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4.事故

 日が西に傾きかけている。雲の多い空。なんじゃかんじゃの大騒ぎが夕刻にまで伸びていた。


 雫とモコ助は、黒岩神社が居を構える丘を下り、町中へと入っていった。


 昔からの住民が住まう古い村。そろそろそこから抜け出し、新しい居住者が住む、新しい町へと抜けるところである。


「オレ思うに、確かに店のラーメンは旨いよ。人類の宝だ。でも、カップ麺は別料理だ。オレはあくまでカップ麺にこだわりてぇな」

 雫がモコ助を散歩に連れ出してまもなく。交通量の多い交差点を渡ろうとするところ。ミカボシが急に熱く語り出したのだった。

  

「こちらとしては安くついて申し分ないけど、なぜミカどんがモコ助の散歩についてくるの?」

「護衛だよ護衛! そのイヌ助、いつ寝首かくかわかったもんじゃねぇぜ。そこへいくとオレなんか神だよ。首切りつけられたくらいで死なねえし。無敵だし」


 なにか腹に一物ありそうなミカボシ。不自然な笑顔を浮かべている。

 モコ助は何か言いたそうだが、この道は人通りが多い。人語を喋る愚は行わない。


「何が言いたいの?」

「おもしろそうだから、オレにもその首縄持たせろ」


 言うなり雫の手からリードを奪い、走り出すミカボシ。雫を見ていて、モコ助を散歩させたくなったのだろう。うれしそうに走り出す。モコ助も犬の本能に従って走り出した。


「危ない!」

「オレは無敵の天津甕星! 心配するな!」

「その先は――」

 思わず耳を塞いでしまった激突音。


 コンマ一秒前までミカボシとモコ助がいた空間。現在はラジエター部を大きく凹ませた十四輪四十フィート大型トレーラーが、フルブレーキ音の悲鳴を上げながら突っ走っている四車線の車道。


 信号は赤。


「――交通量の多い交差点だって言いたかったけど……神なんだから大丈夫よね?」

 努めて心配をしないようにする雫であった。





「いや、ちょ、マジで死ぬかと思った。オレ神様なのに」

「オイラはもう二度とミカどんに付き合わねえからな! リード離せよコラ!」


 人が集まってくるのが、なんかヤバイ! 本気の神モード、マイナス一秒の歩行術でその場を離れたミカボシとモコ助。人通りの少ない路地裏で四つんばいになり、呼吸を整えているところだ。


「ミカどん、これ人身事故だよな? オイラ、誰かに付き合って人身事故に巻き込まれたんだよな? 二重に事故だろ、これは!」

「そうだ、いつものオレに戻って冷静になって考えたら、人身事故だ! オレ被害者だ! ちょっとここで待ってろ。あの車ギタギタにしてくるから!」


 すばやく立ち上がるミカボシ。目が神性の無駄な発動で金色になっていた。


「そんなことさせない!」

 ミカボシの進路で、息を切らして立つ雫。三白眼がとても恐い。


「天津甕星ともあろう神が、赤信号の知識を吸収し損ねたなんてヘマはしない。違う? じゃ、なんで赤なのに飛び出したの?」

「えーと――」


「知識としてはあった。だけど現実と知識が結びつかなかっただけ。天津甕星とあろう大御神が赤信号を見落とすわけないし、当然、裁判で争ったとき不利になるって事は知ってるものね?」

 一気呵成に言葉を叩き込む雫。全く反論できないでいるミカボシ。


「そ、そりゃ、知ってるよ」


「飛ばされた先で電柱が一本折折れていたわ。あれあなたの過失だから。神の名にかけて弁償しなきゃならないわ。いくらか知ってる? 一本何百万円よ。カップ麺が七千個から八千個買えるお金があなたから無くなるの。カップ麺が七千個から八千個買える機会があなたから失せてゼロになるの!」


 有無を言わせず一気にたたみかける雫。雫の人生で、いまだかつて見たことのない悲痛な表情を浮かべているミカボシ。


「一日三個食ったと仮定してざっと……たくさんの日数! なんてもったいない!」

 自らの計算能力を遙かに凌駕する数値に、ミカボシは恐怖した。


「嬢ちゃん、コンクリの電柱は一本二万あちこちなんじゃ……」 

 モコ助が黙ったのは、合図されたからか、あるいは雫の黒曜石がごとき黒き瞳が、須佐之男の支配する根の国を映す鏡のようだったからかは判断がつかない。


「しばらくあの交差点は避けるようにしましょう。さ、いつも通りお散歩再開」

 雫は、モコ助のリードを持って、てくてく歩き出す。


「嬢ちゃん、最近Sっ気がひどく……いや、なんでもない」

 何か言いかけたものの、黙って歩くモコ助である。


「ふおおおー」

 四つんばいになって、おおいに気を吐いているミカボシを後に、雫とモコ助によるいつもの散歩が再開された。


 向かう先は黒岡丘陵公園。黒岩神社の丘と対になっている小さい丘だ。


 風が強くなってきた。雫はふと、西の空を見上げる。

 夕日があるべき位置は厚く重なった重い雲で占められていた。明日の天気は崩れるだろう。

 結局、一日学校をサボってしまったわけだが、緊急事態だったのだから仕方ない。実際、父親が毒を受け、大変な状態だったのだ。


「ふう」

 小さな溜息と共に、雫は肩を落とす。


 昨日、ミカボシの力を「借りて」物の怪を退治した。術師を逃がしたのは悔やまれるが、あの者が戦力を整えるのに時間が掛かるだろう。しばらくは平穏な日々が続くはず。

 今日は疲れた……のだろうか? 目が回るような忙しさだったけれど、不思議と疲れは感じない。


 いつもと同じ光景。いつものようにモコ助が、路肩でちょこまかと歩を進めている。躾が行き届いているので、電信柱にオシッコをかけたりしない。匂いを嗅いだりもしない。


「嬢ちゃん、この際だから言っておくが、オイラは犬のアンモニア臭を嗅ぐ趣味はねえからな。人の躾に屈服するような草食系の犬じゃないんだぜ」

 モコ助が人語を解し、自在に言葉を操る日常さえ無ければ元通りの一日。いつもの角を曲がる。


 ジャンプ一閃。雫は、後ろ回し蹴りを放つ!

 ミカボシは、こめかみの手前に置いた手で、雫の踵を軽く打ち払った。


「パンツ丸見えだぞ。ちっこいパンツが」

 慌ててスカートを押さえる雫。暗い影を落としたミカボシが、物陰で落ち込んでいた。


「いつの間に先回りしたの?」

「嬢ちゃん、ミカどんの特技は神出鬼没だ。こいつに時間や空間の概念を語るだけ無駄無駄無駄ってもんだぜ」

 何が言いたいのか解らない神がいなければ、元通りの平穏な暮らし。


 たったかたったか、と速度を上げていく雫。


「嬢ちゃん、今日はえらく速いじゃねえか。それはオイラへの挑戦かい?」

 ワケのわからん事に食いついてくる犬さえ――。


「ふぉぉぉ」

 左前方、角の石垣にもたれて気を吐くミカボシ。変な神が変な事さえしてなければ……!


「嬢ちゃん、ちょ! 速いって! 散歩はゆっくり楽しまなきゃ! ちょっと嬢ちゃん!」

 全速で走る雫。つづら折りの散歩道を一気に駆け上がり、黒岡公園の頂上に立った。


 ここは、土剥き出しのグランドになっていた。

 雫の短い髪がなびく。遮る物がないため、風がまともに吹き付けるのだ。


 ここは見晴らしがいい。遠くの山並みまで一望できる。

 いつもの儀式。深呼吸した雫は、ぐるりと四方を見渡した。


 東の空は暗くなりかけ。北の防護ネットにミカボシが取り付いている。西の山稜はまだまだ明るい。南に一本植えられた桜の木の下でミカボシが砂いじりをしている。


「なあ雫、帰りにカップラーメン買ってくれよ。オレの晩飯、それでいいからさ」


 モコ助の首輪からリードを外す雫。

「嬢ちゃん、誰もいないからって放し飼いはよくねえな」


 感情を一切殺したどこまでも暗い目をした雫が、ゆっくりと腕を上げ、ミカボシを指す。

「モコ助、噛みつき!」


 猛然とダッシュするモコ助。甲高く吠えながらミカボシに飛びかかった。


「必殺! アジアンカンフー・ジェネレートッ!」


 モコ助がミカボシへ、ローリングしながら放物線を描いている最中。時間と空間を細工したとしか思えない動作で、あっさり首輪をミカボシに捕まれていた。

 

「おいおい、ミカどん、オイラ犬だぜ。その持ち方は猫だっつーの。オイラのアイデンティティも尊重してくれよな」


 フムと唸り、モコ助を左右に振るミカボシ。

「ちなみにムク助よ、ここに来てずっとアマテラスの気配を感じない。あの引きこもり女、とうとうおっ死んじまったか?」


「モコ助な。天照大神が殺されたって話は聞かないな。つーかよ、天照大神様ならあそこにいらっしゃるんじゃねぇか?」


 前足で西の空を指すモコ助。ミカボシは、雲に隠れた夕日をじっと見つめるのであった。


前回、短かったので連投です。

ミカどん、メコ助の凸凹コンビ誕生秘話でした!


次回「現代科学」

ただ科学解説するだけではない。


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それだけで作者の口内炎が治ります!

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