一陣の強風が吹き抜け、篝火が全て吹き消された。指を鳴らす行為に意味は無かったらしい。
墨を溢した様な闇の中。一点より色がポッと滲み出た。
そこを中心とした世界に色が付く。
眼前に現れた景色は、巨大な四つ首の大蛇。魂を冷えさせるには十分な滑りを伴って。
これは先ほどの黒塚公園頂上広場での光景。
西に夕日。東に四つ首の大蛇。間に挟まれる格好で、あの時の雫とミカボシ、そしてモコ助が身構えていた。
境内に集まった法力者や能力者は声も無く佇んでいる。彼らも雫達と同じ場所に立っていたからだ。
雫が呪を唱え、剣に光をまとわせて走る。過去の再現が始まった。
魂消えるような異音で吠える大蛇。
雫、真二郎、モコ助、そしてミカボシを除く全員がすくみ上がった。
「しかたねぇな」
軽く舌打ちをするミカボシ。以後、音声無しで再生が続けられる事となった。
雫とミカボシの持つ剣に力あふれる光が宿る。だが、物理攻撃の全てを跳ね返す鱗を装備した四つ首大蛇を攻めあぐねる初戦。
雫が、首の一つの放つ闇に飲まれた。闇のボールができあがる。
実際の戦闘に参加した雫だが、ここから先を見ていない。
ミカボシは刃の通らない大蛇相手に、どのようにして戦い、勝利したのだろうか。雫としては大いに興味がある。
闇の球体の手前。二条の光が斜めに平行移動。それは神性を放つミカボシの金の瞳だった。
なんだか怒っている。どちらかと言えば動きが緩慢で、やる気の見えなかったミカボシに、生気があふれている。
ミカボシの頭上に銀の光を放つ巨大な物体が出現した。それは銀でできた巨大な門。大蛇の巨躯をも凌駕する。精巧なレリーフが刻まれた、神々しい輝きを放つ扉が開かれた。
「え?」
雫は目をこらした。
気のせいだろうか? 小さな翼が生えた子供の白い陰が、複数飛び出して見えたのは。
開かれた門より、やたら野太い光線が打ち出された。その光線が、大蛇の首の一つを直撃した。
結果、大蛇はのけぞっただけで無傷。
何となく気に入った様子のミカボシ。嬉々として、次の攻撃に出た。
ミカボシの背後に、再び門が出現。今度は禍々しい装飾が施された漆黒の門。太く、錆びた鎖でがんじがらめにされている。
いかにも開けるとヤバそうな門だ。
ミカボシが何か叫んでいるも、ミュートになっているため、声が雫の耳に届かない。
口の形から「ジゴクモン」とか読み取れたが、きっと何かの間違いだ。
ミカボシの命により鎖が断ち切られ、門が開く。
この辺のおどろおどろしさは、ミカボシっぽいので違和感が無い。
雫の予想通り、門の大きさに見合う黒い弾丸が飛び出した。ドクロっぽい弾頭部分が、悪霊っぽい複数の影を巻き込みながら大蛇に直撃した。
今度は大蛇の胴の部分。
衝撃はあったのだろう。五メートルばかり後退しただけに留まった。
乱れた四つの首がその衝撃を物語っている。ある首は瞼を閉じ、ある首は大口を上げてのけぞっている。
ミカボシはというと、喜色満面の笑みを浮かべ、空中に存在していた。大蛇の一つの顔面に近接した位置。
ミカボシが天之桜折劔を突き出した。目標は大蛇の開いた口。口蓋上壁に剣が突き刺さっている。
剣が大蛇の口中で光を放った。トンボを切って着地するミカボシ。頭上で、頭部がぐずぐずになった大蛇の首が崩れ落ちようとしていた。
雫は、はたと気づいた。
「そういう対処法をとったか。……ベタだけど」
神経節が独立しているのだろうか。残り三つの首は痛みを感じて無さそうだ。代わりに、状況をつかみ損ねてうろたえている。
ミカボシのスピードは、その隙を突くには充分過ぎるものだった。残像を見せつつ三つの首に取り掛かる。
一つ目の首は学習能力が無かった。ミカボシを牙で捕らえようと、開けた口を貫かれ爆死した。二つ目の首は口を閉じていたものの、目を貫かれて頭が爆ぜた。
ひらりと一回転。ひねりを加えて着地したミカボシ。大蛇にくるりと背を向け、剣を顔の横に構えるという独特の構えをカメラ目線でキメた。背後で大蛇が崩れ落ちていく。
ミカボシの目が動いた。正面を向いたまま、横目で何かを追っている。
視線の先は、位置的に雫を取り込んだ闇の球体がある方。
ミカボシの横顔に入る影が揺れる。球体の方角で何か動きがあった模様。
「あ、モコ助の九ミリなんとか……」
時系列的に言えば、モコ助が必殺技を駆使し、雫を守ってるはずだが、その様子は明らかにされない。
「おいおいミカどん、オイラの活躍を抹殺する気かい?」
モコ助が地声で抗議するが、映像のスペクタルさに目を奪われた衆は、一人として気づかない。
残りの首は一つ。
と、ここで何かに気づいたミカボシ。球体をじっと見つめている。
たった一つ残った大蛇の首は、フレームの外でモコ助とやり合っているようだ。ミカボシにまで手が回らない。
ミカボシは黒い球体へ、とことこと歩み寄り、ひょいと球体に入り込む。モゴモゴと球体が蠕動した後、雫を抱えたミカボシが飛び出してきた。
下からの映像なので、雫のスカートの短さが強調される事となる。いわゆるローアングルという構図だ。
「こほん」
雫が咳き込んだ。
わざとらしい咳払いと共に突き出した双剣が、ミカボシの大動脈にそっと触れ、震えている。怒りのせいだ。
映像がミカボシ視線へチェンジされる。
ここから先は雫が知っている映像だった。
最後は真島の自爆でエンドロールが流れだした。
画像は、揺れながら霧が晴れるようにして消えた。
消えたはずの篝火が赤々と燃えてる。
ホウというため息があちこちから聞こえた。中には、尻餅をついている者もいる。
集団の中に流れている空気は二種類。
一つは、こんな怪獣相手にインチキ魔法で勝てるわきゃねぇ!。
もう一つは、我々と違って、雫や、仮称・脇之下ミカ倫はホンモノである。――である。
「ざっとこんなところです。真島を守る四つ首の大蛇は、物理攻撃も、呪による攻撃も利きません。真島に手傷を負わせ、何とか退けられましたが、次回は私たちの力だけでは無理でしょう」
ここで言葉を切るモコ助。その圧倒的実力を見せつけたミカボシは、応援部隊の面々に睨みを利かしている。
「で? 皆さん方は何しに来られた?」
ミカボシはにこやかなままなのだが、モコ助の声がワントーン冷たい方に下がっていた。
何かを言わなければ殺される。そんな風に、協会を代表する坊主は思った。
「天理の春那が保管していた天羽々斬剣が、真島の手によって盗まれた」
「なんだと?」
ミカボシの顔に変化が無かったので坊主は気づかなかったが、モコ助の顔面に渋い皺が浮かんでいた。
対八岐大蛇用汎用刀剣型決戦兵器が、すでに真島の手に落ちていた。
モコ助は、急遽作戦を変更した。
「真島は、傷が癒えれば必ず襲撃してくるでしょう」
あんなバケモノ相手にしたら死ぬ!
モコ助……もとい、ミカボシの言葉に、肌が痛いほど空気がざわついた。
「逆に言えば、傷が癒えるまで襲撃してこない」
今度はうって変わって、安堵の吐息が聞こえてくる。
「私たち志鳥家の者は疲れています。しかし、真島の襲撃を警戒しなければなりません」
先ほど、言外に「真島の襲撃は無い」と言っていたモコ助。ならば警戒の必要があるのか?
「そこで皆様に、組織だった警戒を行ってもらいたい。と同時に、来るべき対真島戦のため、皆様には英気を養っていただきたい。もちろん、御神酒と御供は提供いたします」
酒と米は出す。という意味だ。たしかに、本殿には米俵と酒樽がいくつも積んである。
「できる事なら皆様のお弟子さんの方々に、足りない物資の買い出しや炊き出しを行ってもらいたい」
どっと湧いた。声を張り上げる者もいる。
脅した後に飴玉を与える、という簡単な人心操作法――この手法は、偽心霊能力者がよく使う最もポピュラーな手なのだが――によって、場が多いに盛り上がった。
モコ助を肩に乗せたミカボシの陣頭指揮の下、たくさんの人や車が黒岩神社を出入りする。
騒ぎを聞きつけた氏子衆までもが集まって、一時のお祭り騒ぎとなった。
暗闇の中、始動する志鳥家。
真島に先手をとられ続けた志鳥家とミカどん。逆襲の策を弄する能力を持った主人公サイドのキャラは、モコ助のみ!
動くのかモコ助!?
次話「三十六計(仮)」
おたのしみに!




