10.夕日
「ところでモコ助、あんた大蛇が消えるまでどこに隠れていたの?」
丘陵公園を降りている雫。いろんな意味で疲れてしまった雫である。涙をこぼした事を思い出されたくないので、モコ助が生け贄に選ばれたのだ。
「まあそう言ってやるな」
助け船を出したのは、意外にもミカボシであった。手をパタパタさせている。
「雫が闇に巻かれて無防備だったところを守っていたのは、メコ助だったんだぜ」
「モコ助な」
雫は、絶妙なタイミングで合いの手を入れるモコ助を見た。モコ助は、雫の顔を見もせず、小さい足をチョコマカと動かし歩いている。彼としては小恥ずかしい限りなのだ。
雫からもミカボシからも、裏切り者とレッテルを貼られたモコ助が雫を助けて働いた。どんな働きかわからないが、経立といえど小型犬が大蛇を相手に立ち回ったのだ。命がけの戦いがそこにあったのだろう。
「ベ、別に助けてくれなくても……。あ、ありがとうね。モコ助」
ひょいと顔をあげるモコ助。何か言いたそうに口を開けるが、何も言わず顔を進行方向へ向け直した。
「雫、おまえ素直が下手なのな」
ミカボシの茶々が入る。
「な、なによそれ? なんであんたに――」
「それよりメコ助!」
ミカボシが、顔を赤くした雫の抗議を遮った。
「九ミリパラベラムバレットパンチったっけ? 賢神・天津甕星ともあろう者が、おもわず対策を考えちまったぜ!」
「その技はモコ助のでまかせじゃ――」
「いやいや、買いかぶりすぎだってミカどん。ありゃ出オチみたいなもんだ。一度見られちまった以上、ミカどんほどの戦上手相手にゃ通用しねぇ」
「ミカどん言うな。妖気と霊力の合わせ技だろうが、器用だな。オレ使ってもイイかな?」
「ちょっと待って、ちょっと待って、天津甕星を恐れさせる技? どんな技?」
同時に立ち止まるミカボシとモコ助。
シンクロして雫に視線を向ける二人。三秒ほど後に、シンクロして視線をずらした。お互いの目を見合った後、二人して雫をチラ見している。
「ハハハ、雫にはまだはやいかな」
「こいつは大人の技だぜ。嬢ちゃんは知らない方がいい」
「何よ! 説明なさいよ!」
まあまあいいじゃないですか、と二人にあやされる雫である。子供扱いされたようで腹立たしいことこの上ない。
「カップラーメン買わないからね」
「雫にはこれを遣わそう」
いきなり真剣な顔をするミカボシ。抜けば玉散る氷の刃。手にした剣の柄を雫の手に握らせた。黒岩神社の御神体である十柄劔より、かなり幅広の剣だ。
「これは天之桜折劔といって、これで切れないものはないという――」
「これは! さっき大蛇の鱗を切れなかった駄剣!」
「――天之尾羽張に匹敵する魔剣……もとい、霊剣である!」
途中で言い直したミカボシから、剣を渡された雫。ジト目でミカボシを睨んでいる。疑いの目で見つめていると言い換えても可。それも非常に疑わしい目だ。
「コホン! 雫が御神体と仰ぐ剣な。おまえらは草薙劔クラスと思ってる様だが、オレに言わせりゃ、銅の剣だ」
「どこのRPGよ?」
一本でも物騒な抜き身の剣を二振り持たされた格好の雫。鉄の棒二本分だ。十七の少女が持つには少々重すぎる。
「一振りだけでも切らないように気を遣ってるのに、二振りも持たせないでよ。重いし、危ないし!」
「雫よ、よく聞け。真に切れる刀は鞘を切らないと言うが、ありゃ嘘だ」
ミカボシの目がチラリと金色の光を瞬かせた。
雫は、大蛇と戦うときにすら見せなかった神性の発動を垣間見る。
「さらに、切るべき時に切り、切らぬべき時に切らぬ刀が名刀。と言うが、これも嘘だ」
不思議な事もあるもの。ミカボシの背景で、あんなに敷き詰められていた厚い雲が晴れていく。今まさに沈まんとする夕日が、姿を現した。
「本当の名刀ってのは何だって切る。己を納める鞘だって切る。触れる物全てを両断するために作られたのが刀という武器だ。切れ味をコントロールできねぇヘッポコ野郎の腕がそれを妖刀と呼ばせる」
二振りの剣を交互に見やる雫である。今のミカボシの言葉だが、神としての実力は無駄に持っている。なにかの蘊蓄を語って……。
「さりげなく、オイラのリード持たないでくれるかな、ミカどん? オイラのリードを持っていいのはこの世で後にも先にも嬢ちゃんだけなんだぜ。つーか、てめぇに持たれるとロクな事ねーんだよ! 離せよ!」
いやいやまてまて。さっきのはミカボシの視線誘導だ!
「この剣、桜の枝を折って作ったわよね? 公園の木を無断で切ると、市の職員に怒られるわよ」
「話のついでだ。草薙劔って知ってるよな?」
「話をそらしたわね?」
腕を組んで仁王立ちのミカボシ。目に浮かぶ金色の光が左右に泳いでいる。神性を悪用して全力でごまかしそうとしているのだろう。
「西の雲を晴らしたのも、あなたの台詞に説得力を持たせるための演出でしょう?」
「いや、その……」
今のこいつならやりかねない。
それが証拠に、急に空が曇りだした。
しどろもどろのミカボシに助け船が入った。
「草那藝之大刀ってのが正式名称だ」
モコ助が、ロンドンのパブで白ソーセージをビールのつまみに注文するクラスの気安さで口にした。いがみ合っているくせに、この二人のコンビネーションの良さがイマイチよく解らない。
「ざっと説明すると、熱田神宮の御神体で三種の神器の一つ。ヤマトタケルが草を薙いだから草薙劔と命名された。元々は都牟刈之大刀とも天叢雲劒とも呼ばれていた。劔は両刃、刀は片刃とされるから、時代を考えて天叢雲劒と称するのが正しいとオイラは思うね」
ペラペラとよく喋る犬である。ミカボシは、傾けたい蘊蓄を全てモコ助に言われたのか、口をぱくぱくさせているだけだった。……ミカボシが知る情報より多かったのかもしれない。
「ま、まあ、そんなトコロだ。天国戦争のおり、ニニギ坊やがアマテラスからもらった剣だが、元々はスサノヲがヤマタノオロチをオロシていたときに尾っぽから見つけた剣だ。オロチだけに」
一人、おもしろそうに笑っているミカボシであった。――オしか合ってないし。
「ミカどん、嬢ちゃん、こいつはまずいぜ!」
何かに気づいたのか、モコ助がミカボシの心底愉快そうな笑い声を途絶えさせた。
「何よモコ助、変な事言わないでよ?」
「なんで真島はミカどんに負けるとわかって挑んできたのか。オイラ解ったかもしれないぜ!」
犬故に表情が変わらぬが、モコ助の、いつになく真剣な物腰だけは伝わっている。
「真島が持ってきた大蛇、……昨日は二首二尾だったが、今日のは四首四尾だった。こりゃひょっとすると……」
「あ!」
雫もピンと来た。
ミカボシは黙ったままだ。
「進化してる。次は八頭八尾かもしれないぜ!」
「ヤマタノオロチだろ?」
正解を言ったのはミカボシだった。
雫とモコ助は、ミカボシの顔にゆっくりと視線を合わせていった。
その物言いが、あまりにも普通だったものだから、雫とモコ助は、ミカボシに恐ろしさを感じたのだ。
「それくらいでなくちゃ面白くねぇ!」
耳の棒ピアスを弄りながら平然と答えるミカボシである。
「あんた、いつから気づいてたの? なんで言わないの?」
ミカボシに詰め寄る雫である。両手に二振りの剣を持って。
「いや、なんつーか、昔、ほら、平安だとか室町だとか言われていた頃だ。雫より前に召還されちまってた時がオレにもありました。オレってば、仕事でぇ、大蛇を大量にブチ殺してたんですョー。そん時の蛇が毒を吐いてたんで、あ、こいつあん時、撃ち漏らした蛇だって……」
じりじりと後ずさるミカボシに。下段の構えで、じりじりと間合いを詰めていく雫。両手に持つ幅広の剣が、得物に飛びかかる寸前の大鷲の翼のよう。眉を危険な角度に吊り上げている。
「戦ってみたいじゃん! 三貴神のスサノヲが策を弄さなきゃ倒せなかっ――おわっ!」
雫に詰め寄られ、後退していたミカボシ。石ころに躓いて尻餅をついた。
「危ねぇって! 切っ先こっち向けんなよ! オレを先端恐怖症にしてぇのかよ!」
雫は二つの切っ先を後方へそらした。よく考えてみれば、ミカボシを刺したところで何も良いことが無い。だいいち、刺したところで死ぬようなタマじゃない。
「真島の、真の目的はヤマタノオロチを復活させることね?」
「十中の十、そうだとオイラは睨むがね。だとすると目的は一つに絞られる」
モコ助が機嫌悪そうに、前足で地面を掻いている。
「真島の狙いは、この世の条理への復讐と破壊だ。神と神の眷属たる神職者の抹殺。そして神が作りし豊葦原之千秋長五百秋之水穂國ブキュル――」
「長げーよ。葦原中國でいいだろ? 物質界でいいだろ?」
冷たい目をしたミカボシの靴底を嘗めることとなったモコ助。
「愛玩動物といえど容赦ねーな、ミカどん。さすが天の悪星だぜ。……つまり、嫁さんと子供を奪われた事に逆上した真島が、この国とこの世界を破壊するためにヤマタノオロチをせっせと育成してやがるんだ。神の力を宿した剣でも切り裂けない鱗を持った、パーフェクトなヤツをな!」
ミカボシが斜め上を見ている。何か考えているようだ。
「ほら、対抗策に確か何かあったろ? スサノヲがヤマタノオロチを斬った業物が……なんつったっけ?」
「天羽々斬剱だろ?」
モコ助が即答する。
「ヲロチノカラサヒノツルギとか、オロチノアラマサとかも呼ばれるがな。……あ、そうか!」
モコ助は気づいた。
「それを探し出して手に入れれば、ヤマタノオロチの装甲鱗を切り裂ける!」
「だろ? 対八岐大蛇用汎用刀剣型決戦兵器だろ? 真島が臓物まき散らしながら死んでく姿が目に浮かぶだろ?」
「どこでそんな危なっかしい単語を覚えたんだろうね? この神様は」
あきれ果てるモコ助。
だが、雫は沈んでいる。
「真島おじさん……」
雫がぽつりとつぶやいた。
「真島は、雫の縁故の者だな? 何があった?」
ミカボシにしては薄氷を踏む慎重さだ。
「それは……」
軽快な音楽が流れた。雫の携帯がEメール着信を告げる音楽だ。
「……お父さんからよ」
普段、無料の簡易メールを使用する父が、わざわざ課金タイプのメールを使う理由。それは確実にメッセージを雫へ届けるためだ。
さっき真島に襲撃されたばかり。雫の心が嫌な予感で騒ぐ。
慌てたため、操作を間違った。メールを読むのに倍の時間がかかった。
文字はたった三文字。
「SOS……」
脇目もふらず走り出す雫であった。
今回で第2章終了です。
次回より第3章「反撃準備(仮)」
そして次話「集結」
集結するのは味方か敵か?
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それだけで作者のテニス肘が治ります 。
……テニスしてないけどね。
ちなみに今日は作者の誕生日!




