第六十五話 天王星、逆光のつぶやき
その日、ヒカリ荘の裏庭に、ひときわ風変わりな気配が漂っていた。
「おや、来てたのね」
ルナが気づくと、塀にもたれて空を見上げている青年がいた。淡く青白い髪に、無表情のようで何かを抱えた目――天王星、テンだ。
「ふうん……今日も、順行順行って浮かれてるんでしょ。オレは逆向きに回ってるけど?」
「また拗ねてるの?」
「別に。逆行だから何だってんだよ、って思ってるだけ。オレはオレの軌道で回る。それだけ」
そこへミラが顔を出した。
「ねえテン、逆行って実は“見かけ”だけで、ほんとは皆同じ方向に回ってるって知ってた?」
「うるさい。見かけでも“逆”って言われてるのがムカつくの」
「えっ、でもテンっていつも“他と違ってるのがいい”って言ってなかった?」
テンは少し黙って、ふとため息をついた。
「……違ってるのと、ずっと一人なのは、ちょっと別」
ルナがそっと隣に腰かけた。
「大丈夫よ。ここに来た時点で、もう一人じゃない」
テンは目を伏せて、かすかに笑った。
「……ルナってさ、満月のとき以外はまともなんだよな」
「うるさいわね」
「褒めてるの」
しばらく沈黙が流れたあと、ヒカルとトキオの笑い声が庭のほうから聞こえてきた。
テンはそちらを見て、つぶやいた。
「……オレも、ちょっとだけ混ざっていい?」
「もちろん」とルナが言った。
その背中に、淡い風が吹いた。
天王星の青は、冷たいようで、じつはとても繊細で優しかった。




