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9.血

「信管に点火してる! あと五秒で爆発だ。半径十五メートルに殺意あふれる硬質鉄線が巻き散らかされるぜ。嬢ちゃん、逃げろ!」


「ほほう、考えたな。作戦もさることながら、シュリーウダンなるもの、火気と木気と金気の組み合わせがすばらしい」

 雫の左隣で、顎に手を置き、手榴弾を覗き込んでいるミカボシ。器用に片方の眉を跳ね上げている。


 ここまでで三秒消費していた。神ならざる者が、あと二秒で十五メートルはきつい。


「逃げるのよ!」

 雫がミカボシの腕をつかんで叫ぶ。


 なんでミカボシを逃がそうとしたのか? 当の雫が違和感を感じていた

 今までの雫なら、例え父親であろうとも放って、自分だけ待避していただろう。


「この状況。真島君は――」

 ミカボシは、手榴弾から真島に視線を移動させる。真島は走っていない。ミカボシを注視したままゆっくりと後ずさっている。


「――どうやって逃げるつもりなんだろね? おっと、時間だ」


 雫は肉眼で見た。カーキ色の球体が発火する瞬間を!


 爆風が二人を包む。爆音が雫の鼓膜を麻痺させる。

 悲鳴は上げなかった。代わりにミカボシを全力で押し倒した。


 終わった。なにもかも。


「積極的な女の子は大好きだぜ! ケラケラケラ!」

 ミカボシが雫の体の下で下品に笑っていた。


 ……終わってない?


 雫の周囲に立ちこめる土煙。透明なドーム状の中に、ミカボシとモコ助と、そして雫がいる。


「雫よぉ、お絵かきしなけりゃ障壁を張れないような一般ピープルとオレを一緒にしたら、たとえお前でもぶっ殺すぞ」

 ミカボシは、雫をきつい目で下から睨む。睨みつつ、雫の尻に手を回し、撫でまわす。


 撫でまわされること三回目に、マウントポジションをとる雫。


 ミカボシの喉を右手で押さえこむ。左手はミカボシの右手首をつかんでいる。

「あ・な・た、女の子なのよ。わかる? 女の子!」

 コキュートスですら裸足で逃げていく冷気を放つ目で、ミカボシを見下している雫。


「オ、オレは女の子が好きなんだよ。てか、雫、さっきの戦いだけどな、おまえ何にこだわっている?」


「こだわってなんか――」

「俺の前で隠し事は無意味だ。母ちゃんが目の前で死んだ。その事だな?」

 実直な目で見つめられると、隠し事のある者は目で語る。雫は目をそらした。


「あたしが弱かったからよ。お母さんは無念の死を遂げた。あたしは何故生き残ったの? あたしは生き残るべきではなかった!」

「それが間違いだってんだ!」

 すごく強い力で雫の手を喉から離すミカボシ。さして本気を出したようには感じられない。


「お前の母ちゃんはこの世に未練など残してねぇぜ」

 ミカボシの手が雫の顎に伸びた。細い線を描く雫の顎が、ミカボシの手に包まれる。


「さっき雫はオレをかばった。それは何故だ?」

 ミカボシは、雫の繊細なラインをなぞる。雫はミカボシにされるがままだ。

 

「美味い物を死ぬほど食って、病気になって短命で終わるか。食いたい物を指くわえて見ながら百歳を超えて大往生するか。どっちがその人にとって幸せなんだ?」

「正解なんだろうけど、例えがよく解らないわ」


 時間にして三秒、二人は沈黙していた。


「金を一円まで使い切って、変な病気移されて早死にするか。ケチな生活を送り金を大量に残してあの世へ持って行く方法を考えながら長生きするか。どっちが良い?」

「ケチな人生の方がいくらかましよ」


「………………つまりだ!」


 雫に通じないのが恥ずかしかったのか、赤くなった顔色をごまかすようにミカボシは声を荒げた。


「つまり、最悪の親不孝は、子供が親より先に死ぬ事だ。逆を言えば、子供より先に死んだ親は幸せ者だと言う事だ! ……いや、オレの言った言葉は頭で考えるな! 感性で捉えろ!」

 雫は気の抜けた顔をしていた。心の奥にミカボシの言葉が引っかかったのだ。


 そうなのかもしれない。


 お母さんが命をかけてくれたおかげで、あたしは生きている。あたしを助ける事が、お母さんの望み。

 だったら、あたしが生き残ったのだから、お母さんの願いは叶った事に……。


 雫の目から涙が一つこぼれた。


 ミカボシはそれを指ですくった。


「お楽しみのところ申し訳ないが、ミカどん、障壁を消せ! 真島の姿が消えた。後を追いたい!」

 モコ助が障壁を爪でカリカリしている。ミカボシの張る障壁は内部から出ることができないタイプだった。


「あいつ生きてるのか?」

 雫を胸に乗せたまま、腹筋だけで起き上がるミカボシ。


「血の臭いが向こうへ続いている。それも少なくない。……奴は手負いだ」

「おもしれぇ!」

「ちょっと、ミカどん! こら!」

 砂を巻き上げ飛び起きるミカボシ。雫を小脇に抱え、走り出す。


 その走りは、フェンスや側溝を意に介さない。そのミカボシより速く走るモコ助も、たいしたものだ。


「ミカどん、オイラにゃどうにも解せねぇ。今から思えば、あんな蛇でミカどん相手に勝てる算段をする真島じゃねぇぜ!」


 先頭を走るモコ助が、速度を緩めた。何かを発見したのだ。

 

「オレ様に負けるのは想定内か? あいつの目的がわからねぇ……。ミステリーナイーッ♪」

 大きな血の溜まりを前に、ミカボシも足を止めた。モコ助がその先で鼻を働かせている。


「だめだ! 匂いが消えている。足跡もだ。どうやって消えた?」


 ミカボシは、血だまりの上空を見上げてる。

「空がショボく揺れている。人間のくせに、あいつ宙を渡れたのか?」


「血を使ったのよ。ちょっと降ろしなさいミカどん!」

 雫は、まだミカボシにぶら下げられていたのだ。無理矢理ミカボシの腕から逃れる雫。


「血は、その人にとって生命を維持する大事な物。命そのもの。それを贄にすれば、大きな力を引き出せる。と言っても、空間を渡れる力を得られるとは信じがたいけど」

 スカートのヨレを気にしながら、雫が解説した。


「真島は手榴弾の爆発をオレの目くらまし用だけでなく、わざと血を流すためにも用意してたってか? なかなかやるな!」


 何がそうさせるのか不明だが、ワクワク顔のミカボシであった。

次話「夕日」

夕焼けおしゃれ番長……!



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