第六十二話 影と光のバランス
午後のヒカリ荘、斜めに差し込む陽の光が、廊下に長い影を落としていた。
ルナはカーテンの隙間から、ゆっくりと床に伸びるその影を見つめていた。
そこへミラがぬっと現れた。
「ルナ、なにしてるの?」
「……影、見てた」
「え、また詩的なモード?」
「違うわよ。ただ……光があるから、影ができるってだけの話」
ミラは隣に座り込み、同じ影をじっと見た。
「ねえ、影って悪者みたいに言われがちだけど、実際どうなんだろうね?」
「なんでそんな話に?」
「ヒカルとトキオ、またケンカしてたじゃん。ああいう空気のときって、ボク……なんか、自分のせいかなって思っちゃうことあるんだよね」
ルナはしばらく黙っていたが、やがて紅茶を取りに立ち上がり、ミラの前に差し出した。
「影に気づけるってことは、ちゃんと光を見てる証拠よ。……気にしてるってことは、優しいってこと」
ミラは照れたように笑って、紅茶を受け取る。
「じゃあさ、ボクも誰かの光になれるかな」
「なれるに決まってるでしょ。だって、あんたは星だもの」
「うわ、急にポエミーだ!」
「うるさいわね」
ミラがふと足元を見ると、猫の蒼と翠が寄り添って丸くなっていた。
白と灰の毛並みが交差して、光のなかにふたつの小さな影をつくっている。
ミラはそれを見て、ぽつりとつぶやいた。
「……なんか、あれだけで救われる気がする」
ルナも小さく笑った。
「じゃあ、少しだけここにいてもいいわよ」
その午後、ヒカリ荘の窓辺には、重なった影と、やわらかな光が落ちていた。




