第八十話 何でもない朝の、それでも特別な
朝のヒカリ荘に、トーストの匂いがふわりと漂う。
「朝だぞー! 全員、無事に起きてるかー!」
サンの元気すぎる声が、キッチンから響く。
「うるさいわね……」
ルナが目をこすりながらリビングに入ってくる。
「昨日、一睡もできなかったの。いろいろ……確認してたから」
「ピカリ荘宛の通知、ほんとに焦ったよなぁ」とヒカルが言う。
「でも、よかったよ。なくならなくてさ」とトキオ。
ミラがこくんとうなずいた。
「ねえ、みんなさ」
ミラがぽつりと問いかけた。
「昨日まで、“終わるかもしれない”って思ってたじゃん?
でも今日、ちゃんとここにいて、朝ごはん食べてる。
……なんか、それだけで、すっごく贅沢な気分じゃない?」
その言葉に、誰もすぐには返さなかった。
代わりに、サンが笑顔で皿を差し出す。
「ベーコンも焼いたぞ。とろけるチーズのせて。今日くらい、いいだろ?」
「今日くらい、ね」
ルナが紅茶を注ぎながら、少しだけ微笑んだ。
そこへ流星がふらっと現れる。
「ピカリ荘宛の願い、ちゃんと返送しといたからね~。
でもさ、ヒカリ荘の願い、すっごく増えてたよ。
“変わらないでください”って、あんなに言われる家、珍しいよ?」
「願いじゃなくて、気持ちってやつかもな」とヒカル。
「そういうの、見えてるほうが不安になるけどね」とルナ。
「でもまあ、見えた分だけ、大事にしたくなるんじゃない?」
ミラがそう言って、窓の外を見上げた。
風がそよいだ。小さな音で、空が笑ったような気がした。
いつもと変わらない、でもどこか違う朝。
その違いは、誰の目にも見えない。
だけどヒカリ荘の住人たちは、それをちゃんと感じていた。




