第八十六話 ルナの月夜寄席〜一席、語らせてください〜
\カランコロン……/
(ゆるやかな三味線の音)
「どうも。ルナでございます」
ぽつんと座布団の上、静かに一礼する影一つ。
「本日は“ヒカリ荘・寄席スペシャル”にご来場、ありがとうございます。
え? どこでやってるのかって? ……空の上、月の座敷です」
「さてさて、今宵は少し、みなさんに“月の夜話”を一席、語らせていただきたく」
ルナは微笑を浮かべ、扇子を手に軽くあおぐ。
「昔々、あるところに……などと始めても、月は昔から変わりません。
満ちては欠けて、欠けては満ちる──そういう存在でございます」
「でもね、たまには思うんですよ。“欠けたままでもいいじゃないか”って。
だって、ぜんぶ満ちてるより、ちょっと抜けてた方が、愛嬌ってもんでしょう?」
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「……それでも、人間って不思議ですね。
“満月”ばかり見上げる。でもね、わたしは三日月や半月のほうが、情緒があると思っております」
「“足りないもの”にこそ、心は動く。……そんなこと、ありませんか?」
ルナは扇子を閉じると、少しだけ声を低くした。
「人は、毎日いろんなものを願います。お金がほしい、時間がほしい、誰かに会いたい」
「でも──」
「“今ここにあるもの”に気づくのは、たいてい静かな夜なんです」
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「月は、願いを叶えられません。光ることしかできないんです。
だけど……みなさんが見上げてくれる限り、その光で、すこしでも気持ちが和らぐのなら──」
「それが、月の生きがいってもんで」
ルナはふっと息をつき、目を閉じた。
「今宵も、ひととき。お付き合いいただき、ありがとうございました」
「また満ちるころに、お会いしましょう」
\ペコリ/




