8.トラップ
「なにや甘えてんだ雫。あ、おまえ泣いてたな? 暗いの怖いか? ケラケラケラ!」
この憎めぬ笑い声はミカボシのもの。
「な、泣いてなんて――」
「飛ぶぞ!」
雫はミカボシに片手で抱きかかえられていた。
ミカボシが大地を蹴ったところだった。そして現在、空中に至る。
気持ちいい飛翔感。風が頬を強くなじる。それが悪くないから不思議だ。
「いやっほーっい!」
気勢を上げながら、青白く輝く剣を突き出すミカボシ。
眼下には目と口から血を流し、グチャグチャになった三つの首が横たわっている。大蛇は、最後の首を大きくもたげ、口から闇を吐き出そうとしていた。
「あの闇は!」
「闇が怖くて神社の裏で女を抱けるかー!」
訳のわからぬ言葉を吐きながら、一直線に闇に飛び込むミカボシ。
二つ目の不思議。ミカボシといると、闇が怖くない。
「ひゃほー!」
相変わらずの奇声を発しながら、闇の中を落ちていく。その先にあるであろう大蛇の最後の首に向かって。
ミカボシは闇を恐れないのだろうか?
いや、こいつは恐れや恐怖を笑って撫で回しているようなヤツだ。考えそこに至ると、笑えてくる雫である。
暗闇の中、雫の体が衝撃を感じた。
闇の中でも感じる確かな反応。
大蛇に剣が突き刺さった。何も見えないが、雫はそう感じた。
そこに大蛇の巨大な頭を感じる。
落下速度が安全なレベルまで落ちた。
両足に感じる確かな大地。
色鮮やかによみがえる世界。
雫は黒塚公園の頂上運動場に立っている。
大蛇の巨大な首が、どうと地に横たわる。大蛇の口の中で何かが爆発。大きな頭がザクロのように爆ぜた。
「外は堅いが、中は柔らかい。目と口の弱点に気づいたオレは賢神!」
横には、雫の腰に手を回した長身の美女、天津甕星。見上げると凶悪な笑顔を浮かべていた。
顔が熱い。雫は、訳も無くそのことに恥ずかしさを感じ、視線をそらした。
「あ、あんた、真島に星界攻撃を受けていたんじゃ……」
「オレ様は誰にも奉ろわれぬ。だから誰からも祭祀ろわれる筋合いがねぇし!」
「圧倒的な自由。だから美しい」
真島が例の竹筒を使い、大蛇の屍を回収していた。
「だがっ!」
大蛇の回収を終えた真島は、グレーの外套にくるまった。
「我ら人類は星の正体も知っている。神は恒星に宿らない」
「オレ様が星の化身とはよくできた話だ。えーと、……自ら輝く、御輝く星のように気高くて賢い神だから天津甕星と誰かが呼んだ。便宜上、賢神天津甕星と名乗ってるだけだ。オレ様を名前で縛ろうなんて、ぬるいぬるい! ケラケラケラ!」
雫の体を揺すりながら、大口を開けて笑うミカボシである。
「だいいち、恒星が光るのに人の手が必要なのか? なあ、あいつ自惚れてるよな、雫?」
雫の顔を真正面から覗き込むミカボシ。雫の睫毛がミカボシの息で揺れる。
雫の心臓が大きく脈を打った。
その変化に気づかないミカボシは、注意を真島に向けている。
「ククククク! ここは一発、オレ様が力押しだけの神でないことを見せてやろう。おい真島君!」
「なんだね? 天津甕星様」
大蛇を回収し終えていない真島。のってきたのは、時間が稼げそうだからだろう。ミカボシものってくると踏んで声を掛けたのだ。
「お前、わざと負けただろ?」
片方の眉をひょいと上げて答える真島。
「おまえの怖いモノは何だ? 怖い物知らずだから無いか?」
「恐ろしいモノが存在しない人間はいない。私は恐ろしいモノを怖がらないだけだ。これは星界攻撃への振りかね? 私はその手にはのらないよ」
回収し終えた竹筒の蓋を閉める真島。もう終わったとばかりに竹筒を眼前に掲げる。
「では、憎いモノはなんだ?」
頬の肉が、顕微鏡スケールで動いたのをミカボシは見逃さなかった。
雫の目の前。突如、町の一番大きな交差点が公園に出現した。真島の真横から突っ込んでくる大型トレーラー。
雫は狼狽えない。真島と同じ物を見ているが、このシーンはさっきミカボシが起こした事故の再現だ。ミカボシによる幻覚だと簡単に察知できたから驚いていた時間は短い。
……もっとも、ミカボシがこんな芸当のできる事に驚いていたが。
大型トレーラーは、大型獣の悲鳴に似たブレーキ音を立てながら、真島に突っ込んでいく。
真島のことだ、簡単によけるだろうと思って雫は見ていたが……真島は微動だにしなかった。
幻覚を見抜いていた。……とは思えない。真島はこのシチュエーションに体を固め、動けなくなっていたのだ。
トレーラーは豪快な音を撒き散らしながら、真島の体を素通りしていく。
「お前が浮かべた『車』というイメージの片鱗をオレが見逃すと思ったか? オレ様に感謝しろよ、お前もウジ虫のような人間だったんだと証明してやったんだからな。ケラケラケラ!」
腹を抱えて笑うミカボシ。辺りは元の公園に戻っていた。
真島は、脂汗を流して荒い息をついている。顔色が土のようだ。
雫は、真島が反応した「車」というイメージに思い当たるフシがあった。
「車って、ひょっとして……」
雫の疑問に、血走った目を向けて答える真島。腕を外套の中に入れ、内側から襟を合わせた。
「嬢ちゃん、真島が逃げる!」
いつの間に来たのか、モコ助が雫の足下で唸っている。
真島はグレーの外套にくるまったまま、すり足で後退を始めていた。
「今度こそ逃さない」
雫が走る。この距離で取り逃がす可能性は低い。現に手を伸ばせば届く距離に詰め寄れた。
「嬢ちゃん、気をつけろ! 何かおかしい!」
併走するモコ助が警告するのと、真島がコートを翼のように翻すのが同時だった。
ピュンピュンと何かが外れる音を立てつつ、外套から何かが分離する。
ゴロゴロと、複数の落下音がした。
音の正体は、外套から転がり出てきた六つの――カーキー色の――。
「M67破片手榴弾! 安全レバーが外れてる!」
雫サイドで最高の知識量を誇るモコ助が、音の正体を一発で見抜いた。
次話「血」
大人になったら献血を!
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