6.四つ首の大蛇
先制は真島が取った。
「生きていたの?」
昨日戦ったのと同じ大蛇なのだろうか? 大木の太さと言えば適切なのだろうか? 昨日のより二回りは大きくなっている。
「この大蛇はチューンしてある。死にはしない。私がいる限り」
雫は、利き足を一歩後ろへ引いたものの、十柄劔を真島の額に向けた晴眼の構えをとった。「おじ……真島さん。わたしは……、真島さんを止めるには……、あなたを殺すしかないと思ってる。でもなぜ? やはりおばさんと美咲ちゃんの――」
「だまりなさい!」
真島は、怒気がこもった言葉で雫の話を遮った。真島の目は、人の目とは思えないほど吊り上がっている。
「自棄になってるのね。わたしもお母さんを……確かにわたしも自棄になってた。だけど、こんな事をする気は起こらなかったわ。わたしと真島さんは過去が似ている。でもわたしは腐ってない。二人は似てない! 正反対よ!」
十柄劔に手をかける雫。詔を唱えると、刀身が明るい黄色に輝き出した。
「なあモフ助、あの二人、知り合いか?」
しゃがみ込んでいるミカボシ。桜の枝を地面にペチペチさせながらモコ助に問いかけた。
「モコ助な。あいつは真島幸一郎つって、嬢ちゃんの父ちゃん、つまり真二郎の兄貴だ。真二郎父ちゃんは志鳥家に婿養子にきてる。昨日、父ちゃんが結界術を使って戦ってたろ? ありゃもともと真島家の得意技なのさ……ってオイ! ミカどん、オイラの話聞いているか?」
「婿養子まで聞いた。ヘイ! 真島!」
ビッっと音を立てて桜の枝を振るミカボシ。枝は一瞬で青白く光る剣となった。
「スバラしイィ! 儀式も呪文も無しで一発物質変換! やはりあなたしかいない。天津甕星よ、どうか私の大蛇と戦ってください!」
ズォっと音を立て、二首の大蛇の後方から、さらに一回りも二回りも大きく太い首が、二つ伸び上がった。
都合四つの首を持つ大蛇。最初の二つが大木並みなら、後の二つは屋久杉クラス。ぬらりと光る鱗に覆われたボディ。ちょっとやそこらの攻撃が通るとは思えない。
「なかなか見所のある男だな。おい雫! 真島君はオレさまを御指名だ。雫は引っ込んでろ!」
思いっきり体を開いた構えで、四つ首大蛇との間合いを大胆に詰めていくミカボシ。
「冗談じゃないわ! ミカどんこそ私のサポートに回りなさい!」
雫は、イエローに発光する剣を八相から突きの構えに変化させ、真島に向かって突っ込んでいく。細い方の首が一つ、間に割り込んできた。
真島は、この首に雫の相手をさせる気だ。
「シズカ以上の暴れん坊だな。オラッ!」
青白く輝かせた剣で大きい方の首から吐き出された毒煙を軽く祓い清めるミカボシ。
雫は、不可視の圧力を吐き出す首を相手に戦っている。
「堅い!」
雫は、何度か大蛇の体に剣をヒットさせたが、都度、鱗に弾かれていた。
昨日は、その鱗を剥がし、血を流させることができたのに。
雫は苦戦の予感に口をゆがめた。
「天津甕星様、あなた様の信者である雫を助けないので?」
雫の様子を見たまま、真島はミカボシへよく通る声で語りかけた。
「いっちょまえの戦士なら、半人前扱いされるより敵に切り刻まれる方を選ぶだろうさ。それにオレ様は、信者なんぞ求めねぇ!」
ミカボシの声は真島ほど大きくない。だが決して聞き漏らすことのできない声だ。
ほぼ瞬間移動で大蛇の死角に潜り込み、幅広の大剣を振り下ろすミカボシ。大蛇との接点から火花が走り、はじき返された。雫と同じく切ることができない。
切れないが、剣の触れた部分が大きく陥没している。
大蛇はたまらず悲鳴を上げた。
「なるほど」
ミカボシは、凹んだ部分に、剣を力任せに叩き込んだ。
痛みに耐えかね、毒を振りまきながら首を滅茶苦茶に振り回す大蛇。
「まさかこんな蛇でオレを倒せると思ってんじゃねぇだろうな?」
毒を吐く首だけでは足らずと見た真島は、炎を吐く首をミカボシに向かわせる。
「力押しでは無理でしょうな。神々を攻略するには、物質である肉体にダメージを与えるだけじゃ駄目なのを梵天丸程度には知っていますよ。星界へも同時に攻撃しなければ!」
「貧弱な星界しか持たぬ人間にできる技じゃねぇだろ?」
ミカボシが毒液と炎の軌跡を手も使わずにねじ曲げている。
眉がハの字を描いているところを見ると、大蛇の攻撃力にご不満なご様子だ。
大蛇の首が増えたとはいえ、ミカボシを相手にするには、あきらかに攻撃力が不足している。
「甕星様。梵天丸が言っておった事、どう思われます? この世に神はおられない。太陽も雷も台風も、神が宿らぬようになった。天照大神の正体は、水素による熱核融合反応と量子力学という無粋な物体だった。神々は人の手により奇御魂を失った。名前だけを残して滅んでしまったのだよ!」
ミカボシの、ハの字を描いていた眉がピクリと動いた。
雫は、ミカボシのその表情の変化を見落とさない。
ミカボシの心が揺れている?
不可視の圧力を後退しながら剣で捌き、ミカボシに向かって駆けだした。
これは雫がどこかで見た風景。
敵に背を向けて、危険を顧みず庇護者に駆け寄る。これは記憶にあるシーン。
「天地を、宇宙を創造するのに神は関わっていない。人は神の存在を信じなくなった。信心する人がいなくなった神々に、居場所など無い。神はその存在を維持できない!」
真島がたたみ掛ける。ミカボシは片側の口を笑いの形に引き攣らせていた。
雫が叫ぶ。
「真島の話を聞いちゃだめ! ミカどん! あなたには、あたし達がついている! あたし達はあなたの存在を目にしている! あたし達があなたの信者よ!」
悲鳴と見紛うばかりに叫ぶ雫。なぜ叫ぶ?
「そう、信じるから神なのだ! 物理と科学こそが神の正体。故に奇跡など生じぬ! 天津甕星よ、星々がその真実の姿を現した現代、今おまえはどこにいるのだ?」
真島の顔が歓喜に朱く輝いた。
そして合図を送る。
今まで戦いに加わらなかった四本目の首が雫と併走している。血のように赤い口蓋を開いた。
「くっ!」
どのような攻撃が行われるのか解らない。攻撃、防御、回避、どれでも反応できるように身構えたが遅かった。
吐き出したのは、広範囲に渡る暗い闇。煙ではない。払うことも防ぐこともできない夜の闇そのもの。
雫は一瞬で闇に飲み込まれたのだった。
最初からメコ助だった訳ではないっ!
次話「闇」
ただ暗いだけではない。
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