第五十七話 静かな午後の引力
午後のヒカリ荘は、とても静かだった。
ルナが窓辺で紅茶を飲みながら、ぼんやりと外を眺めている。
そこへミラがやってきて、ソファにぺたりと座った。
「ルナって、よく静かにしてるよね」
「賑やかさは、サンに任せてるの」
「ふーん……でもさ、ルナが静かなぶん、なんか空間が“引き寄せられる”感じする」
ルナは微笑んだ。
「それ、案外当たってるかもね。私、地球の海を引っぱってるのよ」
「えっ、どういうこと?」
そこへトキオがやってきて、唐突に説明を始めた。
「月の引力によって、海水が引っ張られて“満潮”と“干潮”が起きるんだよ。ざっくり言うと、月の真下の海がふくらむんだ」
「そんな物理的なの……?」
「しかも、月の反対側の海もふくらむ。地球が回転してるから、1日2回満潮があるんだ」
「えー、ルナって……そんなに働いてたの?」
ルナは小さく笑った。
「気づかれないところで、ちゃんと波は動いてるの」
ヒカルもやってきた。
「でもさ、それって地球だけじゃないの? 他の星じゃ起きないの?」
「木星の月、イオとかエウロパでは、引力で内部がぐにゃぐにゃになってるって話もあるよ」
「……ぐにゃぐにゃ?」
「“潮汐加熱”ってやつ。ルナはやさしいけど、引力って、意外とパワフルなんだよ」
ルナはカップをくるりと回して、言った。
「引力はね、静かだけど、確かに届くの。距離があっても」
ヒカルがうなずく。
「なんか、ちょっと詩的だね」
「でしょ? 満月の夜だけ暴走する詩人だもの」
ミラがふふっと笑った。
「……やっぱりルナって、満ち引きの女王だなあ」
そんな午後、ヒカリ荘の空気はほんのり潮の香りがした。




